【特集:公共の場での授乳問題(13)】「授乳は当然の権利でしょ?」VS「見たくないものを見ない権利だってある!」問題を法的に考えてみた

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「公共の場での授乳」は時に「公然わいせつ罪では?」と非難されることも。さらに授乳を「当然の権利」と主張するママもいれば「見たくないものを見ない権利」を訴える人もいます。

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果たして法的にはどのように考えられるのか、弁護士の宮川舞先生に聞きました!

「公共の場での授乳」は「犯罪」になる?ならない?

――最初に、ズバリお聞きします。「公共の場での授乳」が、罪に問われる可能性はあるのでしょうか。

宮川舞先生(以下、宮川):犯罪となるのかどうか、ということですね。

まず軽犯罪法の第1条20号として「公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者」という条項があります。

また刑法174条には「公然とわいせつな行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」とあります。

ここでいう「わいせつ」とは判例によれば「徒(いたずら)に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するもの」とされています。

なので「公共の場で胸を出す」という行為が、何らかの犯罪に該当する可能性があるとしたら、軽犯罪法の定める「軽犯罪」か、刑法の定める「公然わいせつ罪」になると思われます。

胸は「しり、ももその他身体の一部」に該当すると考えられますし、またその露出は「わいせつな行為」とも捉えられるからです。

ただ、どちらの法律にも「“みだりに”〜」「“徒に”〜」という要件、つまり法律の効果を生じさせるために要求される事実があり、授乳は通常「みだりに」でも「いたずらに」でもなく「必要があって」している行為ですから、ここには基本的に当てはまらないと解釈していいと思います。

とりわけ事故的なもの、例えばママがケープ等で隠しながら授乳をしていて、一瞬ポローンと見えちゃったようなものは、問題にならないと考えてよいでしょう。

――一瞬ポローン、は犯罪にはならないんですね。どんなに周りに気配りをしても事故的な事態は避けられないこともあるので……ホッとしました(笑)

宮川:もちろん、授乳も終わったのにダラーッと出しっぱなしにしていた場合、罪に問われる可能性があるかもしれません。そんなママは、まずいないと思いますが(笑)

そして「公然わいせつ罪」とまではいえない軽微な犯罪に実際に適用されているのが「軽犯罪」であり、その「軽犯罪」にあたるとされる行為が「露出」を前提としていることから考えると、授乳ケープや授乳服で隠しながら授乳をしているその行為自体が「乳房の露出を連想させるから」「わいせつっぽいから」等の理由で犯罪として成立するかといえば、成立しないということができると思います。

「見たくないものを見ない権利」とは?

――「公共の場での授乳」が「犯罪」になり得るかといえば、ならないということについては理解できました。

が、「公共の場での授乳」に異を唱える人たちによっては「見たくないものを見ない権利がある」と主張する方もいます。この「権利」についてはどうでしょうか。

宮川:最高裁の判例として「日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない自由」について、裁判官が補足意見を述べているものがあります。

最高裁判所はそのなかで、個人というものは「他者から自己の欲しない刺戟(しげき)によって心の静穏を乱されない利益を有しており」さらに「これを広い意味でのプライバシーと呼ぶことができる」として、心の静穏の侵害がプライバシーの侵害として考えられることもある、という法的な見方を示しています。

――「見たくないものを見ない権利がある」という主張は、法的にも根拠があるということですね。

宮川:その通りです。

ただし、ここで忘れてはならないのは、ママたちにも「公共の場で授乳する権利」、言い方を換えれば「公共の場で授乳する自由(以下、単に「授乳する自由」と記載。)」があるのではないか、ということです。

この自由は、憲法13条(「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」)が根拠になると考えられます。

「見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない自由」と、「授乳する自由」、これらが衝突する状態になるわけです。人の「自由」や「権利」には、対立する利益があることが多いものなのです。

――「権利の衝突」について、分かりやすくご説明いただけますか。

宮川:例えば、マスコミでよく見受けられる例として「名誉毀損」があるでしょうか。ここでも「報道の自由」や「表現の自由」と「名誉権」が対立していて、よく裁判にもなっていますよね。

そしてこれは「公共の場での授乳」問題にしても同様で、こういった論争は「自由」や「権利」というものの“性質”に根ざしているがゆえに避けられない、ということもできるのです。

――「自由」や「権利」の“性質”ですか?ううーん、話が難しくなってきました。

宮川:「公共の場での授乳」に、話を戻してご説明しましょう。

「見たくないものを見ない権利」VS「授乳する権利」

宮川:「見たくないものを見ない権利」と「授乳する権利」という対立するふたつの「権利」や「自由」を考える時に、ではどちらか一方の「権利」は100%守られるべきものであって、もう一方の「権利」を100%否定するものであってもいいのかどうか。

突き詰めれば、「相手の『自由』を制限しても、自分の『自由』は守られるべき」なのかどうか?という問いに、行き着くのではないでしょうか。

そしてこの問題が、今回の論争の根本でもあるように思います。

――たしかに、この話題に関するネットのコメントも「是か非か」の“オール・オア・ナッシング”であふれているように感じます。

それが現役ママからすると怖いというか、追い詰められてしまうというか。

宮川:そもそも「自由」というのは、対立する「自由」が存在することが多いので、お互いにある程度はガマンしなければならない場合があるものなんですね。

これを、先ほどご紹介した最高裁の判例では、対立する利益と比べたうえで、自分の「自由」が侵害されることを「受忍しなければならないこともありうる」と述べています。

言うなれば、双方の「自由」や「権利」の“綱引き”みたいなもので、それぞれの状況によって、それぞれの尊重度合いが常に変わってくる。これが「自由」というものの“性質”であり「権利」というものの“性質”なのです。

話が抽象的になってきました。あらためて「公共の場での授乳」で想定される事案について、ケースごとに考えてみましょう。

まず「公共の場」が公園のような、広いオープンスペースだった場合、見る側はその場を容易に離れられることが多いですから「見たくなければ見ない」という選択も可能ということで、「見たくないものを見ない自由」は「授乳する自由」より後退するかもしれません。

しかしこれがレストランやバス・電車のように、何らかの目的があって、そのためにお金も払っているような場所で、その目的を達成するために場所を移ることもできないような場合には「見たくないものを見ない自由」への保護が強まるかもしれません。

とはいえ赤ちゃんが脱水症状になりそう、授乳時間が開いてしまいお腹が非常に空いている、ひどく緊張してしまっている、等の事情がある場合には「授乳する自由」が優先されることも十分にあり得ます。「授乳室が混んでいる」等の理由も、考慮されるかもしれません。

また、この「授乳室」についても、それはあくまでもデパートやショッピングセンターなどがサービスとしてお客様に提供しているものであって、本来、そこ以外で授乳をしてはいけないという趣旨ではないはずです。

法的に考えれば「授乳する自由」を無制限に狭めていいものではありません。「授乳室」の存在は「見たくないものを見ない自由」を保護する要素にはなり得ますが、双方の「自由」や「権利」の“綱引き”のひとつの要素として考えられるべきものでしょう。

どんな「社会」が望ましい?子どもたちの未来のために

――双方の“綱引き”なのですね……では結局のところ、法的に「公共の場での授乳」を裁くとしたら、どうなるのでしょうか。

宮川:この問題は法的に考えても、非常にあいまいな事案であり、言ってしまえば0%か100%か、白黒をつけることは難しい、ということになります。

実際にどちらの「自由」が尊重されるべきか、それぞれが不快には思っていても賠償を請求するような訴訟にまで発展することは考えにくく、これまで日本では判例はありませんし、また近い将来、目に見える形で裁判所がその是非を判断することになるとも思えません。

だからこそ、例えばアメリカでも州法で「公共の場での授乳」を認めるよう定めたりしているわけで、これを逆に考えれば、法律や条例を作らないことには白黒つけられない、ということなのですね。

もちろん日本も、政治的・政策的判断で国や地方自治体が立法や条例化を検討する、という道もあるのかもしれません。

しかしながら視点を換えれば、いろんな意見があり、自身の「自由」が100%守られるというわけにはゆかないながらも、お互いを思い遣りながら“綱引き”をして、さまざまな立場を尊重しながら各々の“あいだ”を取ることができる、そういった社会は「健全な社会」ということもできるのではないでしょうか。

子育て真っ最中のママからすると「白黒つけてくれたほうがいいのに!」と感じるかもしれません。でも、自分のバックグラウンドに基づいて自分なりの声をあげることができ、論争できる社会というのも、ひょっとしたら子どもの未来のためには、大切なものなのかもしれません。

法的に「公共の場での授乳」の是非について、はっきりとしたお答えを提示できずに申し訳ないような気がしますが、この問題に悩むママたちの、ご参考になればうれしく思います。

記事企画協力:光畑 由佳

【取材協力】宮川 舞(みやがわ まい)氏 プロフィール

弁護士(東京弁護士会/中島・宮本・溝口法律事務所所属)。『名誉毀損の慰謝料算定』(学陽書房)の執筆陣に名を連ねるなど、名誉・信用・プライバシー・肖像・パブリシティの侵害に関わる研究や事案にとりわけ造詣が深い。(情報は記事公開時)