報告そのものが目的化してはいけません(写真:EKAKI / PIXTA)

9月22日、電通の違法残業事件の初公判が東京簡裁で開かれました。「ブラック企業」という言葉は以前からもありましたが、この事件が大きなきっかけとなって、「ブラックな会社」「ブラックな職場」といった話題が大きく取り上げられ、政府も「働き方改革」に本腰を入れています。

仕事や職場が「ブラック」かどうかは、実はマネジャーの力量にかかっている部分が大きいと個人的には考えています。たとえばマネジャーが自分の部署のメンバーの生産性とモチベーションを上げることができていて、その結果、業績も上がっている場合、メンバーは、その職場を「ブラック」だとは感じないでしょう。

社内でマネジャーの職位が上がれば上がるほど、「ヒト・モノ・カネ」などの経営資源(リソース)を動かせる裁量も大きくなります。しかし、職位の上下にかかわらず、すべてのマネジャーが握っているのは「ヒト」です。

「年3回しか怒らない」というボスに真実が集まる理由

マネジャーはメンバーからさまざまな報告を受けます。そこでは、「つねに真実が語られる環境」が必要です。真実が伝わって初めて、そこから解決策も生まれてくるからです。反対に、虚偽の情報が伝わる組織は、「ブラック」の温床になる可能性が高いといえます。

拙著『超ホワイト仕事術』でも詳しく解説していますが、マネジャーはメンバーから聞く「真実」の中身によい話も悪い話もある中で、特に、「悪い報告が早く・正確に伝わる環境」を意識してつくり上げることが重要です。

一例を挙げましょう。私が30代後半、三菱商事・日立製作所・東芝・三菱電機・日本アイ・ビー・エムの計5社で設立された「ピープル・ワールド」という共同出資会社の社長を務めていたときの話です。

会社設立当時、株主5社の経営者に対して、四半期単位で直接面談して業務報告を行っていました。資本金4億円のうち45%を占める大株主は日本IBM。私は共同出資会社の創業社長として、事業の立ち上げの理解・協力をこの5社の中でも特に日本IBMから得る必要がありました。日本IBMの社長は、のちに経済同友会の代表幹事なども務めた北城恪太郎(きたしろ・かくたろう)さんでした。業務報告のたびに、私はよい話よりも、直面している課題など、むしろ悪い話をしました。

しかし、北城さんはいつも私の話を冷静に聞いてくれて、聞き終わった後にはアドバイスをもらっていました。プレゼンの場においても、北城さんはほとんど「ノー」とは言いません。たいてい「いいね」と言って、ただ聞いてくれました。それによって、私は安心して、率直な意見やアイデアを話すことができたのです。

これは北城さんが、私にとって話しやすい環境をつくってくれていたということです。そして、「どんな情報であろうと、この人なら、ちゃんと聞いてくれる」と信じることができたからこそ、悪い報告も率直にできたわけです。

実際、北城さんは会社の風通しをよくするために、「私は年3回しか怒らないから、心配せずに、悪い話でも何でも上に上げなさい」と社内で公言され、有言実行されていたのです。

「判断」するのは聞き終わったあとでいい

部署のメンバーの報告に対して、マネジャーが話の途中で「それはちょっとよくないね」と反応すれば、相手はネガティブになってしまいます。「判断」は、報告を聞いたあとに行えばいい。まずは、真実を話してもらわないと、対策の打ちようがありません。

そのためには、ただ聞くこと。ここで「否定のサイン」を出しても、いいことはありません。メンバーを萎縮させ、ヘタをすると悪い事実を隠したり、虚偽の報告をしたりすることさえ誘発しかねない。もしメンバーがそこでうそをつけば、それをごまかすために、さらにごまかしを重ねざるをえなくなり、どんどん泥沼にはまっていきます。

だからこそ、悪い情報に関しても決して感情的にならず、いったん受け入れる。相手が話しているのをさえぎることなく、「いいね」「なるほど」という相づちを打つ程度に抑える。とにかくメンバーが話しやすいように気を配り、ただ聞くという姿勢がマネジャーには必要になります。

そして、すべてを聞いて真実を完全に把握したうえで、次のステップとして感想や意見を伝えたり、対策を考えたりするとよいのです。「聞く」タイミングと「話す」タイミングは、明確に分けるのがコツです。

私は報告の場においては、「性善説」をとるのがいいと考えています。正しい情報や真実を語れば、多くの場合、それが悪い内容であったとしても、それに対する解決策をメンバー自身が考えるようになる。アドバイスは必要以上にはしないほうがいいこともあります。

たとえ悪い内容であっても、メンバーが事実を正確に報告できる環境は、マネジャーの「聞き方」によってつくられるのです。

「日報」にかけた労力は報われているのか

一方、営業部門における「ホウレンソウ」の代表格である「営業日報」は本当に必要でしょうか。デイリーの報告業務に意味がないとは思いませんが、日報という形式そのものが、時間がかかってしまうものであることは否めません。

「営業日報からビジネスチャンスを見いだす」という方法論もよく聞かれます。現場で起きた些細な出来事や、担当営業マンにとっては何ということもない情報を日報で共有する。そして、経験豊富なマネジャーがそこから「売り上げのヒント」を拾い上げ、チャンスにするという考え方です。確かに一理あるとは思います。しかし、そこまで詳細な報告を日報に書き込むのは、大変な作業量です。

外回りから帰ってきて、すぐにパソコンに向かってその日の日報を書く。きちんとやれば1時間はかかる作業でしょう。「ビジネスチャンスを見いだす」という視点であれば、マネジャーが読むのにも30分はかかるかもしれません。その時間に、ムダはないでしょうか。日報を書くことそのものが、あるいは読むこと自体が、「目的」にすり替わってはいないでしょうか。ウイークリーの報告で十分なケースも多いのではないでしょうか。

ホウレンソウの本質は、事実を事実として、ありのままにメンバーとマネジャーが共有することにあります。しかし、それは「ゴール」ではありません。それによって生産性を高め、業績を上げてこそ、仕事なのです。

メンバーの限りある時間を奪ってはいけない


メンバーは、マネジャーの指示によって仕事の時間を費やします。形式にとらわれて、ムダな作業時間をメンバーに課すことは、マネジャーの能力不足の証しです。多くの人が会社で働く約40年間は、人生100年時代の最も大切な時期。この大切な時間を企業に預けているともいえます。そんなメンバーの時間をムダに費やさせたということは、「その人の時間(命の一部)を奪っている」と言っても過言ではありません。

日々のルーチンワークの中で、正確に速くやることが大切な仕事は、もちろんたくさんあります。しかし、マネジャーはできるだけそうした作業の時間を短縮し、「新たな着想や発想を使って果敢な挑戦をすること」にメンバーの能力を活かすことが何より重要です。

だからこそマネジャーは、たとえば「ホウレンソウは、この場面で本当に必要か?」という問いかけを、つねに行ってほしいのです。1人ひとりの限りある時間(命)を、1秒たりとも無駄にしないために。