中国・義烏市の義烏国際商貿城(福田市場)。日用雑貨の大規模な卸売市場である(出所:)


 中国で発生した大量の“在庫”を沿線国にばらまく――これもまた、中国が描く「一帯一路」戦略の狙いの1つだと言われている。

 在庫の運搬手段の1つが貨物列車である。2011年から、中国と欧州の間で貨物列車が走り始めている。蘇州発ワルシャワ行、広州発モスクワ行き、西寧発アントワープ行きなど、すでに10を超える路線が開通している。この“鉄のシルクロード”は、今年だけでも運行はすでに1000を超えている。

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飛躍的に向上した中国製品の品質

 この中で筆者が特に注目しているのは、今年、開通した浙江省・義烏(イーウー)と英国ロンドンを結ぶ国際貨物列車である。

 何しろあの義烏の商品が英国市民の生活に中に入っていくのだから、実に感慨深いものがある。

 義烏といえば、世界最大の日用雑貨の卸売市場として知られている。正式名を「中国小商品城」という。

 この卸売市場は、少し前まで「巨大なニセモノ市場」という異名があった。たとえば文房具。見かけは日本の三菱鉛筆のボールペンだが、書き味がまったく違う。ひどいときはインクで手が真っ黒になることもあった。外見はトンボ鉛筆の「MONO」そっくりなのだが、まったく消えない消しゴムも売られていた。ホチキスの針はガチャリとやった瞬間にすぐ折れた。ニチバン似のセロハンテープの接着力は言うに及ばない。

 しかし、そんな粗悪品でも需要はあった。義烏の卸売市場には、1990年代から海外のバイヤーが買いつけに来ていた。ニチバン似のセロテープははるか遠いパキスタンで消費されていた。当時、すでに義烏の卸売市場は40カ国に向けた日用品の輸出拠点でもあった。もちろん日本も輸出先に含まれていた。

 2000年代に入るといわゆる「100円ショップ」の隆盛に伴い、義烏と日本の間で密接な貿易関係が築かれていく。その過程で、日本の店舗と現地のメーカーの間に入った商社の「厳しいオーダー」によって、中国製品の品質は向上していった。

 現在、義烏製品のみならず、「メードインチャイナ」の品質はかつてとは比べ物にならない。日本の一流ブランドの洋服もタグを見れば中国製である。かつて“義烏製品”の消費市場は中国国内と新興国だけだったが、先進国にも受け入れられるようになった。そして、ついに英国に鉄道で直接商品を届ける日が到来したというわけだ。

地球規模で売りさばく中国のECサイト

 中国メーカーが海外に商品を販売する際、有力なチャネルとなるのがECサイトである。すでに欧州でも中国のショッピングサイトが立ち上がっている。アリババのサイト「Aliexpress」はポルトガル、スペイン、フランス、ドイツ、イタリアなどで展開中だ。

 アフリカにも「メードインチャイナ」を売るECサイト「キリモール」がある。キリマンジャロのキリをとって名付けたこのショッピングサイトは、現地に住む中国人商人が立ち上げたと言われている。ファッション、モバイル、家電、キッチン用品となんでも揃う。

 こうしたサイトに掲載された商品を一つひとつ見ていくと、初めてその名を目にする中国ブランドに遭遇することが多い。

 たとえば、スマートフォン。「華為」(ファーウェイ)や「小米」(シャオミ)などは日本人にも多少は馴染みのあるブランドだが、アフリカで人気なのは「DB」や「Infinix」といった、聞いたこともないブランドだ。それらは、中国で「雑牌」(雑多なブランド)に分類される小規模な国産スマホメーカーである。中国には、こうした名もない国産スマホメーカーが山のようにあるのだ。

 十分な技術力を持たない彼らが製造する商品は、中国都市部の消費者にはもはや相手にされない。やむなく、内陸部に活路を見出そうとするが、その市場も新規メーカーの出現であっという間に飽和状態になってしまう。積み上がった在庫を処分するためには国境を超えるしかないというわけだ。

中国は“ガラクタ”製造業を捨てなかった

 義烏からロンドンに国際貨物列車が走り始めて筆者が感慨深く思った理由はまだある。

 かつて2010年の上海万博を前にして、中国では「製造業を切り捨てるべきか否か」という議論が沸き起こっていた。人件費の高騰により製造業は立ち行かなくなっており、「製造業と決別するべきだ」という意見もあった。

 しかし、中国は製造業を捨てなかった。

 中国の雑貨業界は吹けば飛ぶような零細企業が多いが、従事する人はいまなお多い。それは、義烏の卸売市場を見ても明らかである。90年代後半、市場の規模は営業ブース2万3000店、取扱品目は10万種類、営業面積は34万平米だった。それが今や、営業ブースは7万5000店、取扱品目は180万種類、営業面積は550万平米という巨大な市場に成長した。

 彼らが製造しているものは、ちっぽけな商品に過ぎない。ものによっては“ガラクタ”同然のものもある。ちなみに今年ロンドンに運ばれた貨物の大半が靴下だったという。

 だが、中国は“ガラクタ製造業”と決別しなかった。それどころか、わざわざ道を切り拓いて世界の消費市場と結び付けようとしている。

 こうした中国の長期戦略には舌を巻かざるをえない。筆者が義烏を訪れた2000年、卸売市場に掲げられたスローガンは「義烏を世界市場に向かわせよう」というものだった。義烏はそれを実現した。

「義烏を世界市場に向かわせよう」と書かれた2000年当時のスローガン


 翻って日本はどうか。日本ももう少し長期的な展望で製造業の活路を考えることはできなかったものか、と悔しい気持ちにもなる。

筆者:姫田 小夏