ミャンマー国内でロヒンギャが“不法移民”扱いされている理由

写真拡大

 ミャンマー北西部ラカイン州から50万人を超えるロヒンギャが隣国バングラデシュなどに逃げている。家は焼かれ、財産は略奪され、レイプされた女性も……。人道的懸念に溢れ、国際的非難が集まる事態だが、そもそもロヒンギャはなぜミャンマー(ビルマ)では不法移民扱いをされているのだろうか。同国の歴史と政治に詳しい上智大学総合グローバル学部教授の根本敬氏に聞いた。

「1824年以降、ビルマ国は当時のベンガル地方(現在のバングラデシュ)を支配していたイギリスの侵入を受け、植民地化の道を歩みました。それに伴ってベンガル地方からイスラム教徒が大量に流入してきました。これをもって、彼らを“新入りの移民”だと考える国民が多いのです。イギリスの侵略以前から国内にいる諸民族は国民だが、それ以降に入ってきた者は土着民族ではないという考えを国家自体が持つようになり、ロヒンギャはその中でも新参者とされました。彼らは肌が黒いとか、言葉に訛りがあることなどから、人種差別的な扱いを受けています」

 だが歴史を振り返れば、イスラム教徒は新参のよそ者ではない。

「ビルマ西部に栄えたアラカン王国の歴代国王はイスラム名も名乗り、イスラム商人と貿易し、王宮内には役職を持ったイスラム教徒がいました。ミャンマー独立後はロヒンギャによって構成される政党が活動し、最大で4人の議員を中央に送り込んだこともあります」

 ところがこうした歴史的経緯を一般のミャンマー国民は認めない。

「軍政と戦ったリベラルな人ですら、ロヒンギャがもしビルマにいたいのなら、自ら不法移民の『ベンガル人』だと認め、ミャンマー人仏教徒の温情にすがりミャンマー国籍をもらえばよいと言います」

 同国の民主化を主導した最高指導者アウンサンスーチー氏は、ロヒンギャの苦境に対する曖昧な態度を国際的に批判されている。だが、国内の支持層の顔色を窺いながらの舵取りは至難の業だ。

「ロヒンギャ問題は軍のコントロール下にあり、彼女は国家顧問ではあるものの、憲法の規定により軍や警察に命令を出せる立場にありません。軍の説得も困難ですが、反ロヒンギャの世論は自身の支持層と被るところもあり、相当慎重な対応をしなくてはなりません」

 ロヒンギャの漂流生活の解決には高い壁があるのが現状だ。

【根本 敬氏】
上智大学総合グローバル学部教授。ビルマ近代史研究専攻。『アウンサンスーチーのビルマ民主化と国民和解への道』(岩波書店)ほか、関連著作多数

※10/3発売の週刊SPA!「日本に逃げたロヒンギャ 涙の告白」特集より
取材・文/野中ツトム・岡田光雄・福田晃広(清談社) 、写真/EPA=時事