間もなく総選挙が始まるが、今度の選挙はどの政党も誤算続きに思えてならない。安倍晋三首相、小池百合子氏、前原誠司氏、志位和夫氏等々、それぞれが読み違い、誤算を重ねてきたのではないか。

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最初は誤算から始まった解散総選挙だったが・・・

 安倍首相が解散の決意をしたのは、間違いなく、今やれば勝てると考えたからであろう。負ける確率が高いときに、自ら解散を仕掛けるはずがない。

 安倍首相は、今回の解散を「国難突破解散」だと述べた。確かに高まる北朝鮮の脅威や少子化の進展や非正規雇用の拡大は、国難ではある。だがこの問題を巡って、国民の間に深刻な対立があるわけではない。森友、加計問題で一時、支持率は急落したが、内閣改造以降、支持率は盛り返している。解散で信を問わなければならない状況ではない。

 そこで安倍首相が持ち出してきたのが、再来年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられる際、5分の1は社会保障に、残りは借金返済に充てられることになっていたが、教育の無償化など子育て世代への投資にも使いたい。このことについて、国民の信を問いたいというのだ。前回の解散総選挙でも、消費税増税の延期について、国民に是か非か問いたいということを最大の理由にあげた。

 よくよく消費税を解散に利用する首相である。だがこんなものは選挙の争点にならない。現に前回選挙でも争点にならなかった。誰でも増税など嫌だからだ。今回もそうだ。子育て・教育に回すことに誰が反対するのか。民進党も同じ主張をしていた。反対するのは、財務省ぐらいのものだ。

 こんな理由は、後付けにすぎない。要は勝てるかどうかが、最大の判断基準なのである。民進党からは離党者が相次ぎ、小池氏の意を受けた若狭勝氏、細野豪志氏らの新党作りももたついている。このチャンスを逃すなというのが、解散決断の最大の理由であろう。

 ところが空気が一変した。小池都知事が、若狭氏や細野氏らのモタモタした新党作りに業を煮やし、自らが党首となって「希望の党」なる新党の結党宣言を行い、メディアの大注目を集めたからだ。「解散時期を誤った」という意見が自民党内からも出始め、政治評論家からも同様の指摘が多くなされることになった。

 だが、またまた空気が一変しつつある。民進党を離党した候補らの公認を巡って希望の党のごたごたが頻発し、新党の魅力が一気に失せ始めているからだ。

 本来なら自民党にとっての一番の脅威は、小池氏が都知事を辞任し、衆院選に立候補して、希望の党を文字通り先頭に立って引っ張ることであったはずだ。ところが菅義偉官房長官などは、「小池さんは(衆院選に)出ないとか言っているが、私は出てくるんじゃないかなと思っている。堂々と宣言して、真正面から政策論争をやることは極めていいことだ」(9月29日)と語り、むしろ小池氏出馬を促している。世論調査で知事辞任、衆院への転身への批判の声が圧倒的多数を占めていることを踏んでの発言だろう。誤算が、誤算ではなくなりつつあるということだろう。

何をしたいのか分からない希望の党と小池氏

 小池氏が都知事に当選した際、「小池氏の本当の狙いは総理の座だ」と解説する政治評論家がいた。私はそれを聞いた時、そこまでの野心があるのか、と疑問を持った。だが私の見方は甘かった。都知事になることは、そのための踏み台に過ぎなかったのだ。

 都知事選、都議選と二度にわたる成功体験が、この野心を表に出すことにつながったのだろう。だが果たして三度成功するのだろうか。

 都知事選挙は、舛添要一前知事の公私混同などへの批判が高まり、同時にその舛添氏とつるんできた自民党東京都連や自民党都議団に、都民の批判が高まっていた。非常に分りやすい対決構図が出来上がっていたのだ。これが小池氏の成功につながった。

 だが今回はまったく違う。最新の共同通信の世論調査では、安倍内閣への支持、不支持は再び逆転し、支持が40.6%、不支持が46.2%となっている。恐らく解散したことへの批判が強いからだろう。だが自民党政治への批判が高まっているということではない。こうした状況でいったい何とどう戦うのかまったく不明である。党綱領も策定されたが、1〜2分もあれば読み切れる程度の作文で、原発ゼロにも、憲法改正にも言及しないシロモノで、これを読んでも何も分らない。つまり何をしたい政党なのか、一番大事なことが何も分らないのが「希望の党」なのだ。

 この綱領を読んで想起するのは、民主党や民進党だ。やはり、短い、短い党綱領だった。綱領というのは、政党にとって大事なものだ。だが希望の党の綱領は、一応政党だからというので、アリバイ作りのように作成されたようなものだ。そもそも集団的な議論を踏まえたものでもない。こういう政党がたどる道は、泡沫のようにすぐに消え去るというのが一般的である。

 小池氏が国政で本気で何かをしたいのであれば、小池氏自身が立候補すべきだ。だがどうやら立候補はなさそうだ。側近の若狭氏が1日のNHK番組で、今回の衆院選での政権獲得は厳しいとの認識を表明し、このため、代表である小池氏の出馬の可能性は低いとの見方を示しているからだ。

 民進党離党組への選別作業が行われているが、そもそも合流への批判も根強いものがある。その批判は、恐らく小池氏の想定以上であろう。これは誤算のはずだ。

 知事選挙の時には、小池待望論があったが、今度はない。むしろやり過ぎへの批判も強まっている。実際、小池氏のやり方を見ているとげんなりしてくる。政治をもてあそんでいるとしか言いようがない。

リベラル派の新党立ち上げと共産党

 首相経験者や岡田克也氏、枝野幸男氏、辻元清美氏らは、希望の党の公認リストから外されたため、リベラル派の新党を立ち上げることが確実になっている。無所属では比例復活が不可能なので当然の動きである。

 というより自らの信念(持っているのならばだが)を投げ捨ててまで、希望の党に行こうとすることこそが問題なのだ。希望の党から捨てられる前に、堂々と新党を作るぐらいの気概を持てと言いたい。

 これに一番喜んでいるのは共産党だろう。これまでのままなら、共産党が野党共闘をする相手は社民党しかいなかった。だが、現在の社民党と組んでも、野党共闘の選挙区も少なく、しかも効果もきわめて小さなものでしかなく、野党共闘と呼ぶのも恥ずかしいぐらいのものでしかないからだ。

 そこにリベラル派の新党が誕生すれば、お互いに持ちつ持たれつの関係が構築でき、野党共闘の規模も大きなものになる。この間、1月の党大会でも、7月の党創立95周年記念講演会でも、「共産党排除の壁は崩れた」「野党と市民の共闘の時代」などと自慢してきたのが、一気に崩れそうになっていた。大誤算だ。これがなんとか持ちこたえられそうになってきたのだから、必死にリベラル新党との共闘を目指すことだろう。

 共産党は今、「政界は、一寸先は闇」を実感しているはずである。1月の党大会では、小沢一郎自由党共同代表が出席して祝辞を述べたことから、志位委員長は「小沢さんが来てくれたから、今度の党大会は100点満点だ」と言い、小池晃書記局長は「200点です」とまで言っていた。小沢氏の祝辞を聞いたベテラン党員が、涙を流して感動したということも「しんぶん赤旗」で報じられてきた。

 その小沢氏は、共産党を置いてきぼりにして、希望の党と協力に精を出している。「野党と市民の共闘」などと浮かれている場合ではないのだ。

 それにしても、自分の生き残りや自分の野心しか考えない政治家の右往左往ぶりを見ていると、正直、げんなりしてくる。だが政治をあきらめるわけにはいかない。程度の低い政治の下で、国民も苦労させられる。

筆者:筆坂 秀世