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「驚愕の新ナンバー」というパワーワード!

今回はプロモーションと言いますか、この奇跡の実演家を界隈以外の方に知っていただきたい、そのように思いまして告知の拡散を行なうべくキーボードを叩いています。

フィギュアスケート界隈以外のみなさまは、フィギュアスケートの演目についてどのような印象をお持ちでしょうか。選手が出てきて、音楽が鳴って、クルクルまわってジャーンでしょうか。ふむ、実際のところ9割方はその感じです。曲が違うとか衣装が違うとかクルクルのやり方が違うとかはありますが、大体はその感じです。

しかし、日本にはその枠からハミ出して遠い宇宙の彼方に向かっている才能がいます。町田樹さん、2014年のフィギュアスケート世界選手権・男子シングルの銀メダリスト。競技者としても実績十分な町田さんですが、表現者としてはその実績を遥かに超える、極北の世界に到達しています。

それはむしろ競技の世界を退いたことで、競技としてのルールや得点計算に縛られることなく、自由な飛躍が可能になったからこそのもの。とりわけ町田さんを極北たらしめるのは「発想」です。決して奇抜ではなく、本質を突いているのですが、腰を落として深く真っ直ぐに本質を突いているがゆえに「わ!」となるのです。その発想はなかった「わ!」、と。

町田さんが競技者として引退してから発表してきた演目は、いずれも「わ!」を備え、じょじょにその数が「わわ!」「わわわ!」と増えてきています。僕もときどきフィギュアスケートの公演というのを観に行くのですが、町田さんの演目と出会うと最初に「?」が浮かび、次に「わ!」が浮かび、最後に「!!!」が並びます。

たとえば2017年の公演で披露されている「Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory」という演目。これはいわゆるドン・キホーテの物語のなかから、宿屋の美しい娘キトリと青年バジルとの婚姻をめぐる顛末を描いたバレエ作品を基にしたもの。

僕がこの演目を見たとき、町田さんは真っ赤な緞帳を開き、颯爽と現れました。音楽は鳴らないけれど、すでに演技は始まっています。氷の上でバレエを踊るように滑り、回る町田さん。「ほほぉ…どんどんバレエになっていく…」と見守っていると、やおら場内は暗転。

「ん?終わり?もう?」と思っていると再びライトが灯り、別の曲が始まります。そしてまた町田さんは滑り、回る。女子選手のような長いスパイラル、そしてバレエのピルエットのようなスピン。それらを演じ上げ、音楽がドーンと盛り上がり、決めポーズ。場内は暗転し、大きな拍手が起こります。

「いやー、素晴らしかった」と思っていると、緞帳の奥に引っ込んだはずの町田さんが音楽とともに再び緞帳を開けて滑り出してきます。「は?」と首をかしげる僕の前には、衣装まで着替えた町田さんの姿。「何回出てくんねん!」「出たり引っ込んだり!」「どういうことや!」と「?」を抱えていると、そこに「わ!」が遅れてやってくる。「そうか、これはひとり三部公演なんだ!」という「わ!」が。

まさにバレエのように「第一幕」「第二幕」「第三幕」をひとりで表現し、バレエ「ドン・キホーテ」を完成させる。プログラムとはひとつながりのものであるという固定観念を文字通り叩き斬ってみせた発想力。CDを鳴らして滑るだけでは決して完成しない、舞台装置とも一体となった演目は、常識という「枠」を飛び出していくものでした。すべてに気づいたあと、完全に一本取られたことに笑うしかなくなるような。

↓そのときに中継局がつけたキャッチコピーが「前代未聞の新プログラム」です!


ありそうでなかった新境地!

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その前のシーズン、僕はまた別の会場で町田さんの演技を観ていました。そこでも僕はまた「?」「わ!」「!!!」に見舞われていました。演技前、場内には町田さんの演技番を伝えるアナウンスが流れていました。しかし、リンクには人の姿はナシ。音楽は鳴るけれども、町田さんはどこにも見えず。

どういうことかと思っていると、町田さんは花道から歩いて現れ、リンクの外でご挨拶と決めポーズを始めたのです。「そこから!?」「その段階から!?」と意表を突かれる僕。しかし、驚きはまだ始まったばかり。町田さんはトランペットによるアヴェ・マリアに合わせて踊り始めますが、何とそこにはひとつのジャンプもありません。

「アイスダンスみたいなことか…?」といぶかしむ僕に、町田さんはもっと根源的なものを突きつけてきます。曲の中盤、トランペットが一際高く、長く吹き上げるのにあわせて町田さんがリンクをひと蹴りすると、風見鶏のような形で真っ直ぐに滑り始めます。

「?」となり、「長いな…」となり、やがてリンクの半分を過ぎたあたりで「わ!」となる。もしかしてこのままひと蹴りで端まで行く気か、と。スーパーアリーナの端から端まで行く気か、と。その意図に気づいた僕、そして観衆は拍手をし、やがてリンクの端に到達したときには「!!!」と歓声をあげていました。

終わったあと、今何を見せられたのかというのを言葉にしたとき「町田樹が出てきて、滑った」としか表現できなかったあの日。それで全部なのだけれど、それではまったく満たされない不思議な世界。あのトキメキは最初の一回が一番素晴らしいのだと思うと、それを現地で体感できたのはとてもイイ経験だったと思います。

↓「出てきて」「滑った」それだけなのにこんなに人を驚かせるとは!


これこそ「意表を突く」だと感じる!

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感想(0件)



町田さんの「?」「わ!」「!!!」は決して奇をてらったものではありません。より舞踏として高みを目指し、それに必要な演出やら構成やらを考えた結果、それが従来の常識とは大きく違っていたため、結果としてコチラが勝手に首を傾げたり驚いたりするという構造です。

確かに舞踏であるならば曲はいっぱいあるでしょうし、衣装も替えるでしょう。何でもかんでもジャンプしてクルクルするはずもなく、いつも舞台の真ん中に主役がいるなんてこともない。4分半ではおさまらないものも当然ある。普通だと思っていたことさえも崩して、よりよいものを求めていく発想力。これは深い思考の果てにだけ生まれるひらめきでしょう。

しかも、その表現に必要な技術・体力面の要求は現役当時に匹敵するか、ある部分では現役当時を超えるほど高くなっています。ドン・キホーテの演目は6分を超える大作ですし、舞踏を優先することでジャンプへのタイミングはよりシビアになっています。タメ、助走一切ナシでパッと跳び、すぐさまの次の踊りに入っていく。曲目ごとに表情から動きまで変わらなくては、三幕構成の意味もなくなります。

アヴェ・マリアのロングスパイラル、バレエ風に言うならアラベスクは「ひと蹴り」で「端まで」行くからこそ驚くのであって、そこに乱れがあれば表現としては台無しです。基礎の基礎がしっかりしていてこそ実になる表現。花道から出てきた理由はいまだによくわからないのですが、その謎に挑むことも含めて、お楽しみなのだろうと思います。新鮮なサプライズを提供する演者と、それを楽しむ観衆とのコミュニケーションとでもいう。

と、いう積み重なった「?」「わ!」「!!!」の歴史があったうえでの新情報。町田さんは今週末のアイスショーで新プログラムを披露するのだそうですが、そこに添えられていた解説というのが、また一段階超えていくものでして…

↓「驚愕の新ナンバー」「衝撃の新プログラム」とハードルを上げまくる町田さん新プログラムへの煽り!


大事なことなので2回言ってるwww

こんなん出づらいわwwwww

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この煽りを書いている段階で、テレビ局には何らかの情報はあるのでしょう。そして、過去を踏まえたうえで、それでもなお「衝撃」で「驚愕」であるのだと言っている。ここまでハードルが上がると、通常の珍曲・珍プロ程度では済まない何かが待っているとしか思えません。松田聖子で踊ったり、クィーンでエアギターしたりするぐらいの話なら「衝撃」や「驚愕」とは今さら言わないでしょう。

このハードルを飛び越えていくには、「氷の中に町田さんが埋まってる(眠れる森の美女/朝からずっと埋まってる/ウソでしょ!?死ぬよ!/氷を突き破って登場)」とか、「むっちゃくちゃ長い(ボレロ/全部やるの?/そりゃ必要だからあの長さなんだろうけど全部やるの?/プルシェンコもはしょってるよ?/15分くらいあるけど!?死ぬよ!/まだ動かないけど死んでない?)」でもまだ足らない気がします。

どんな予想外が繰り出されるのか、これだけ煽ったさらに斜め上というのは、本当にあるのか。

ぜひ、界隈以外の方にこそご覧いただきたい。

本物の「斜め上」というものを、もしかしたら見られるかもしれませんので。

「最後まで現れない」「全編無音」もワンチャンあると思います!