空気圧縮方式により息を吹き返したD51形827号機。後ろには有田鉄道の車両も見える(写真:アチハ株式会社)

2017年8月10日、あるセレモニーが鳥取県にある若桜鉄道の若桜駅で行われた。2カ月前に和歌山県有田川町で息を吹き返したSLの修繕に、同鉄道が貢献したことに対する感謝状の授与式である。SLの所有者である大阪市のアチハ株式会社(以下「アチハ」)から、同鉄道の社長でもある若桜町の小林昌司町長に感謝状が手渡された後、同鉄道の動態保存するC12形が構内を走行。連結されたトロッコに関係者が乗り込み、その走りを味わった。

「空気でSL運転」なぜ?

アチハが有田川町で保存しているのは、D51形827号機。1943(昭和18)年に当時の鉄道省(のちの国鉄、現在のJR)浜松工場で製造され、中央線などで活躍。1973年、中央西線からSLが引退した際には記念列車を牽引するという大役も果たした。その後、廃車となり解体される運命だったところを愛知県の個人が購入し、40年以上にわたって大切に保管されてきた。

だが、この個人が亡くなり、遺族らによる保存が難しくなったことから、新たな保存活用方法を模索。鉄道車両や重量物の輸送を手掛けるアチハが引き取ることになり、2017年4月に愛知県から有田川鉄道公園へと運ばれた。

アチハでは、このSLを蒸気ではなく圧縮空気を動力として動態保存することを決定。各部の修復・整備を進め、2017年6月25日にはついに復活の試運転へこぎつけた。この日は午前11時から、長さ200mの線路を4往復。長さ約20m、重さ約90tの巨体がゆっくり動き出すと、集まった関係者や鉄道ファンから歓声が沸き上がった。

同社と有田川町では、7月下旬からこのSLを使った試乗会や体験運転も実施。全国から多くの鉄道ファンが訪れ、SLの魅力を堪能している。


試運転中のD51。雨にもかかわらず多くの人がその姿を見守った(写真:アチハ株式会社)

ところで、なぜアチハはSLを、しかも圧縮空気で動態保存することにしたのだろうか。このプロジェクトの責任者、阿知波みどりさんに話を聞いた。

「鉄道は、日本の発展や文化を語るうえで欠かせないもの。その象徴でもある蒸気機関車を保存し、後世に伝えていくことが、鉄道車両に携わってきた当社の責務だと考えている」と阿知波さん。これまでアチハが手掛けた鉄道車両輸送は1000両以上。日本国内はもとより、ミャンマーやインドネシア、アルゼンチンなど海外への輸送も数多く手掛け、その名は世界に知れ渡っている。

そして、何両かのSL輸送も手掛ける中で、SLが集める絶大な人気を目の当たりにしたという。「鉄道車両の中でも、SLは別格。子どもからお年寄りまで、見に来られた方の目の輝きが違った。この人たちに、再びSLが走る姿を見てもらい、乗ったり運転したりして五感で楽しんでほしいと思った」。

火を使わず安全に動かせないか


若桜駅で行われた感謝状贈呈式では、阿知波みどり氏(左)から小林町長に感謝状が手渡された(筆者撮影)

だが、実際に走らせるとなると問題は山積みである。SLは石炭を燃やして水を熱し、高圧蒸気を作って動力源とする。この仕組みをそのまま復元するとなると、復元費用だけで数億円、さらにランニングコストも高額となる。また運転にはボイラー技士資格などの国家資格が必要となるほか、火や蒸気を取り扱うため、つねに危険が伴う。

そこでいろいろ調査するうち、圧縮空気を使ってSLを動かす方法があることを知った。これだと初期投資やランニングコストもはるかに安く実現できる一方、圧縮空気の場合は遊具扱いとなり“ホンモノのSL”のように営業路線を走ることはできない。

「弊社は、それでもよいと割り切った。本線を走らせるのは鉄道会社にお願いしようと。弊社にはレールを敷設できるスタッフもいるので、テーマパークや鉄道のないところで走らせ、SLに触れ合い親しんでもらうことに特化することにした。大切なのは、動力方式はどうあれ、静態ではなく動いている姿を皆さんにお見せすることだと思った」(阿知波さん)

そして、その過程で知り合ったのが大日方(旧姓・恒松)孝仁さん。群馬県川場村の「ホテルSL(現・ホテル田園プラザ)」に保存されていたD51を圧縮空気で動かせるようにした人である。阿知波さんは、D51の巨体が圧縮空気で動く姿を見て、その迫力に何ら遜色ないことに感動したという。また、この方法であれば来場者を運転室に入れるハードルも低くなることにも気づいた。

「われわれのSLに対する思いをお話ししたところ共感いただき、協力していただけることになった。恒松さんがいなければ、このプロジェクトが動き出すことはなかった」

だが、その矢先に悲劇が襲う。2016年10月、恒松さんが交通事故で亡くなったのだ。恒松さんが他の地で手掛けていたSL整備とともに、この計画も暗礁に乗り上げ、一時は計画の断念も考えたという。


SLを運転する若桜鉄道の谷口氏。恒松さんの遺志と技術を受け継ぎ、各地のSL整備に携わっている(筆者撮影)

途方に暮れていたとき、1人の鉄道マンが立ち上がった。同じ空気圧縮式でのSL動態保存を行っている、若桜鉄道の谷口剛史さんだ。若桜鉄道では恒松さんの指導の下、谷口さんらが2007年からSLの整備を開始。2015年4月には本線での走行実証実験も行い、1万3000人もの観光客を集めている。

「私たちも恒松さんに教えていただき、動かすことができた。自分たちがお手伝いすることで、遺志を継いでいきたい」(谷口さん)

谷口さんのほか、国鉄時代からSLの整備に携わっていた関根利夫さんも加わって、プロジェクトは再び始動。この日の試運転にこぎ着けた。

将来は鉄道テーマパークを

圧縮空気によるSL動態保存を成功させたアチハ。前述のとおり、7月下旬から8月まで有田川鉄道公園で試乗や体験運転を行ったが、今後はこのSLを全国に貸し出す事業を計画している。アチハは鉄道車両輸送が本業であり、その過程として線路敷設の実績もあるので、SLの整備や運転とともにパッケージ化した提案ができる。すでにいくつかの自治体などから問い合わせもあるという。

「SLに思い入れのある人は多い。イベント等の目玉として、特に地方の活性化に貢献できると考えている。現状ではまださまざまな課題があるが、ゆくゆくは子どもたちにも自分の手でSLを動かしてもらい、鉄道の楽しさ、自分で動かすことの喜びを感じてもらえるようにしていきたい」(阿知波さん)


アチハがゴールデンウイークに本社敷地で上げているこいのぼり(筆者撮影)

ところで、アチハが「子どもたちの笑顔が見たい」と、30年以上にわたって手掛けている企画がある。大阪市住之江区にある同社の本社敷地で、毎年ゴールデンウイークにクレーンを使ってこいのぼりを上げているのだ。この地域のマンションでは鯉のぼりを上げることができないことを知り、「特大のこいのぼりを上げて、子どもたちに見てほしい」と続けている。

「近くへ見に来てくれた子どもたちが喜んでいる姿を見て、私たちも元気をもらっています」(阿知波さん)

アチハでは、今回復活したD51形に続き、他のSLの復活も模索。将来は、SL以外にもさまざまな車両を集めたテーマパークを作り、来場者が乗車したり運転できるようにしたいと話す。こいのぼりからSL、そして鉄道テーマパークへ。同社の今後に注目が集まる。