イタリアの鉄道絶景として有名だったチェルヴォ村の脇を通過する列車。新線切り替えでこの区間は廃線となり、二度とここを列車が通ることはない(2010年・筆者撮影)

鉄道で旅して見掛ける美しい風景の多くは、山や海など、大自然の中を抜けていく路線に点在している。

それは裏を返せば、厳しい自然環境の中で地形に沿って建設され、時には自然災害と対峙しながら運行されている路線でもある。当然ながらスピードアップとは無縁の路線が多いが、中には重要な幹線と位置づけられながら、これまで思うような線形改良ができず、放置されてきた路線も多かった。

厳しい地形を技術で克服

しかし近年は技術的な進歩、とりわけトンネル掘削技術の向上により、これまで不可能とされてきた厳しい地形や山脈を長大トンネルで貫くことが可能となった。

欧州では、環境負荷低減のためにモーダルシフト(環境負荷の大きい自動車や航空機による旅客・貨物輸送を鉄道など環境負荷の小さい輸送手段へ転換させること)を推進しており、その観点からも鉄道インフラの整備は欧州全体で喫緊の課題となっている。

中でも、欧州の中心部に連なるアルプス山脈は、鉄道輸送にとって大きな足かせとなっており、ここを通過する複数の主要幹線に長大トンネルを建設することが計画された。

これが、スイスを南北に結ぶ2つの路線に建設された、レッチュベルクベーストンネル(2007年12月営業開始・全長34.75辧砲肇乾奪織襯疋戞璽好肇鵐優襦2016年12月営業開始・全長57.09辧砲澄N哨肇鵐優襪蓮∨棉瑤離疋ぅ弔筌ランダなどとイタリアを結ぶ重要な幹線上にあり、完成によって大幅な時間短縮と輸送力増強が実現した。


ゴッタルド峠の名物、3重ループを2段目から撮影。下に見えるのが最下段の線路で、上は高速道路。ループ線からの眺めは息をのむ迫力だが、旧線に位置するため、現在はローカル列車に乗らなければ拝めない(筆者撮影)

しかし一方で、この2つのルート上には、スイス政府観光局も宣伝に力を入れていた景勝路線が含まれていた。右へ左へとカーブを抜け、山間を進んでいく旧線の美しくも迫力ある風景は、ここを旅する人たちの目をつねに楽しませてくれた。観光産業の比重が高いスイスにとって、トンネル建設と引き換えにこのルートを廃止することは大きな損失になるし、点在する小村の交通インフラを奪うことにもなる。

そこで、この2路線では既存のルートも残し、貨物列車や都市間を結ぶ特急列車は新しいトンネル経由とする一方、それとは別に旧線を経由するローカル列車も運行させることとなった。旧線を経由する一部の列車には、夏季のバカンスシーズンに眺めのいいパノラマ客車を連結し、観光ルートとしても売り出している。

だが、それだけのためにコストをかけて旧線を維持しているわけではない。トンネルの完成後も、輸送量が決して大きくはない旧線をわざわざ残しているのは、万が一トンネル内で事故が発生した場合を想定した代替ルート確保の意味合いもある。

あっさり旧線を放棄した例も

一方で、潔く景勝ルートを放棄してしまった例もある。イタリア最大の重工業港湾都市ジェノヴァと、フランスとの国境であるヴェンティミリアを結ぶ147劼離襦璽箸澄

地中海沿いを走るこの路線は、欧州大陸の鉄道網の中でも重要な幹線の1つと位置づけられており、これまでも細かい路線の改良が行われてきた。しかし、この区間は海岸線に沿った形で線路が敷かれており、路線のちょうど中間あたりは単線区間が占めるという悪条件となっていた。

さらに、急峻な地形ゆえに自然災害に見舞われることも多く、地滑りによる事故や運休などもしばしば発生した。輸送力の増強には線形改良と複線化が必須で、国境からフランス寄りは複線化および線形改良が済んでいることからも、改善は急務とされてきた。

イタリア政府とイタリア鉄道によれば、同区間のすべての線形が改良され、複線化された場合、リグーリア地方における旅客・貨物輸送の市場シェア拡大と、それに伴う周辺地域の経済効果は約8億ユーロにも及ぶと試算している。

とりわけ貨物輸送に関して、イタリア―フランス両国間を結ぶルートは山間部のモンスニ峠経由が大半を占めており、フランスの地中海に面した各都市やスペイン方面への列車は、山側を大きく迂回する必要があったことから、海沿いのルート改良がもたらす速達効果は計り知れない。

そこで、イタリア鉄道のインフラ部門であるRFI社は、カーブの少ないトンネルによって一気にショートカットできる新線を建設し、既存の路線を放棄することを決定。まず音楽祭で有名なサンレモ周辺の地下・複線化を2001年に完了、その後ジェノヴァ方面へトンネルの建設を進め、前述のゴッタルドベーストンネルと同じ2016年12月の冬ダイヤ改正で、アンドーラまでの区間が新線へ切り替わった。

新線区間の最高速度は、旅客列車で時速200km、貨物列車も時速100km以上とされており、旧線時代はともに時速80〜90km程度だったことを考えれば、新幹線開業ほどのインパクトはないまでも、格段に進歩したことがわかる。

その陰で、二度と列車が通過することがなくなった旧線は、線路が撤去されて、一部は歩行者・自転車専用道などへ転用される計画だ。この旧線にあったいくつかの駅は廃止され、数辧曾戎劼睥イ譴浸慨屬鳳悗集約され設置されている。旧線沿線にある村や町の住民は、列車を利用しようと思ったら、車などを使ってこれらの駅まで行かなければならなくなった。都市間移動者にとっては利便性が向上したが、地域住民にとっては不便になった感は否めない。

失われた絶景スポット

また、旅好きの人たちにとってことのほか残念なのは、美しい車窓風景が失われてしまったことである。このジェノヴァ―ヴェンティミリア間の路線は、有名なヨーロッパ鉄道時刻表(旧トーマスクック時刻表)の編集部がお勧めする景勝路線に指定されるほど、実に風光明媚な路線として知られていた。


イタリアの地中海沿いルートで、路線付け替えのため廃線となった旧線跡。線路やトンネルなどは一部が歩行者・自転車専用道などに整備されたが、そのまま朽ち果てている場所も多い(筆者撮影)

それが2001年の最初の線形改良で、サンレモ付近はトンネルのある新線へ移設、旧サンレモ駅周辺の有名な撮影地であった、線路と並行に植えられたヤシの並木を拝むことができなくなってしまった。

そして2016年12月、2回目の線形改良が行われた結果、これまたイタリアの鉄道写真では最も有名な場所として名高い、チェルヴォ周辺の風景が失われた。

チェルヴォの村は、旧線に寄り添うような形の小高い丘の上に、びっしりと石造りの家々が立ち並び、その中央には空へ真っすぐ伸びる鐘楼が特徴の教会が立つ。まさに幻想的という言葉がしっくりくる、非常に美しい景色の場所なのだが、今やこの風景を列車と共に拝むことはかなわず、山側に完成した長大なトンネルの中を列車はひたすら猛スピードで通過していく。


スイス・レッチュベルク鉄道の旧線、有名なホーテン付近の大アーチ橋を行くローカル列車。トンネル開通で特急列車の所要時間は大幅に短縮されたが、その車内からこの風景を拝むことはもうできない(筆者撮影)

日本における似たような事例としては、京都府の嵯峨野観光鉄道が挙げられる。同鉄道は、線形改良のために廃線となった山陰本線旧線を活用し、保津峡に沿った形で運行されているもので、線路そのものはJR西日本が所有し、嵯峨野観光鉄道が列車を営業している。

前述したスイスの事例と大きく異なるのは、嵯峨野観光鉄道は純粋な観光鉄道として運行されている点で、JR西日本が線路を保有しているものの、本線の代替ルートとして存在しているわけではなく、同路線を経由して直通運転ができるわけではない。

一度廃止すると復活は大変だ

こうした点は、同じようにトンネルの開業で廃止された旧フルカ鉄道(氷河急行で知られる現マッターホルン・ゴッタルド鉄道)のオーバーヴァルト―レアルプ間に復活した、フルカ蒸気鉄道と似た境遇だ。

両鉄道に共通して言えることは、いったん廃線となった路線を復活させることは、相当な労力を要するという点だ。1989年に新線に切り替えられた山陰本線旧線は、観光鉄道として正式に復旧すると決定し、1991年に開業するまで、その準備に相当な苦労があったと聞く。フルカ鉄道に至っては、1981年に路線が廃止され、その後1992年にレアルプ―ティーフェンバッハ間が部分開業してから、オーバーヴァルトまでの全区間が復旧する2010年まで、実に18年の年月を費やすことになった。

不要となったものをばっさり切り捨てることは簡単だが、それをやはり必要だからと復旧するためには、相当な覚悟と労力が必要になるという点を忘れてはならない。覆水盆に返らず、スピードアップと引き換えに失われていく風景は、復旧に携わる関係者の多大なる努力がなければ、二度と戻ってくることはない。