ベインキャピタル日本代表マネージングディレクター・杉本勇次氏

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 債務超過に転落し経営再建中の東芝は9月28日、メモリ事業部門を分社化した東芝メモリの売却契約を締結したことを発表した。東芝の発表によると、売却先は米国の投資ファンド、ベインキャピタルを軸にした企業コンソーシアムにより組成される買収目的会社「Pangea」。今は存在しない原始時代の超大陸から名前をとったこのコンソーシアムに投資するのは、ベイン(2120億円)のほかHOYA(270億円)、SKハイニックス(3950億円)、アップル、デル・テクノロジックス・キャピタル、シーゲイト・テクノロジー、キングストンテクノロジー(4社で計4155億円)など日米韓企業連合と東芝(3505億円)。さらに金融機関から6000億円の資金を借り入れる予定だという。出資総額は2兆円、2018年3月末までに売却を完了する見通しとなっている。

 日本政策投資銀行や産業革新機構は将来的な支援の検討は表明しているが、米ウエスタンデジタル(WD)との和解訴訟の決着がつくまでは静観を続けていくという。東芝は20日の取締役会決議で売却を決定したが、この段階では「時差の関係で海外からのコミットメントレター(出資・投資を正式に応諾する書面)が届いていないと金融機関には説明している」(金融業界の事情通)というから、明らかな見切り発車。

「東芝は7月を基準日にして3カ月以内に株主総会を開くと宣言した。9月20日はまさにそのぎりぎりのタイミングだった」(金融関係者)からではないかとみられている。確かに総会が開けなければ東芝メモリの売却が遅れる。東芝の上場廃止につながってしまう。そうなってしまえば、今度は銀行の支援も厳しくなる。

 銀行のコミットメントラインとして6800億円が設定されており、9月末が期限である。売却契約の締結を受けて3カ月延長されることになったが、この返済を求められれば、9月中に法的整理の手続きを取らなければならなくなってしまう恐れがある。つまり、背に腹は代えられない苦し紛れの見切り発車だったということができよう。

●売却交渉が“実況中継”

 では、なぜこんな状況に追い込まれたのか。そのひとつの大きな要因は度重なる情報の漏洩だろう。

「企業の買収というのは秘密事項のなかでも、もっとも守秘義務の高いもの。社内でも情報を持つものを限定しているのは普通。なぜなら、情報が漏洩すれば買収話がすぐに破たんしてしまうからです。ところが、東芝は契約締結直前に情報が新聞で“実況放送”されている。考えられないことです」

 主要取引銀行幹部は、こうあきれ顔だ。情報漏洩が東芝側のリークだとすれば、東芝は当初からこの提携を阻止しようとしていたということだろうか。
 
 かつて北海道拓殖銀行が経営危機に陥り、北海道銀行との合併の話が浮上したことがあった。当時の大蔵大臣(現財務大臣)が「日本の金融システムを守るため、少なくとも都市銀行の大手20行は1行たりとも潰さない」と語っていたことから、拓銀の役員は高をくくっていたのかもしれない。合併推進委員長だった副頭取は裏で合併に反対し、行内では“合併反対委員長”などと呼ばれていた。

 結局、合併は失敗に終わったが、拓銀は破たんの道をたどった。「TOO BIG, TOO FAIL(大き過ぎて潰せない)」といわれ、大企業は無条件で守られるといいう慢心がある。東芝にもそうした一面があったのではないか。

 東芝が東芝メモリの売却を発表したのは2月14日。「金融機関からの強い要請があった」(事情通)からだという。東芝メモリが分社化された4月1日以降は、すぐにこの株はメインバンクに担保として差し出されることになった。

「しかし非公開企業の株は担保としては不安。銀行としては早く現金化したかったのではないか」(同)

 しかし経済産業省は日本の技術流出に神経をとがらせていた。そこで当初は「オールジャパン」で東芝メモリの買収を進めていこうとしたが、日本企業は思いのほか難色を示した。1990年代は世界トップクラスに君臨した日本の半導体事業。しかし巨額の投資が必要な上に、価格変動の激しいシリコンサイクルを受け、日本企業は次々に撤退。経済産業省主導でNECや日立製作所が切り捨てた半導体事業を統合して設立したエルピーダメモリも業績不振で会社更生法を申請、米国のマイクロン・テクノロジーの傘下となり、最後に残ったのが東芝だった。

●韓国SKの強い野心

 東芝メモリ売却が発表された当初、買収に積極的に手を挙げる日本企業はなかった。そのようななかで急浮上したのが、ベイン、SKハイニックス、革新機構、政投銀の日米韓コンソーシアムだ。SKハイニックスはかつて東芝の研究データを盗んだ張本人。330億円を支払って和解したが、東芝メモリの技術は喉から手が出るほど欲しいはずだ。当初は出資のみで経営に口を出さないという触れ込みで、このコンソーシアムに参加していた。

 これに対して危機感を募らせたのが、東芝とこれまで半導体事業で子会社のサンディスクを通して提携してきたWDだ。5月14日には国際仲裁裁判所に売却中止を申し立てた。その後、6月21日に東芝は日米韓連合を優先交渉先として選定し、契約交渉も佳境に入った8月、SKハイニックスが議決権を主張し、契約交渉は暗礁に乗り上げた。

 その後、東芝は鴻海精密工業(ホンハイ)やWDと交渉に入り、8月31日までに合意することを目指していた。訴訟の取り下げなども含めてWDは主に革新機構と調整。ところが東芝の半導体事業関係者の間ではWDに不信感を持つ者も少なくなく、結局交渉は頓挫。さらに革新機構はWDを抜いた日米連合案なども提示したが、東芝は日米韓連合を選んだ。

 しかし、韓国ではSK陣営が東芝メモリを買収したかのような報道が行われ、経営権奪取に強い野心があることは明らかだ。今後ぎりぎりのタイミングで最悪のカードを切ってくる可能性は否定できない。仮にこのまま売却が進んだとしても、WDによる訴訟や独禁法の影響で来年3月末までに東芝メモリの売却ができなければ、東芝は2期連続の債務超過となり上場廃止となってしまう。

●新たな巨額損失

 さらに東芝は、もうひとつ大きな問題を抱えている。東芝は13年に米国とLNG(液化天然ガス)の輸入契約を結んだが、販売先探しが難航。19年9月から20年間にわたって年間220万トンを輸入するが、値崩れしているために最大で1兆円の損失を計上する可能性がある。

 つまり東芝メモリを売却しても再び巨額損失が発生するという問題を抱えているのだ。だから東芝メモリを売却するよりも法的整理を行い、東芝メモリを成長エンジンとして活用するほうが、短期間で再上場して復活できる可能性がある。

「しかし、法的整理をすれば系列取引先に影響し、連鎖倒産の引き金になりかねない。東芝クラスの会社による連鎖倒産ともなれば、日本の経済危機の引き金になる恐れもある」(事情通)

 しかし、東芝は4つある事業のうちすでに3つを分社化、残りの1つも10月1日に分社化した。4つの事業会社はそれぞれが黒字。「このまま法的整理に持ち込んでも、連鎖倒産の危機は避けられるだけではなく、金融機関に与える影響も、金融危機の引き金を引くほどのものではない」(金融関係者)という。見方によっては、これまでの東芝の優柔不断の態度は、10月1日までの時間稼ぎだったのかもしれない。
 
 果たして東芝はどのような選択肢を選ぶのか。次の一手が注目される。
(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)