喜多川歌麿「深川の雪」(「Wikipedia」より)

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 毎年正月の2日と3日に開催される箱根駅伝。往路のピークはなんといっても5区、箱根の登りだろう。小涌園のところで大きくカーブする道があり、各大学の応援団が毎年のぼりを立てて目の前を走る選手たちに声援を送る。その姿は箱根の風物詩だ。

 選手たちが大きくカーブする道を駆け抜けてすぐ右手に見えるのが岡田美術館だ。その美術館で2014年、喜多川歌麿の「深川の雪」を目にした時の感動は今も忘れない。その「深川の雪」をこの夏、再び間近に見られるという。それも、「品川の月」「吉原の花」と一緒に三部作が実に138年ぶりにそろうというではないか。「品川の月」だけは原寸大の複製だが、他の2つは、まさしく本物の肉筆画だ(展示は7月28日から10月29日まで)。これは見るしかないと思い、岡田美術館を再訪した。

●世紀の大発見に沸いた2012年

 喜多川歌麿が描いた「雪月花」の三部作がそろって展示されたのは、明治12年(1879年)のことだ。その後、この三部作は当時ジャポニスムブームに沸くパリに流出し、日本から姿を消してしまう。「品川の月」と「吉原の花」は、その後さらにアメリカにわたり、それぞれフリーア美術館(ワシントンD.C.)とワズワース・アセーニアム美術館(コネチカット州)が購入し、現在に至っている。

 ところが「深川の雪」だけは長らく行方がわからなくなっていた。昭和14年(1939年)に日本人が買い戻して、里帰りしている。終戦後の昭和27年(1952年)には、銀座松坂屋で3日間展示されたのち、行方がわからなくなっていたのである。

 その「深川の雪」がつい最近、12年に発見されたのである。発見された当時は傷みが相当ひどく、専門家の手によって半年間かけて慎重に修復されていった。修復後、美しい姿で公開されたのが14年のことだ。

「深川の雪」は喜多川歌麿晩年の大作だ。初めて岡田美術館で目の当たりにした時に、その大きさと美しさにただ圧倒された。縦2m、横3.5mと大きな掛け軸の画面一杯に27人もの遊女と芸者が生き生きと描かれている。特にその表情が実にいいのだ。

 三部作のうち、最初に描かれたのが「品川の月」だ。展示も左から制作順に並べられている。一番左にある「品川の月」には、西洋絵画の遠近法が採用されている。フリーア美術館所蔵のこの作品は門外不出のため、今回の展示は原寸大の高精細複製画だ。

 2番目に描かれた「吉原の花」は本物がアメリカ東海岸コネチカット州から、はるばる海を越えて箱根にやってきた。解説を読まないとわからないのだが、上半分の女性たちは武家の女性たちだ。しかも、なかには徳川家の紋が入っている着物を着ている女性もいる。当時、寛政の改革で江戸の人々は我慢を強いられていた。この絵は、つい最近まで武家の女性たちも派手に遊んでいたではないかという、幕府に対する痛烈な皮肉でもある。下半分には芸者たちがあふれんばかりに描かれている。絢爛豪華ではあるが、「深川の雪」に比べてやや登場人物が過密に感じられる。

 その点、「深川の雪」は実にバランスがいい。舞台は深川の料亭だ。その2階、雪の積もった中庭を囲むように廊下があり、そこに実に豊かな表情の女性たちが描かれている。一人ひとりの表情も他の絵に比べてはるかに豊かに描かれている。まさに喜多川歌麿の最高傑作といってよいだろう。個人的にも「深川の雪」が最も好きだ。3年前に見たときも感動したが、三部作の中で「深川の雪」を見ると改めて、その良さが伝わってきた。

●三部作とヒット3連発

 喜多川歌麿の三部作と比較するのはやや気が引けるが、ブランドづくりの基本に「ヒット3連発」という考え方がある。ヒット商品を放っても、あとからきた創造的模倣者に追い抜かれ、一発屋で終わってしまってはブランドとならない。ヒット商品を3連発成功させて初めて、そのカテゴリーでブランドができるという考え方だ。

 歌麿の三部作を見ていても、一つひとつの絵は大作であることに間違いないが、やはり三部作であることに意味があるように思う。それも、最後の作品が最も完成度が高い。商品やサービス、あるいはプラットフォームも、歌麿の三部作のようにヒットを連発することで磨きがかかり、ブランドを構築していくというのが間違いないだろう。

 アップルがパソコンメーカーから脱却し、現在のようにiPhoneやiPadまで幅広い事業を展開するきっかけとなったのはiPodの発売からだ。最初のiPodはマッキントッシュ専用のデジタルオーディオプレーヤーとして01年10月23日に発表された。マッキントッシュ専用だったのは、iPodがマッキントッシュの販売促進の「おまけ」として開発されたからだ。つまり、魅力的なiPod欲しさに、マッキントッシュを買ってくれるのではないかと考えたようだ。

 しかしアップルは戦略を変更し、iPodを単なるおまけではなく、新たな製品として位置づけた。すぐに仕様を変更し、翌02年に発売した第2世代ではWindowsパソコンにも対応させている。マッキントッシュにとってWindowsパソコンは競合だが、iPodにとっては補完となるからだ。

 アップルは、その後、iPod mini、iPod shuffle、iPod nanoと次々にヒットを飛ばし、ついにiPod touchにまで発展させている。三部作どころではない。アップルはiPodシリーズで3連発はおろか5連発もヒットさせているのだ。しかも、iPodシリーズのあとはiPhoneシリーズ、さらにiPadシリーズと、新たなカテゴリーでもヒット3連発を実現している。まさに王道を行っている。

 新しいカテゴリーを切り開いても、一発屋で終わってしまってはもったいない。ひとつでもヒット商品を出すのは大変なことだ。しかし、そこで油断してはいけない。立ち止まってはいけないのである。いかにヒットを連発し、そのカテゴリーでリードを続けられるか、いわゆるカテゴリーキングになれるかが重要なのである。

 そのためにも、三部作は確かに重要なのだと、岡田美術館で「品川の月」「吉原の花」「深川の雪」の三部作を見ながら考えさせられた夏であった。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授)

【参考文献】
1.歴史秘話ヒストリア、NHK、2014年3月5日放映
2.『カテゴリーキング Airbnb、Google、Uberはなぜ世界のトップに立てたのか』アル・ラマダン他(著)、集英社(2017/9/26)