ロシアW杯アジア最終予選・サウジアラビア戦(●0-1)の布陣。流動性の高いサウジアラビアに、マンツーマンがはまらず。中盤の山口は相手の動きに翻弄された。

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 日本代表監督に就任した2015年、ヴァイッド・ハリルホジッチはチーム強化の過程を4つに分けて説明した。
 
 第1段階は、2次予選。第2段階は、最終予選。第3段階が予選を突破した後の1年弱で、第4段階がワールドカップの直前合宿だ。今は第2段階まで終了したことになる。
 
 第1段階のキーワードは「基盤」だろう。縦に速く攻める戦術の徹底。チームのベースを固めるべく、ボールを奪う力を高め、カウンターの切れ味に磨きをかけた。では、第2段階はどうか。筆者の頭に浮かんだキーワードは「妥協」だ。
 
 第1段階から継続してチーム内競争を煽り、新しい人材を発掘した。ハリルジャパンは爛メレオン戦術〞。試合によってメンバーや配置をがらりと変える。戦術面の約束事も、相 手の長所を消すため、弱点を突くために毎回変わる。つまり、選手にとっては継続的に代表に選ばれるメリットが少なく、監督にとっては新しい選手を抜擢しやすいということ。浅野拓磨、久保裕也、井手口陽介らの活躍は、そのプロジェクトの成功を意味する。新たな「個」の獲得は、中堅・ベテランクラスでも例外なく進められた。
 
 一方で、妥協が見られたのが戦術面だ。試合を重ねるにつれ、守備の問題をマンツーマンで解決するようになった。予選最終節のサウジアラビア戦(※図はサウジ戦の布陣)では、ウイングの原口元気と本田圭佑が相手SBに付いて最終ラインまで下がってきたが、それが分かりやすい現象だろう。さらに中盤も山口蛍らがマンツーマンで対処するため、相手の動きに振り回されがち。サウジアラビアのように流動性の高いチームとぶつかると、マークを捕まえ切れなくなってしまうのだ。
 
 不可解。ハリルホジッチが就任後、いの一番に行なったトレーニングはなんだったか。ロープだ。選手にロープの端と端を持たせ、お互いの距離を一定にしながら連動させる。そうしてゾーンディフェンスの基本的なセオリーを学ばせた。初陣のチュニジア戦、続くウズベキスタン戦では、相手のボールを上手く引っ掛けて、カウンターを繰り出している。ゾーンで守るメリットは、ボールを奪う形を、主導権を持って作り出せるところにある。網を張って、引っ掛ける。奪う形が明確なので、カウンターを発動しやすいし、余計な体力の消耗も抑えられる。
 
 しかし、相手の動きに振り回されるマンツーマンは消耗が大きいうえに、流動性に対してボールを奪う形を整理しづらい。よってカウンターも即興の色合いが強くなってしまう。 ハリルホジッチにとって、これが理想的な守備とは思えない。
 
 ただし、マンツーマンには大きなメリットもある。それは約束事のシンプルさだ。「付け」と言われた相手に付くだけ。難しいことはない。
 
 個の発掘と、戦術の熟成。活動期間が限られる代表チームで、このふたつを両立させるのは不可能だ。個を発掘するには、戦い方をシンプルにする必要があり、戦術を熟成するには、メンバーを固定する必要がある。二兎追う者は一兎も得ず。ハリルホジッチは、戦術面で妥協し、個を獲得しながら結果を出した。
 
 現実派のハリルホジッチ。オーストラリア代表のアンジェ・ポステコグルー監督のように、戦術に夢を見るタイプではない。この指揮官の面白さは戦略面にある。
 
 戦略とは、長期的、総合的な視点で立てられた指針のこと。その戦略に沿って具体的に実行する手段が、戦術だ。ハリルホジッチは戦略家。第2段階となる最終予選では牋賣の妥協〞を見た。これから始まる第3段階も興味深い。アジア以外の国との対戦で、ハリルホジッチは何を目指すのか。これまでは個の発掘を優先したが、今後は戦術面にも手を付けるのではないか。ワールドカップのレベルを考えれば、マンツーマンディフェンスだけでは明らかに厳しい。ハイプレスが機能している時はいいが、ミドルゾーンではゾーンで守れなければ、試合を組み立てられない。これは最も深刻な問題だ。
 
 ポゼッションにおける課題もある。EURO2016で見られたように、戦術的に進化した列強国は、相手にカウンターを許さないリスクマネジメントを徹底している。そんなチーム に対し、「縦の速さ」を発揮できるシーンが、はたしてどれほどあるだろうか。ボールを持たされた状況での攻め方を整理しなければ、逆に日本が「縦の速さ」を食らって失点するだろう。
 
 これからは、世界仕様の戦術にシフトしなければならない。ハリルホジッチのお手並み拝見といこう。
 
文:清水英斗(サッカーライター)
 
※『サッカーダイジェスト』2017年9月28日号(同9月14日発売)「サムライ・タクティクス」より抜粋。