約20年にわたる提携に終止符を打ったADK。ベイン傘下でどれだけ変身できるのか(記者撮影)

競合幹部からの評価は決して高いものではなかった。「具体的に何をやっているのかよくわからない」、「配当を搾り取られているように見える」。広告代理店国内3位、アサツー ディ・ケイ(ADK)と同社株式の24.96%を保有する世界最大の広告グループ・英WPPとの提携についてである。

ADKは10月2日、1998年からの約20年にわたるWPPとの提携を解消すると発表した。米投資ファンドのベインキャピタルが実施するTOB(株式公開買い付け。10月3日から11月15日まで)によって、同ファンドの傘下に入る見通しだ。

WPPがTOBに応じるかはまだ定かではないが、ベインはADKの完全子会社化を目指している。ADKは非上場の状態で収益性の改善や人材・システムへの投資、従来の広告代理業にとどまらないビジネスの創出などに取り組む方針だ。ベインから取締役を迎える予定だが、植野伸一社長は続投する見込み。ベインは改革実行後、数年内の再上場を視野に入れている。

近年のADKは業績の改善基調が続き、利益も着実に伸ばしているように見える。なぜ世界最大手とたもとを分かつ必要があったのか。

明確なシナジーを出せなかった

ADKが主張するのは、長期の提携の割に乏しい成果だ。ジョイントベンチャーの設立や欧州の最新ノウハウの取り込みなど、一定の効果はあったというが、両社の業績にインパクトをもたらすことはなかった。

背景には、欧米と日本における広告業界のモデルや商慣習の違いがある。たとえば、欧米では広告会社が複数の競合会社の案件を同時に扱うケースは少ないが、日本ではよくあることだ。

また、昨今は働き方改革の議論の中で批判にさらされているが、電通を筆頭に「顧客企業のためには何でもやる」という日本式の姿勢は日本の広告主からすれば使いやすく、非常に便利なものだった。世界最大手のWPPとはいえ、日本市場に食い込むのは容易ではなかった。成果は出ない。しかも、資本業務提携ゆえにほかのグループと組むこともできない。いつしかWPPとの提携は、ADKにとって成長の障壁となっていた。

そこで、ADKは数年前からWPPとの提携解消を念頭に、ベインとの交渉を重ねてきた。会社側は「ビジネススタイルや考え方の違いがあり、両社にとって利益のある形を作れなかった」「中長期的な経営戦略について考え方の違いが顕在化していた」「保有するWPPの株式の価値は過大で、それに起因する低い資本効率が問題だった」などと説明する。

ベインをパートナーとした理由については「日本で長期の投資やコンサルティングの実績があり、広告やマーケティングにも知見がある。数年かけて話をする中で、当社の戦略を理解してもらえるパートナーだと判断した」(会社側)とする。同業ではないが、マーケティング調査大手のマクロミルは2014年にベイン傘下に入って経営改革を進め、2017年に再上場した。こうした例も判断材料になっている。

一方、外部から見れば不可思議な事象もあった。それが、2011年から続いた異常な配当だ。ADKは配当政策として「1株当たり年間配当金の下限を20円として安定性を図りながらも、自己株取得を含む年間総還元性向の目安を当期純利益の50%に設定する」としている。

だが、2012年は特別配当141円を実施し、配当性向は303.3%。2014年に至っては特別配当526円を実施し、配当性向は実に685.8%。稼いだ純利益以上の配当が続いている。

会社側はROE(自己資本利益率)を最重要指標と位置づけ、ROE向上を理由に高配当を実行してきた。だが、実際にはWPPをはじめとする外国人株主(6割超)から強い要請があったと考えるのが普通だろう。記事冒頭の「搾り取られている」という競合幹部の発言はこれを示したものだ。

すでに、ADKの財務は超高額配当を続けるのが難しい状況となっている。こうした点もあり、提携解消の動きが進んだ可能性もありそうだ。

働き方改革も課題、攻めの手を打てるか


昨年、米データマーケティング会社「マークル」を買収した電通だが、国内でも今年7月に楽天と提携するなど、積極策を打ち出している(記者撮影)

ADKが構造改革を急ぐのは、広告業界が激変しているからだ。最も規模の大きい地上波テレビ広告費は2016年に1.8兆円(電通調べ)。改善基調だが、いまだにリーマンショック以前の水準に戻っていない。

一方、ネット広告は順調に伸び、2016年は1.3兆円。「2020年をメドにネット広告がテレビ広告を抜く」(民放首脳)などと予想する声も多い。ネット広告を軸にした体制を取れなければ、長期的に広告主は離れていく。

電通は海外に成長の軸足を置き、毎年数百億円規模でネット広告企業やデータマーケティング会社などの買収を進める。国内でも7月にEC大手の楽天と提携し、楽天のデータを生かしたサービスを提供する構えだ。

博報堂DYホールディングスも、戦略事業組織「kyu」(キュー)を軸に、最先端のサービスを提供する企業を対象に出資や買収を仕掛ける。ADKは国内の収益性改善や海外の構造改革を進めてはいるが、他社のような攻めの手を打てていない。

さらに、業界は電通社員の過労自殺を機に働き方改革を強いられている。従業員1人当たりの労働時間を増やさずに事業の効率を高めるには、人件費だけでなくシステム費用など、多額の投資が必要だ。「広告業界はブラック」といったイメージを払拭できなければ、いずれ採用活動にも支障が出てくるだろう。

WPPはどう対抗するのか?

ただし、今回のスキームには懸念要素もある。WPPがADK株を売却しない方針とも伝えられているのだ。買い付け予定数の下限は50.1%としているため、WPPが応じなくてもTOBは成立する。ただ、その場合、ADKとWPPの契約によって、最も遅い場合、ADK株の売却が1年後にずれ込み、改革が遅れる可能性がある。

またADKの株価は10月4日の終値で3800円と、ベインが提示したTOB価格3660円を上回っている。市場はベインによるTOB価格の引き上げやWPPによる対抗措置などさまざまな可能性を期待しているようだ。

世界最大手の下を離れ、ベイン傘下入りを選んだADK。まずはもくろみ通りにTOBを成立させられるのか。