親が描く幸福の形から外れそうな結婚は不幸で恥ずかしいものなのか(写真:ryanking999 / PIXTA)

※ミセス・パンプキンへの子育て・家族関係などのお悩み相談は
専用メール、専用サイトで受け付けています

私には結婚を前提に交際している在日外国人(近隣国)の男性がいます。二人は同じ年で40代です。交際して1年経った最近、彼から私の両親に、あいさつに行きたいという申し出があり、両親にこのことを伝えました。
両親は彼が外国籍で、現在定職に就いていないという理由で、猛反対しています。両親はこの国際結婚は、家族に恥をかかせるもので、家族を不幸にするものだと言うのです。
「自分だけ幸せになって、家族を不幸にする結婚は許さない」「家族みんな仕事を辞めさせられ、父も周りから指を指される」「お前は今は幸せかもしれないが、家族を不幸にしてまで選んだ人生は、失敗するに決まっている」。その他、恥ずかしい醜い暴言を浴びせられました。
両親は彼にまだ会ったこともなく、彼の人柄も知らないのにこの暴言ですから、納得できません。私は彼となら、どんなことも一緒に乗り越えられる確信を持ち、結婚を決意しました。それともこのような結婚は、失敗する確率のほうが高いでしょうか。
さくらんぼ

断ち切らねばならない偏見の連鎖


この連載の一覧はこちら

今の時代に、どこの国(または人種など)の人との結婚が家族の恥で、家族に不幸をもたらすのか、ぜひ知りたいものです。迷信や偏見が多かった昔なら同情もしますが、この時代ですから失礼ながら、その偏見の強さをとても残念に思います。さくらんぼさんの世代には、絶対に断ち切らねばならない偏見です。

私が生きた時代で今日ほど、幸福の形がバラエティに富んでいる時代はありません。「大きな庭付きの家に伴侶と子どもが二人以上いて、将来にわたって安泰な収入があること」、この条件を何一つ手にしなくとも幸福だと、自他ともに認められる人を探すのに苦労しない時代です。

親が描く幸福の形から外れそうな結婚は不幸で恥だと反対するのは、ますますナンセンスな時代を私たちは生きています。親に反対され勘当されて、国際結婚をした人で円満な家庭を築き、幸福に暮らしている人は山ほどいます。

私の友人では、日本で何代も続いた医者の三女と、高校を中退して駆け落ちして「国際結婚」した、在日コリアンの前田氏(仮名)はその代表です。前田氏は裕福な家庭出身の愛妻を幸福にしたい一心で、ありとあらゆる仕事を転々としました(まったく苦労と感じなかったそうです)。そして自力で小さな土建業を起こし、それを徐々に大きくして事業に成功しました。

その頃には親の望む結婚をした長女と次女は、夫婦仲が悪かったり勤務していた会社の倒産などで、実家両親との仲もぎくしゃくしていました。医院を畳んで隠居中の前田夫人の両親は、家庭円満で公私ともに絶好調の前田氏夫妻をいちばん頼りにし、前田氏夫妻も喜んで、親と交流しているそうです。前田氏との結婚を猛反対された過去があるだけに、実家との交流で、彼らの幸福度が増したと言います。先のことなど誰にもわからず、親の従来の価値観に沿った結婚など、実は何も保証していません。

人生の幸福の本質とは?

私は「世界の村で発見!こんなところに日本人」というテレビ番組をよく見ます。特に日本よりずっと不便な“はるかな未開の地”で、文化も大きく異なる国の男性と結婚し、その国でその不便や違いをむしろ楽しむかのように、そして夫婦慈しみ合い生活している女性たちの逞(たくま)しさに、感動しています。

彼女たちは、人生の幸福の本質を教えてくれています。この人たちに「結婚相手が日本の近隣国の国籍所有者なら不幸になり家族の恥になると決まっていますか?」などという問いなど、恥ずかしくてできたものではありません。

おそらく、ご両親は文化や風習の違いも心配しておられるでしょう。しかし日本人同士の結婚でも、育った家風の違いなどで、摩擦が起こることがよくあります。問題はそれらの違いを、障害や優劣の基準で見るか、(大げさに言えば)異なった文化の出会いと見て学び、楽しむ対象として見るかです。

どんな「違い」も優劣の基準で見る癖の人がいます。しかし、それは視野が狭く、性格の悪い人に多いものです。「それぞれのよさ」を楽しむ余裕やしなやかさこそが大切です。

大のうどん好きである関西人の私は、関東のうどんは長年、濃口しょうゆの汁が真っ黒でカツオ出しも薄そうで、食わず嫌いでした。一方関西に30年住むうどん好きの、関東出身の友人は、薄口しょうゆ出しの関西うどんなど、「食う気がしねえ」と言い、お互いに相手の味覚をけなし合いました。

「違うこと」を楽しむべき

うどん一つでも、関東と関西でこれほどの違いがあるのです。国際結婚ともなればこの比でないと思われますが、ここで問題は、味覚の違いをけなし合った私たちの偏狭さです。

それより前に、日本で生まれ育った同じアジア人同士の結婚は、見方によればある意味、国際結婚と呼ぶのに違和感を感じるときがあります。同じ言語を使い、同じ環境で同じ教育を受け、実質的にはほとんど紙(戸籍)の上の、便宜上の区別でしかないからです。あとは「関東と関西のうどん」のたぐいの違いがあるだけです。

「違う」ことに優劣をつける必要はなく、「違う」から、それぞれのよさから学び、楽しむ機会にすればいいのです。何かにつけて世界一が多いアメリカの強さは、その多様な人種・文化を尊重し、多様性を価値としたことが一因とよくいわれます。

大げさな例ですが、“純血主義”や“鎖国政策”をとったリーダーや国の末路と併せて考えてみてください。個人レベルでも、同じことが言えるはずです。

特に近隣国の中でも中国大陸や朝鮮半島とは、日本は歴史的に見ると善隣外交が行われた時代のほうが、はるかに長いのです。ほんの百年と少し前、時の為政者の都合で作り出された偏見などが今に至るまで一部に、しかも根強く引き継がれているにすぎません。学びを通して高い識見を備える人になってください。

言葉を変えればその名残りで、自国を一段上に置き、他国の人を見下げたり傷つけて平気な人たちが、まだ存在しているということです。子どもたちのイジメにはまゆをひそめる人も、この問題には無慈悲で無知な人がいますが、とても残念です。恥ずべき価値基準であることを想起すべきです。

「パンのみにて生きるに非ず」とは言うけれど

さて、ここまで私は彼の国籍への偏見に対して私自身も在日コリアンですのでいささか熱を入れて書かせていただきましたが、別にこの結婚にもろ手を挙げて賛成しているわけではありません。この結婚は、慎重に見極めるべきほかの理由があります。

私がさくらんぼさんのご相談で心配するのは、彼が40代で定職がないということです。定職がないのに理由があり、とりあえず、いつも生活できる稼ぎか財産がある人ですか? 人間はカスミを食って生きてはいけません。一見すてきに見えても実体は口ばかりか、夢ばかり追いかけて稼ぐことに無関心な人がいますが、大丈夫ですか。

ご両親はそのことも、重要視しておられるはずです。最低限その条件くらいはクリアするか説明できるようになって、ご両親にあいさつを申し出るべきだと私は考えますので、その辺の彼の神経が気になります。

いずれにせよ今回は、親子げんかをたきつけるような調子になりましたが、決して本意ではありません。ご両親が偏見を払拭できないのも、ある意味、時代の犠牲者です。あなたの幸福を願っての意見であることは、十分に承知しています。ただそのような親の偏見を正してから前に進むには、あなたの時間が足らないと申し上げたいのです。

さくらんぼさんの人生の選択は、親の時代錯誤な価値観で決める必要はありませんが、愛だけでも生きてはいけません。

国籍の違いは問題ないと確信をもって申し上げますが、仕事に対する彼の意識を確認するために婚約を伸ばし、もう少し交際期間を設けることをお勧めします。