政府が働き方改革を推進している今は、潮目が変わったタイミングです(写真:jat306 / PIXTA)

働き方改革」が叫ばれる中、社内の働き方改革プロジェクトに関与する、もしくはその影響を受けることになった……という方も多いのではないでしょうか?  単に残業規制や在宅勤務を導入しただけでは、真の働き改革にはつながりません。『「残業だらけ職場」の劇的改善術』を上梓した清水久三子氏が、働き方改革プロジェクトに関与する人が考えるべき視点についてご紹介します。

よくある「働き方改革」の残念な事例


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働き方改革」が叫ばれる中、長時間労働をなんとかしようという掛け声のもと、全国の企業で次々とプロジェクトが立ち上がっています。私が生産性向上というテーマで講演や研修に呼ばれる機会が激増しているのは、その現れでしょう。

言うまでもなく、長時間労働是正に動く企業が増えていることは喜ばしいことですし、その志は立派です。しかし、残念ながら、実際の「働き方改革プロジェクト」を見ていると、「これでいいのだろうか?」と感じざるをえないのも事実です。

まずは全社での働き方改革プロジェクトが立ち上がり、その下には、「残業ゼロプロジェクト」「業務改善プロジェクト」「テレワーク推進プロジェクト」……といったサブプロジェクトがいくつも立ち上がり、下手をすると10個以上のプロジェクトチームが発足します。

往々にして各プロジェクトチームのミッションやゴールの定義は甘く、どこまでやればいいのかもわからないままに動き出します。その結果、経営陣からダメ出しが出て、仕切り直しになったりします。

働き方改革プロジェクトのための会議や打ち合わせ、調査が増えていき、通常業務に上乗せされます。長時間労働の原因は何か、どうすれば脱却できるのかという仮説構築が甘いので、個人の努力に任せ、1人ずつ「定時帰宅宣言」を作ったり、個人のスキルを向上させる研修などが施策として上がってきます。

やみくもに時短が叫ばれた結果、本来やるべき仕事まで「便乗時短」としてやらないことにしてしまったり、とにかく自分の仕事を減らそうと押し付け合いや、ふさわしくない人への丸投げが始まります。増え続ける顧客要望に対しては、会社では残業規制があってできないため、会社付近の喫茶店やファミレス、自宅へと場所を移して対応するという困った事態も。

やや単純化してはいますが、現在あちこちの企業で似たようなことが起きてはいないでしょうか。長時間労働を是正するための働き方改革、それ自体がさらなる長時間労働の原因になってしまったり、組織力の低下につながってしまうのはとてももったいないことです。

私は多くの企業に働き方改革や生産性向上というテーマで呼ばれる中で、初めにお話しさせていただくのが、「誰の」もしくは「何の」生産性を向上させたいのか、つまり生産性の「主語は何なのか」ということです。

実際に導入を検討されている施策を見てみると、オフィスツールを活用してのスキル向上や、テレワークによる柔軟なワークスタイルの導入など、生産性の主語は「個人」であることがほとんどです。

個人の生産性を目いっぱい向上させたとしても、組織の生産性が変わらなければ劇的な改善にはつながらないばかりか、個人が疲弊して閉塞感が漂うのは目に見えています。組織と個人の両輪での生産性を問わなければ、日本の命運を懸けたこの取り組みが徒労に終わりかねないというのが、私が感じる危機感です。

日本人がサービスに求めるものは「真心」?

ここであるデータをご紹介しましょう。

アメリカン・エキスプレス・インターナショナルによる「世界9市場で聞く顧客サービスの意識調査」を見ると、「購入先の変更を考える前に何回までならひどい顧客サービスを我慢できるか」との問いに、「一度でもひどいサービスを受けたら直ちに変える」と答えた日本人は56%、ほかの国はみな20%から30%の中、断トツです。

さらに、受けているサービスに対する満足度を見ると、「期待を上回る」と「期待どおり」を合わせても45%と半数を割り、群を抜いて低い満足度です。お客様は神様と唱えてきた結果は、はたして本当にバランスがとれているのでしょうか?

さらに複雑な心境になるデータが続きます。サービス担当者に求める態度として、他国は総じて「効率がよいこと」であるのに対し、日本だけは「礼儀正しい」が最も重要視されています。効率であれば、競合や金額に対してどれくらいのサービスレベルが妥当なのかが見えてきますが、礼儀正しさとなると明確な指標が難しく、真心込めて丁寧に……という思いが過剰サービスにつながっていくのではないでしょうか。

実際に、営業部門のトップやエースと呼ばれるハイパフォーマーの方に話を伺ってみると、「営業の成功要因は顧客と緊密な関係を築き上げ、要望に対して絶対に”ノー”と言わないこと」とおっしゃる企業が多く、前述のデータを裏付けています。もしくは「”ノー”と言ったら、仕事は取れないし、失注の責任は自分が負うことになるから基本何でも受けざるをえない」というあきらめとも取れる言い方もよく聞かれます。

このように企業に仕事が入ってくる入り口のところで、際限のないニーズに応えることが是とされていては、その後個人レベルでいくら生産性高く高速処理をしたとしても、大きな生産性向上は見込めません。働き方改革は、組織としての顧客への提供価値の改革でもあるのです。

では、働き方改革プロジェクトに関与することになったとして、組織レベルでの生産性を向上させるにはどんな提言をすればいいのでしょうか。当然ながら一筋縄でいくものではありませんが、個人と組織の両面での生産性向上をまずは提案すべきです。

個人の生産性向上はタイムマネジメントや業務改善、スキル向上などたくさんの有効な施策がありますので本記事では割愛しますが、組織の生産性向上としては、事業全体、特に顧客との関係性の見直しを検討の俎上に載せることは重要課題として認識すべきです。

顧客の細かいロングテール化したニーズにすべて応えていくことが、本当に採算が取れることなのかどうかを、しっかりと試算してみましょう。前述でご紹介したデータのとおり、「日本は顧客が求めるサービスレベルが高すぎる」「結局顧客の言いなりにならないと商売は成り立たない」というのは現時点ではそのとおりですが、あきらめの姿勢を続けた先に待っているのは、ブラック企業化ではないでしょうか。

この問題を現場レベルで個別交渉させるのは酷な話です。組織としてのスタンスを明確にしなければならないときが来ています。

昼夜を問わない激務が当たり前のイメージで、精神的にも肉体的にもタフネスを売りにしているコンサルティング業界の中でも、組織全体として生産性向上に取り組み成果を上げつつある企業も出てきています。コンサルタントのプロジェクトではクライアント企業にプロジェクトルームを作ってもらって常駐という形態で仕事をすることも多いのですが、定時で帰ろうとするとクライアントメンバーの目がそれを許さない雰囲気があります。

そんな中、ある大手コンサルティング会社では、改革に経営層も深くコミットし、「改革を始めた頃はクライアントになかなかご理解いただけないこともあったが、それで仕事がなくなるのであれば、そういうお客様とは付き合ってはいけないのだと覚悟もした」と社長がインタビューなどで語っています。

実際に私もコンサルタントとして仕事をしてきましたが、長時間労働や無理な要求を押し付けてくるクライアントとのプロジェクトは信頼関係が築きにくく、メンバーの健康を損ねたり、終わって収支を見ると赤字になったりとあまりよいビジネスとは言いがたく、短期的に売り上げは上がるものの、中長期的に利益につながるのかは疑問です。

実際に全員定時退社などを果たしている企業のお話を伺うと、自社のサービス価値を顧客に理解していただくのはもちろん、働き方も理解してもらえるよう努力した、ということをおっしゃる経営者の方が少なからずいます。

個人と組織の両面で生産性を問う


働き方改革には賛否両論ありますが、確実に言えることは政府が推進している今は潮目が変わったタイミングです。このタイミングを生かして会社としてどんな事業や顧客サービスを提供していくのかというスタンスを明確に打ち出し、顧客の理解を求めていくことが現場の葛藤を解消し、企業としての生産性向上につながります。

安易な解決策として、残業規制だけを設けたり、プレミアムフライデーのような一律のノー残業デーを決めたり、業務の見直しなきままテレワーク導入などの施策が働き方改革プロジェクトの目玉になってしまっては、成果は大山鳴動して鼠一匹ということにもなりかねません。

安易に画一的な施策導入にとどまらず、個人と組織の両面で生産性を問うことが本質的な働き方改革として、成果につながっていきます。働き方改革に関与することになった方々はぜひ、勇気と覚悟を持って、組織の生産性向上を俎上に載せていただきたいと願います。