試合を行うべきではなかった

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10月1日の対ラスパルマス戦で勝利を収めたバルサ。しかし、試合を中止しなかったことでバルサは“mes que un club”というスローガンが意味する「ただのクラブ以上の」存在でなくなってしまった。バルサはスペインからの失点6の脅しにひるまず、試合を中止することで、スペイン政府のカタルーニャへの迫害に立ち向かうべきだった。

無観客で試合を続行するというのは最もよくない解決方法だった。この対処により副会長のカルレス・ビラルビーと幹部のモネスが遺憾を示し辞任の意を表明した。

バルサの会長バルトメウ氏は「我々は世界にカタルーニャが特殊な許せない状況に置かれていることを示すために今日素晴らしい勝利を収めた」という言葉で取り繕った。しかし、バルトメウは恐れによって試合の開催を決定し、バルサと言うクラブを自由のシンボルだと考えていたクレたちはこの決定を恥じた。

バルサは誇りの為に決して対ラスパルマス戦を開催するべきではなかったのだ。その結果がどうなろうと。それが10月1日に投票所となった学校の門をスペイン警察から守った人々に報いる決定だったのだ。「自由」を手に入れる為に投票するという固い結束により政府警察に立ち向かった数百名ものカタルーニャ人らが負傷を負った。ジェラール・ピケが流した涙は無抵抗のカタルーニャ人が流した涙と同じだった。