(写真=ノーベル賞公式HP)チャールズ・ペダーセン氏

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今年も「ノーベル賞ウィーク」に入り、各賞の発表が世界中で注目を集めている。

日本と同様に、お隣・韓国でもノーベル賞は当然大きな話題となる。そんななか韓国メディア『SBS』は、「韓国ノーベル賞受賞者は2人?」という興味深い記事を報じた。

周知の通り韓国のノーベル賞受賞者は、2000年に平和賞を受賞した故・金大中元大統領が唯一だ。しかし、韓国人のノーベル賞受賞をあまりに心待ちにしているからだろうか、他にもう一人いるという主張がある。

なぜ“もう一人のノーベル賞受賞者”に?

ネットを中心に近年、韓国で注目を集めるその人物とは、アメリカの化学者チャールズ・ペダーセン(1904-1989)だ。

ペダーセンは「クラウンエーテル」という新しい有機化学物を合成する方法を発見し、1987年にノーベル化学賞を受賞している。アメリカのデュポン社の研究員で、博士号を持たない最初のノーベル科学賞受賞者でもある。

なぜペダーセンは、“韓国のノーベル賞受賞者”といわれているのだろうか。

それは、ペダーセンの出身地が韓国だったからだ。

『中央日報』は「ノーベル賞委員会のホームページで彼の略歴を見ると、“1904年10月3日釜山(プサン)生まれ”となっている。当時は大韓帝国の時代で日本に国権が侵奪される前だった」と報じたことがある。

ペダーセンはノルウェー人の父と日本人の母の間に生まれたが、海洋エンジニアであった彼の父親が当時、釜山税関で働いていたそうだ。

8歳まで朝鮮半島で過ごした後、日本の長崎や横浜の在日外国人らの学校で9年間学び、父のすすめで大学はアメリカのデイトン大学に。その後マサチューセッツ工科大学で修士課程を修了している。

前出の記事によれば、修士課程修了後は「指導教授は博士課程を修めるよう勧めたが“修士まで父から学資を受けてきた。もう自立しなければいけない”とし、1927年に総合化学会社デュポンに就職した。そして69年に定年退職するまでの42年間を研究員として過ごした」そうだ。

1953年にアメリカの市民権を取得しているためアメリカ人だが、韓国で生まれ、日本で育った人物なのだ。

冒頭の『SBS』の記事は、「受賞当時の国籍はアメリカだが、釜山で生まれているため、出生地で分類したときは韓国に集計される。当時ペダーセンに関連する記事を見た人たちは、彼に“釜山サナイ(男)”という別名をつけたりもした」と解説した。

ペダーセンの出身地は韓国で間違いないだろうが、だからといって「韓国のノーベル賞受賞者」というのはさすがに無理がある。

さすがにネット民も失笑、しかし…

それは以下のコメントのように、韓国ネット民も承知しているようだ。

「誰がどう見ても外国人」
「外国で学んで外国の文化を体得しているのにどこが韓国人なのか」
「ノルウェー人と日本人の間に生まれたアメリカ国籍の人を韓国人扱いとは…」
「こういうときだけ韓国人にするな」

どれも批判的なコメントばかりだ。

それでも毎年のようにこの時期、「もう一人のノーベル賞受賞者」が話題に上っているのも事実だろう。

本人には気の毒だが、ペダーセンは韓国の“ノーベル賞コンプレックス”を象徴する人物になりつつあるのかもしれない。

(関連記事:ついに「“韓国人推薦者”を増やすべき」とまで主張するように…韓国ノーベル賞コンプレックスの現在

(文=S-KOREA編集部)