「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

ふさわしい人」を探して迷走する中、亜希に一目惚れしたというメガバンク勤務の宮田賢治とデートをするも、些細なことで幻滅してしまう。

だが、宮田賢治に彼女ができたことを聞かされ、偶然にも二人が仲睦まじく歩く姿を目撃してショックを受ける。




素敵な女性の隣にいた、彼


-はぁぁぁ...。

また深く長いため息を吐いて、亜希はリビングテーブルに突っ伏した。

今日は自宅で、月末に予定しているL.A出張の下調べをしているのだが、まったくもって身が入らない。

少しでも油断すると、あの光景が脳裏に蘇ってくるのだ。

華奢で可憐な美女の横に賢治の姿を捉えたとき、亜希は咄嗟に下を向き、逃げるように踵を返してしまった。隠れる必要なんか、なかったのに。

賢治のことなど別になんとも思っていないのだから、余裕の笑顔で声をかけてやればよかったのだ。

しかしそれができなかったのは、彼の隣に佇む彼女が綺麗だったからだ。美人に弱いのは、男だけじゃない。女だって、美しい女性を目の前にすると怯んでしまうもの。

そして、本当に愚かだとは思うのだが、賢治が美女を連れている光景を目の当たりにした途端、亜希の中で、これまで眼中になかったはずの男の株が急騰したことを認めざるを得ない。

賢治は、素敵な女性に選ばれた男-。

そんなフィルターを通して記憶を呼び起こしてみると、今度は彼の良いところばかりが見えてくる。

実際、賢治は爽やかで好感の持てる男だった。(語学ができないことに、目を瞑れば)

...男を見る目に自信を失っている女は、他者の評価にいとも簡単に左右されてしまうのである。


宮田賢治のことが気になり始める亜希。すると、久しぶりに彼から連絡が?!


3年彼女のいない男には、何かある?!


「あー、わかる。わかりすぎるよ亜希!」

『十番右京 恵比寿店』のカウンター席で、亜希の話をひとしきり聞いたエミが、大げさに頷いてくれた。

元気のない亜希を気遣い、たまにはゆっくり食事でもしようと言って今年7月にオープンしたばかりのここをエミが予約してくれていた。

エミは、本当に優しい。しかもスタイル抜群の美人。

未来のない男に20代の貴重な時間を費やしてさえいなければ、絶対に素晴らしい男性と巡り合い、今ごろ幸せな家庭を築いていたに違いない。

「既に誰かに選ばれてるっていう安心感が、ね。...だからって、妻子持ちを選んだのは大間違いなんだけど」

そんなことを言って自虐的に笑うエミに、亜希は苦笑いを返す。

妻子持ちだった元カレは最近離婚したらしいが、その後エミがどうしたのかは知らぬままだ。

「でもさ、実際、俺3年彼女いなくてー、とか言われると引いちゃうんだよね。絶対何か欠陥があるんだ、と思っちゃう」

話題を戻して勢いよくそう言った後で、亜希はある事実に思い至り言葉を飲み込んだ。

「...やばい、そう言う私こそもう5年もまともに彼氏いなかったわ...」

救いようのない事実に、亜希は思わずエミと顔を見合わせる。

そして、ふたり揃って爆笑した。

涙が出るほど笑った、その後だった。

LINEの着信音が聞こえて、亜希は傍に置いたスマホに手を伸ばす。トークルームに表示された名前を一瞥した瞬間、胸がどきんと高鳴って思わず息を飲んだ。

「ねぇ!ちょっと待って。...宮田賢治からだわ」

はやる気持ちを抑えるようにして、メッセージを確認する。

-亜希ちゃん、週末は空いてる?食事でもどうかなと思って。

???

並ぶ文字列を、亜希はにわかに咀嚼できなかった。これは一体、どういう意味...?

賢治はあの可憐な美女と、付き合いを始めたばかりのはずだ。

六本木ヒルズで偶然ふたりを目撃した時、亜希は咄嗟に下を向いてその場を離れた。つまり、賢治は亜希の存在に気づかなかった。

まさか、彼女がいるのにも関わらず、素知らぬふりで亜希を食事に誘ってきたのだろうか。あの、賢治が?

東京にそういった男が数多く存在することはよく知っているが、彼はそういう種類の男には見えなかったのに。

「ああ嫌だ...男性不信になりそう」

スマホを投げ置き、ため息交じりにそう言いながら、一方で亜希は、賢治への好奇心がむくむくと湧き上がってくるのを感じた。

彼女がいるのに他の女を誘う男は、もちろん好きじゃない。

しかし、ただ穏やかで誠実で“いい人”という印象しかなかった賢治よりも断然、興味をそそられる自分がいるのだ。


賢治が気になってくる亜希。そして、二度目のデートへ!


不覚にも、高鳴る胸


「...ふーん」

亜希の表情を覗き込んだエミが、心の内を見透かしたように意味深に笑っている。

-誘われてるんだし、会ったっていいよね。

冷静に考えれば、美人の彼女と付き合い始めたばかりの男と再会したって、不毛でしかない。

しかし、人が誰かに心惹かれるきっかけなんて、良くも悪くも論理や正義とは対極のところにあるものだ。




土曜日の19時。

賢治に指定された『フロリレージュ』。

落ちた照明の下、コの字に誂えられたカウンターから振り返って笑う年下の彼に、亜希は不覚にも胸が高鳴った。

『フロリレージュ』は亜希が前から来てみたかった店で、彼から店の連絡を受けたときから今夜が楽しみで仕方なかった。

「亜希さん、仕事忙しそうだったから誘いづらかったんだけど...会えて良かった」

瞳をまっすぐに見つめてくる賢治に、亜希の方がどぎまぎしてしまう。

彼は笑うと目尻が下がり、とても優しい表情になる。その温かさがとても心地よいことに、前に会ったときは気づかなかった。

-私も、会いたかった。

そう言って艶やかに微笑み返したいのに、口から出てきたのは結局、強がりだった。

「今日はたまたま、ね。時間があったから...」

-こんなとき、あの彼女なら、もっと素直に可愛げのあるセリフを言えるんだろうな...。

柔らかく揺れるプリーツスカートがとっても似合っていた、賢治の彼女。その可憐な姿を思い出し、亜希の胸はズキリと痛んだ。

「じゃあ、亜希さんとの二度目のデートに。乾杯」

そんなことを言って、賢治はスパークリングのグラスを合わせる。やはり彼は、亜希が何も知らないと思っているのだ。

「バリバリ仕事してる女性っていいですよね、輝いてて。それに亜希さんは、本当にいつも綺麗にしているし...僕なんかは、相手にしてもらえないかな」

「いや、そんなこと...」

-一体、どういうつもりなのかしら...

彼女がいることを完全に秘し、あからさまに好意を表明する賢治の思惑が、理解できない。

我慢ができなくなった亜希は、黙っているべきだと思いつつも口が動いてしまった。

「ねぇ、賢治くんて彼女いるんでしょ?」

亜希の言葉に、彼は何のことかわからないといった表情を見せる。

「マミちゃんに聞いたのよ。それに、この間六本木ヒルズで彼女といるところ、私、偶然見かけたもの」

畳み掛けるように続ける亜希。

亜希に怒る権利などないのに、予想外に責めたような強い口調になってしまって後悔するが、もう遅い。

しかし彼はいたって冷静な声色で、こう言うのだった。

「...違うんだ、あれは彼女じゃないよ」

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「あれは彼女じゃない」賢治の言葉を、亜希は信じる?