またしても音楽家の観点から興味あるノーベル賞が出ました。例によって、世界で一番早い、また世界でほかのどこにもない観点からの「ノーベル賞受賞業績解説2017」をお届けしましょう。

 今年度のノーベル医学・生理学賞は「体内時計」の分子機構を解明したジェフリー・ホール、マイケル・ロスバシュおよびマイケル・ヤングの3氏に与えられました。

 また彼らが国籍においてナニ人とかいう話はサイエンスと全く関係ないので一切触れません(苦笑)。

 この現象は今現在の私自身にとっても大変切実です。と言うのも、先週土曜日までアムステルダムにいたので・・・。

 月曜朝10時から大学の会議があり、それに間に合うように行動し、ひどい時差ぼけに悩まされている最中だからです。

 それでも、こういう原稿はタイミングが重要。素早くお届けすることにも意味があります。

 日頃、私たちは見慣れたものを不自然に感じません。夜になれば眠くなる。コーヒーなど飲んで夜更かしすれば翌日は眠たい。

 「なぜ?」「眠いから」おしまい、というのもあるでしょうし、「なぜ?」「寝不足だから。そんなつまらないこと考えてないでさっさと勉強しなさい」という親の答えもあるでしょう。

 でも、例えば眠くならない病気、不眠症にかかると、人間は著しく疲弊して、2次疾患に見舞われます。実はこの調整は本質的で重要なものだと、薄々気がつきます。

 さらに「眠くならない薬」というのがあります。「覚醒」する薬で、ときどきこういうものを使う芸能人やスポーツ選手が逮捕されたりしますね。

 あの手の薬物の中毒になると、ごく短期間に見るも無残な姿に変貌してしまうのは、犯罪予防を念頭に多くの写真などが公開されており、ご存知の方も多いと思います。

 覚醒剤の濫用は、確実に人を死に近づけてしまう。恐ろしいことです。

 「眠り」というという生命独特の現象は、地球が24時間を周期として昼と夜を繰り返すことから「既日リズム」サーカディアン・リズムと呼ばれるメカニズムの1つとして位置づけられています。

 こういう生物の体の中にある様々な時間的周期性の基本メカニズムを分子レベルから明らかにしたのが、ジェフリー・ホール氏たちの貢献です。

 生命にとって本質的、基本的な価値を持つメカニズムの解明で、まさにノーベル賞を授与して祝福するにふさわしい業績と言えるでしょう。

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キイロショウジョウバエの体内時計

 私は生物学者でもなければ、バイオの専門家でもありませんので、きちんとした解説は追って様々な雑誌に出る、優れた解説をご参考ください。

 以下では、三十数年前の物理学生時代に、ショウジョウバエを実験動物に物理学教室で研究しておられた堀田凱樹先生の講義から興味をもって調べて知った「昆虫時計」の不思議さ、その延長、音楽の基礎を改めて科学的にも考え始めた1990年代中盤に知った「時間生物学」の驚き、1999年に大学に呼ばれて以降、音楽に関係のある人間の様々なリズムの興味などから、かねて理解する範囲を少し跡づけて、簡潔に記すにとどめます。

 今から34年前の1984年、マイケル・ロスバシュ(1944-)ジェフリー・ホール(1945-)氏らの研究チームはキイロショウジョウバエの遺伝子をクローニングすることで、昆虫が体内時計を調節できることを見出しました。

 昆虫は驚くべき精巧な時計を身に帯びています。有名なのはミツバチの「8の字ダンス」でしょう。

 ミツバチは仲間に餌のありかを教えるとき、彼らの目にはっきり分かる太陽の方向から、これだけズレた角度にこれくらいの距離飛んでごら〜ん、餌があるよ〜、というダンスを踊って情報を伝達します。

 興味深いのは、夜遅くなってしまい、前日に見つけた餌の場所を翌日知らせる、というようなときにも、その時差を正確に補正して伝えることができる。

 小さな昆虫の体や脳には、驚くべき能力が宿っています。

 こうした生物の体内時計の調整能力、扱いやすい実験生物であるショウジョウバエを用いて、ロスバシュ、ホール氏らブランダイス大学のグループは分子生物学的に初めて実証することに成功しました。

 ロスバシュ氏が40歳、ホール氏が39歳、決して駆け出し研究者の仕事ではなく、入念に準備された大人の仕事と言えるでしょう。

 同じく1980年代初め、ホール氏たちより4〜5歳若いロックフェラー大学のマイケル・ヤング氏(1949-)は30代前半、気鋭の生物学者として、やはりショウジョウバエなどの実験動物に研究を進めていました。

 彼はとりわけ「眠り」に焦点を当て、睡眠と覚醒を統御する遺伝機構を系統だって解明します。

 こうしたパイオニア的な研究は、旧来は「バイオリズム」といった漠然とした概念であったものを、より精緻な生命科学へと発展させていきました。

 1998年にはパイオニアであるロスバシュ氏自身の研究グループの手で体内時計調整の突然変異メカニズムの全体像が解明され、時間生物学(chronobiology)という新しい分野が確立、莫大な新研究領域の開拓に道が開かれました。

 21世紀に入るとホール、ロスバシュ、ヤングの3人は揃って様々な科学賞を受け、今回のノーベル医学生理学賞受賞は満を持したものと見られているようです。

クロック周波数とプリンターのリズム

 生物と時間について明らかに新知見を齎してくれた本があります。本川達雄「ゾウの時間 ネズミの時間」という魅力的なタイトルの一冊で、ご存知の方が少なくないかもしれません。

 私がこの本を読んだのは1990年代前半ですが、大学に呼ばれた99年以降、科研費のテーマなどを検討する過程で、人間を含む生命の体の中の複数の時計、いわば「ポリリズム」の精妙さ、不思議さを知り、現在も面白いなぁと思っています。

 ショウジョウバエの「概日リズム」などを甘く見ることができないのは、ミツバチの「8の字ダンス」のような生命の驚異の能力からも明らかと思います。

 今、このコラムをご覧になっているであろうパーソナル・コンピューターには、その心臓部を駆動するクロック周波数という「体内時計」が時を刻んでいます。

 私が原稿を書いているこのPCから原稿をプリントアウトしようとすると、プリンターはプリンターで、インクを搭載したカーソルが左右に動くリズム、用紙を送るリズムなど、元のPCと連動しつつ、いろいろ独自のリズムをもって動作するはずです。

 これに当たる変化が生物の体にも様々に存在しています。基本となる「親時計」と、それと連動する多様な「子時計」の相関や調整など、精妙なメカニズムについては専門家の最新解説を私も読みたいと思います。

 今、私のような素人を含め、万人が知っていてもよいと思う点を2つだけ記してみます。

 第1は「眠りと覚醒」のリズムも「体内時計」ですが、実は心臓の鼓動なども「体内」にある「時計」そのものであるという事実です。これらは、しばしば見落としてしまうように思います。

 私たちの全身に血液を送る心臓は、片時も止まっては生きていけませんから、言ってみればコンスタントなリズムを刻みます。循環器の時計群と言うべきものがあるのでしょう。

 これに対して、例えば消化器はどうでしょうか?

 生物は四六時中食べてるわけではありません。また胃の運動とか腸の蠕動といった動きには、固有の速さや振動数があるはずです。

 これらは、動いたり動かなかったりする、でも一度動き始めたら、体内で正確に動いてもらう必要がある「時計」の一種と考えることができる。

 自然界の動物は、必ずしも餌をいつも摂取できるとは限りません。ときには長期にわたって飢えに耐える必要もあるでしょう。そういう場合には、いざというときに備えておく必要があるはずです。

 また逆に大変人工的な環境かもしれませんが、定期的に栄養が補給される環境であれば、体はあまり溜め込む必要がないことになるかもしれません。

 規則正しい食生活が奨励され、時間的、また内容的に偏った食生活の忌避が勧められる1つの背景に、周期的な体内時計と非周期的な体内時計の関わりがある。

 今回の受賞業績にもあるように、いまや生物の様々な体内時計は、「親時計」を温存したまま「子時計」だけ狂わせてみるとか、いろいろな実験が可能になっているそうです。

 例えば、心臓に関わる「子時計」だけを狂わすような実験をしてみると・・・。心臓が止まってしまう。心不全、つまり個体自身も死んでしまう。

 これは恐ろしいことです。たかが一臓器の時計と軽んじることなかれ。心臓には心臓のリズムがあり、それがなければ拍動は続けられません。

 同じように腎臓には腎臓、肝臓には肝臓のリズムがある。それらの関係が崩れるとときにはごく限られた部品の故障が、全身、ないし生物の命そのものに関わるケースも出てくる。

 こんな話題を、2000〜2006年頃にかけて、大学着任後になりますが、教養学部「身体運動科学」(とりわけ跡見順子研究室)と研究・教育でご一緒したときによく耳にしました。

 動物、植物を問わず生命全般が持っているメラトニンというホルモンが深く関わることを知りましたが、10年前の知識で止まっていますので、そういう話題にも触れられるようなら、専門家の進んだ解説を読みたいと思います。

 今年のノーベル医学生理学賞が私たちの健康維持にも役立つ可能性があるのは、1つの生命、例えばあなたの体、体内にある多数の臓器と、その総体としての個体の生命が長く健康である前提の1つに、互いに関わりあって動いている「体内時計のポリフォニー」を協調させる生活習慣をもつと、健康長寿の期待値が上がることでしょう。

 平凡な結論かもしれませんが、実はゲノムのレベル、分子生物学的なメカニズムから明らかにされている事実です。

 健康寿命を上げるには、これらをよく認識したうえで生活習慣を改めるのが大事です。しかし、私のように頭で分かったつもりでも、知行合一を欠くストレス食いなどに負けてしまうと、メタボリックの魔手が忍び寄ります(苦笑)。

 ともあれ、睡眠には睡眠の時計、心臓には心臓の時計、生命のポリリズムが遺伝子レベルの精妙なプログラムと、生活の偶然に即した調整によって司られているのは、何と不思議なことでしょう。

 何に役立つか、いくら儲かるとか、そういうイジマシイのはひとまずおいて置いて、まず自然の振る舞い、この場合は私たちの体そのものに宿る多様な周期性とその柔軟な可変性そのものに、柔らかな心で驚くところから、ノーベル賞を味わおうではありませんか。

 日本人が受賞できるかどうとかいう記載は一切捨てて、しばし学興の愉悦を楽しみたいと思います。

(つづく)

筆者:伊東 乾