第15戦・マレーシアGPの金曜フリー走行に出ていくフェルナンド・アロンソの車体側面に、蛍光色の塗料が塗られていた。揮発性のオイルでできたその塗料は、走行中に乾いて色素だけが筋のように残り、ボディ周辺の気流を可視化する「フロービズ」と呼ばれるものだ。


2戦連続で7位入賞を果たしたストフェル・バンドーン

 マクラーレンが1セットだけ持ち込んだ小さなフィンが、アロンソ車のコクピット両脇のバージボード(※)に追加されていた。たったそれだけのアップデートではあるが、金曜の確認走行では予想以上の手応えがあった。

※バージボード=ノーズの横やコクピットの横に取り付けられたエアロパーツ。

「パワーセンシティビティ(感度)という意味で、セパンはシンガポールとはカテゴリーの違うサーキットだから、今週のほうが苦しい戦いを強いられることになるだろうし、目標もシンガポールとは違って、Q3に進んでできるだけポイントを獲るというものになる。残念ながら、それが精一杯だろう」

 アロンソがそう予想していたセパン・サーキットだったが、ドライコンディションのフリー走行で5番手。メルセデスAMG勢が下位に沈んだためとはいえ、3強チームに次ぐ中団トップのポジションを争う速さがあった。

 しかし土曜には一転、アロンソ車の挙動は不安定になり、予選10位が精一杯だった。代わりに旧型仕様のストフェル・バンドーンのほうが予選で7位を獲得した。

「2台ともQ3に進めてとてもいい予選セッションだったと思うし、僕自身としても7番グリッドというのは望みうる最大の結果だったと思う。シンガポールやモナコのようなコーナーが多いサーキットは僕らのクルマに合っているけど、マレーシアは僕らのクルマにあまり合っているとは思っていなかったからね」

 だが、ホンダの長谷川祐介F1総責任者の見方は違った。3強に食い込むことはできなくても、中団トップを争うことはできると見ていた。

「低速のコーナリングがランダムに続くようなサーキットなので、悪くはないんじゃないかと思います。2本のストレートがやはり厳しいですけど、あそこをうまくロスなく過ごせれば、そんなに悪くはないと思います」

 ボトムスピードが100km/h前後と、セパンでもっとも低速なコーナーのひとつであるターン9から80m立ち上がった地点の通過速度は、アロンソが163.9km/hで全20台の中でトップ。バンドーンも161.8km/hで3番目と、低速コーナーと立ち上がりの速さは3強チームに匹敵している。つまりマクラーレンMCL32は、低速コーナーは速い。

 一方で、パワーの有無が表れる最高速はザウバーと最下位を争う。しかも、レッドブルがTウイングを外すなどして313km/hから319.9km/hまで伸ばしたのに対し、マクラーレンは予選モードのパワーで309km/hから313.3km/hに伸びただけ。つまり、2本のストレートは犠牲にしてダウンフォースをつけ、高速コーナーで稼ぐ戦法だった。

「以前から申し上げているとおり、スパとモンツァの後はだいたいこのくらいのポジションで戦えるだろうな、というのは思っていました。今の我々の実力からすればいい結果だったとは言えると思いますが、これがもともと我々が目指しているところではないので、手放しで喜ぶことはできないということです」(長谷川総責任者)

 しかし、アロンソ車の金曜から土曜の推移に見えるように、マクラーレン側のアップデートがうまく機能しているのかいないのかはっきりしないようでは、その肝心の空力に不安が残る。アロンソは言う。

「昨日はよかったのに、今日はあまりよくなかったんだ。本当に僕らが正しい方向に進んでいるのか、まだこれから分析をする必要があると思う。それをもとに、これからさらにアップデートを投入して、来年に向けた知識を蓄積していかなければならないと思う」

 アロンソは決勝でもキレのある走りができず、中団グループに埋もれたまま11位でレースを終えている。

 アップデートが機能しないということは、自分たちのクルマを100パーセント正しく理解できていないということだ。屈指の高速コーナー連続区間を持つ次戦の鈴鹿でMCL32が本来の速さを見せることができるのか、不安だ。

 加えて、バンドーンが決勝を7位で終えて2戦連続のポイント獲得を果たしたとは言え、速さではセルジオ・ペレス(フォースインディア)に抜かれ、レース戦略ではピットストップで先手を打ってきたウイリアムズ勢にも抜かれかけた。彼らがポジションを入れ換える隙を突いて7位を取り返しただけで、本来なら9位で終わっていてもおかしくなかったのだ。

 アロンソも長々と第1スティントを引っ張り、ピットストップ作業で4.1秒もかかったためにルノー勢にアンダーカットを許した。

 とはいえ、マシンの実力を最大限に引き出し、現状のマシンパッケージで望みうる最大限に近いポイントを得たという意味では、満足のいく結果だ。ホンダの長谷川総責任者も語る。

「シンガポールの7位は上位勢がかなりいなくなっての7位ですから、今回の7位のほうが格段にうれしいです。少なくとも、ここでは実力をフルに発揮できたということです。我々の仕事としては実力をフルに発揮するというのが最大の目標ですし、それ以上というのは理論的にあり得ないわけですから、そういう意味では大変満足しています」


マレーシアGPの舞台「セパン・サーキット」での最後のバトル

 スペック4はまだ投入されていないが、ホンダのパワーユニットの進化は続いている。最高速が遅くてもストレートで簡単に競り負けないのは、予選モードを決勝でも使い始めているからだ。

「ベルギーGPでは予選でしか予選モードを使えず、決勝ではレースモードに切り替えた瞬間に(出力が下がり)オールージュで抜かれまくってしまったんです。しかし、モンツァからは決勝でも使えるようにしたので相当戦えていましたし、今回あまり抜かれなかったのも間違いなくそれが効いていると思います」

 シンガポールGPから2戦続けてQ3に進み、7位入賞を果たした。これを”好調”と見る向きもあるだろうが、ある意味では、これはマクラーレン・ホンダにとって”当然”のポジションだ。スパやモンツァのような超高速戦でなければ、これが実力なのだ。

「スペック3.7の純粋な実力で言えば、低速トルクを向上させたなどいろんな要素によって、充分ポイントが狙えるポジションにいると思っています。ですから信頼性の問題なく週末を戦うことができれば、こういうレースができるということです。走行中にトラブルを出さないというのが最大の課題であり、レースを完走するというのは最低限の責任ですから。ベルギーは明らかに力負けでしたし、イタリアではレース中にシャフトが折れてしまいましたけど、この(アジアの)2戦はそれができたということですね」

 しかし、今週末に迫った日本GPの舞台鈴鹿サーキットは、世界屈指の難コースだ。それはドライバーにとってのみならず、マシンにとっても同じことで、空力、メカニカル、パワーとすべての要素が試される。

「鈴鹿はもちろんパワーは重要ですけど、すべての要素が求められるタフなサーキットです。現実的に考えれば、我々の得られるポジションというのはトップ3に次ぐ位置、つまり7位・8位だと思っています。それをレースできちんと達成することが、まずは我々の目標です。去年は他のサーキットに比べて鈴鹿だけマシン挙動が悪く苦戦しましたが、今年のクルマはそこまでひどくはないと思いますから」

 マクラーレン・ホンダとして最後の鈴鹿――。そこでチームは実力のすべてを引き出すことができるのだろうか。

 シンガポールGPのスタート直後にリタイアしたアロンソは、絶好のチャンスを逃したことに対して「運命だと思う」と言った。

「僕はどんなものごとも起こるべくして起こるものだと思っている。何かが起きるときには、その背景にはそれなりの理由があるものだ。あそこで表彰台を逃したなら、もっといいタイミングがいつか訪れるからなんじゃないかと思う」

 失敗から教訓を生かし、次の成功につなげる。彼らはそんなふうに運命づけられているのだろうか。いずれにしても、運命は運ではなく、自分たちの力で掴み取るものだ。努力をしない者に、よき運命は訪れない。

 ホームレースを前に重圧を感じているという長谷川総責任者も、シンガポールとマレーシアの手応えをもとに、日本GPへの意気込みを新たにした。

「観に来ていただけるファンの皆さんに、来てよかったと思っていただけるような結果を出したいと思っています。我々もマクラーレンも、チーム全体として今年できうる限りの結果で終わろうということには、何の疑いの余地もありません」

 マクラーレン・ホンダとして最後の日本GPを、最高の日本GPにする。マレーシアGPの明と暗は、そのための最後のステップにしてもらいたい。

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