女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

大学時代からの仲良し3人組、あゆみと理香、そして沙耶。

未だ独身、広告代理店でキャリアを積む沙耶は、早々にママとなった理香、最近結婚したばかりのあゆみとどんどん疎遠になってしまう。

沙耶自身はまだまだ仕事が楽しく、結婚なんて考えられない、はずだった。




あなたはどのカテゴリー?


「どちらの雑誌が、よろしいですか?」

今日は、月に1度のメンテナンスデー。

いつもお願いしている表参道のヘアサロンが遅めの夏期休暇でクローズしてしまっていたため、今回は銀座にある初めてのサロンに来ている。

声をかけられて顔を上げると、派手にメッシュが入った若い男性スタッフが雑誌を差し出していた。

彼が手に持っているのは、バリキャリ向けOL雑誌とママ向け雑誌、対極とも言える2冊。

-これは、店のマニュアル!?

妙齢の女性に対しては勝手な判断をせず、どちらを取るかで沙耶の所属するカテゴリーを判別する...なんて、考えすぎだろうか。

「えーっと...どちらも置いておいてもらえますか?」

勝手な推測を恐れ、そう答えておいた。沙耶は、自身のプライベートを詮索されるのが大嫌いなのだ。

あゆみも理香もインスタグラムを毎日のように更新しているが、沙耶はもっぱら閲覧専用。自分の私生活を晒して何が楽しいのか、沙耶にはまったく理解ができない。

目の前に置かれた、普段は手に取ることのないママ雑誌。

表紙に踊る「女を楽しむ日のママコーデ」という見出しを一瞥し、どこかで見かけたコピーだと思って、ハッとした。

-これ、理香が出てる雑誌だ...


理香が掲載されているページを冷ややかに見る沙耶。外見を売りにする女は、安っぽい?


理香の良さは、そこにないのに...


-こんなのに出る必要、ないのに。

どこの馬の骨ともわからぬ、ただ見た目が美しいだけの女たちと並んで誌面に映る理香に、沙耶は違和感しか覚えなかった。

理香は誰もが認める、才女だ。

真面目で努力家で、大学時代も授業をサボっている姿など見たことがない。将来を見据えて独学で語学を習得し、念願だった外資系ジュエリーブランドのPRとして華々しく活躍していた理香。

もちろん理香の外見は、ママとなった今でも十分に美しい。しかし、それを売りにしてしまうと、途端に安っぽく映る。

-理香のいいところは、もっと他にあるのに。

理香の勤勉で努力家なところを、沙耶は尊敬している。余計なお世話かもしれないが、こんな風に承認欲求の塊と化した女たちと同列に並んで欲しくない。

小さくため息をつき、沙耶はそっと目を閉じた。




週明けの月曜日。

「次のプロモーションだが、リーダーを原口沙耶に任せようと思う」

「えっ...私!?本当ですか!?」

チーム会議で部長に直々に指名され、沙耶は思わず大きな声を出した。

男社会の広告代理店で、30歳の女がプロモーションリーダーを任される機会は、多くない。大抜擢と言っても過言ではないだろう。

沙耶が所属するチームが担当している某化粧品メーカーから、来年春、久しぶりに新ブランドが誕生することになった。

その新ブランドが、ちょうど沙耶と同年代、アラサーをターゲットにした商品展開であることから沙耶をリーダーにしてみては、という声が上がったのだという。

長年取引をしている企業でコンペなしで受注できる案件だが、それでも責任重大、大きな仕事であることに違いはない。

プロモーションリーダーを担当することは沙耶の目標の一つでもあったから、声をだして喜びたい気持ちを抑えるのに必死だった。

「嬉しいです...精一杯、頑張ります」

覚悟を滲ませて答えると、部長が力強く頷いてくれた。

「先輩、良かったですね!」

隣に座っていた2つ下の後輩・香織も、そう声をかけてくれた。彼女とはいつも遅くまで残業を共にしていて、ふたりで愚痴り合い、支え合ってやってきた仲。

興奮気味の口調から、彼女が沙耶の抜擢を喜んでくれているのが伝わってきたのも嬉しかった。

-早く、隼人にも報告したい!

これから春先まで今以上に忙しくなるだろうが、彼もきっと喜んでくれるはず。

広告代理店で働くことは、学生時代から沙耶の夢だった。

東京のど真ん中で働く、華やかなキャリアウーマン。実際に働くようになってからは、そんなものは幻想だと思い知ったが、それでも今この仕事についている自分を誇りに思う。

最近の20代女性の中には、就職を婚活だと考えているような人もいると聞く。安定した、条件の良い男性と結婚するためだけに、大手企業への就職を希望するのだとか。

いずれは家庭に入るにせよ、全身全霊で仕事する楽しみを知らずに終わるなんてもったいない、と沙耶は思う。

社会で評価される喜びは、男に愛される悦びに優るとも劣らぬ快感を与えてくれるから。


恋も仕事も絶好調の沙耶。しかし、まさかの急展開。


女の人生は、突然狂う。


「さすが沙耶ちゃん!すごいね、おめでとう!」

どうしても早く伝えたくて、仕事終わりに『TAKAZAWA BAR』で隼人と合流した。

冷えた白ワインが、今日はいつも以上に美味しい。

「ありがとう。嬉しい...けど、忙しくなるから頑張らないと」

抜擢を聞かされてから時間が経つにつれて高揚は冷め、その代わりに自身に降りかかってきた責任とプレッシャーに対する恐怖心がちらつく。

沙耶の不安を察したのだろうか。隼人は優しく沙耶の頭を撫でる。

「頑張らなくても、沙耶ちゃんならいつもどおりで大丈夫」

彼は沙耶より3つ年下だが本当に包容力がある。いつも沙耶の心に寄り添う言葉をくれる。理解のある彼がそばにいてくれるからこそ、沙耶は仕事に邁進することができるのだった。

私たちは、互いに支え合い、高め合える、理想の関係。心から、沙耶はそう思う。

-やっと“そっち側”にいけたわ!

以前、結婚が決まったあゆみがそんな放言をした。

その言い方に正直もやっとはしたが、しかし沙耶は別に“こっち側(結婚していない側)”に居続けることを嫌だとも恐怖にも感じてはいない。

結婚してもしなくても、ふたりの関係がずっと変わらず続いていけばそれでいい。

そう、思っていた。




異変を感じたのは、プロモーションリーダーに抜擢された翌週のことだった。

その日は朝から体調が悪く、メイク中に吐き気がしたり、通勤電車では立っているのが辛いほど下半身が重い。

生理にでもなるのかな。そう思って、ハッとした。

-そういえば、前に生理が来たの、いつだっけ...?

グーグルカレンダーを開き、スケジュールから必死で記憶を手繰り寄せる。

ふつう、沙耶くらいの年齢の女性は基礎体温を測ったり生理周期をアプリで管理しているものらしいが、恥ずかしながら沙耶はそういったことに全く無頓着だった。

-確か、『イルブリオ』であゆみのお誕生日会をした時。あの日が最後だったから、ということは...。

頭の中で素早く計算して、沙耶に緊張が走る。あれからもう、1ヶ月なんてとっくに過ぎている!?

-もしかしたら、妊娠しているかもしれない。

その考えが頭をよぎった時に沙耶が真っ先に感じた感情は、正直言って喜びではなかった。ただただ、「困惑」だった。

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沙耶に、妊娠発覚!?せっかく手にいれた抜擢のチャンスだったが...