川崎フロンターレのDF車屋紳太郎。10月の親善試合に向けた日本代表メンバーに名を連ねた【写真:Getty Images】

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左足から放たれた丁寧で緩やかなクロス

 日本代表に初選出されたDF車屋紳太郎(川崎フロンターレ)が、新たな武器を身につけつつある。セレッソ大阪をホームの等々力陸上競技場に迎えた9月30日の明治安田生命J1リーグ第28節で、コントロールを重視した低速クロスで後半7分のDFエウシーニョのゴールの起点になった。大黒柱のMF中村憲剛も絶賛する身体能力の高さに、稀有な左利きの左サイドバックだからこそ放てる技ありのクロスを融合させて、ハリルジャパンへの定着をかけた戦いに挑む。(取材・文:藤江直人)

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 ゆっくりとしたインスイングから、利き足である左足のインサイドでボールの芯を軽く蹴った。緩やかなカーブ回転がかかった山なりのクロスが、セレッソ大阪ゴール前へと落ちていく。

 ターゲットはニアサイドで存在感を放つ187センチの長身センターバック、マテイ・ヨニッチの後方に広がるスペース。あうんの呼吸で、キャプテンのFW小林悠が勢いよく飛び込んでくる。

 ホームの等々力陸上競技場で9月30日に行われた明治安田生命J1リーグ第28節。日本代表に初招集された川崎フロンターレの左サイドバック、車屋紳太郎が新たな武器を発動させた。

「ちょっとフワッと置く感じで、勝負のボールでした。(小林)悠君からもああいうボールをよく要求されているので。右サイドからサイドチェンジのパスが来て、こっちがかなり空いていたのでほぼフリーだった。いいボールを上げられたのかな、と思っています」

 2点のリードで迎えた後半7分だった。右サイドにおける細かいパス交換から一転して、MF中村憲剛が大きなスペースが広がっていたペナルティーエリアの左側へ絶妙のパスを通した。

 ワンバウンドしたボールを胸でトラップした車屋が、落ち着いて左足でボールを整えて顔を上げる。慌てて距離を詰めてきたセレッソの右サイドバック、松田陸が視界に入ってもまったく動じない。

 利き足であり、なおかつゆっくりとスイングするから正確無比なコントロールをつけられる。速いクロスを予測していたのか。もう一人のセンターバック、山下達也の反応も微妙に遅れてしまう。

 完璧なタイミングで宙を舞う小林との空中戦は山下に軍配が上がるが、体勢を崩していたゆえに大きく弾き返せない。右サイドに転がったボールを、DFエウシーニョが豪快にゴールへ蹴り込んだ。

 セレッソの戦意をさらに喪失させる3点目を導いた、車屋をして「ボールを置く感じで蹴った」と言わしめたコントロール重視の低速クロスは、鬼木達監督が課す練習のもとで磨かれたものだった。

「監督が時々クロスのメニューを入れてくれるんですけど、そのなかで速いボールを蹴るだけではなく、緩いボールも蹴るトレーニングをさせてくれるので。そこは使い分けられるようになってきているのかな、と思っています」

サイドバック転向後3年目。風間監督によるコンバート

 後半28分にも同じく走り込んでくる小林を狙った、緩やかな放物線をペナルティーエリアの左側から放った。左利きの左サイドバックだからこそ供給できるクロスに、大きな自信を宿らせつつある。

「相手のセンターバックは大きい方なので、味方が勢いよく飛び込んでこられるようなボールを意識しました。相手の形などを見ながら蹴っているので、たとえば小さな選手だったらアーリークロスか、速いクロスを入れるようにはしています」

 けが人が続出し、序盤戦では一時的に野戦病院と化した今シーズンのフロンターレで、フィールドプレーヤーではフルタイム出場のDF谷口彰悟とともに、全28試合で先発出場を続けている。

 ルーキーイヤーの2015シーズンから左サイドで放ってきた存在感を、フロンターレにとってますます欠かせないものにしている今シーズン。サイドバックに転向して、実は3年目でもある。

 熊本県の強豪、県立大津高校では攻撃的なポジションで全国高校選手権の優秀選手に選出され、筑波大学では風間八宏監督(現名古屋グランパス監督)のもとでセンターバックにコンバートされた。

 そして、4年生になった直後の2014年4月に早々と卒業後の加入を内定させたフロンターレで、再び指導を受けることになった風間前監督から左サイドバックという新たなポジションを与えられた。

「もともと高校までは攻撃的なポジションでプレーしていましたし、大学からはセンターバックになりましたけど、そのなかでも攻撃参加はけっこう得意なほうだったので。それを見ていたこともあって、風間さんはサイドバックというポジションをやらせてくれたと思っています。

 もちろん最初は難しさを感じましたし、ずっと専門に左サイドバックをやってきた選手たちに比べたら経験もやっぱり経験も少なかったと思います。でも、3年間しっかりとプレーすれば、サイドバックとしての形が見えてくるんじゃないかと思って頑張ってきました」

「アイツにとってはすごく大きなチャンスだと思う」(中村憲剛)

 加入時から間近でともにプレーしてきたフロンターレの大黒柱、36歳の中村は178センチ、73キロの体に秘められた車屋のポテンシャルを認めつつも、「まだまだ」という言葉を常に残してきた。

 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督から「機会を与えるのに値する内容を見せている」と高い評価を受け、日本代表に初めて招集されたいまも「ちょっと毛が生えたくらいかな」と苦笑いする。

「本人がおそらく一番わかっていると思うので。でも、経験を積んできていることは確かだし、左利きの左サイドバックはいまの日本代表にいないから、アイツにとってはすごく大きなチャンスだと思う。ポジショニングやいつプレスにいくのか、というタイミングは代表で覚えてきてほしい。

 ウチでもかなり詰め込まれて、絞られているところでもあるんだけど、それでも身体能力で何とかしようとするところがあるからね。まだ若いからいいけど、ここからさらに日本代表での経験とかがついてくれば、ポジショニングなんかもまた変わってくると思っているので」

 ハリルホジッチ監督の初陣となった2015年3月のチュニジアおよびウズベキスタン両代表との国際親善試合。31人のメンバーが招集された一方で、車屋もバックアップメンバーに名前を連ねていた。

 就任会見から間もない3月18日。当初は視察予定になかったヤマザキナビスコカップのグループリーグ、フロンターレ対グランパスへ急きょ足を運び、一夜明けたメンバー発表に臨んだ。

 等々力陸上競技場のピッチで後半の数分間しかプレーしていなかった、当時フロンターレ所属のFW杉本健勇(現セレッソ)に一目惚れし、以来、追跡してきたのはいまでは有名な話だ。

 少しでもポテンシャルを感じさせる選手がいれば、ラージリストに加える。最終的には100人に達した、ワールドカップ・アジア最終予選の予備登録メンバーのなかには車屋も含まれていた。

「私は左利きの左サイドバックを探していた」(ハリルホジッチ監督)

 杉本を見出したヤマザキナビスコカップで、車屋は左サイドバックとして先発フル出場していた。その後の日本代表候補合宿にも招集している25歳を、ハリルホジッチ監督はこう位置づけている。

「私は左利きの左サイドバックを探していた。サイドバックは攻撃でも守備でも大きな役割を担うポジションだ。攻撃も守備もどこまでのレベルでできるかを見たい。左利きの少ないいまの日本代表において、彼にもチャンスをつかんでもらいたいと思っている」

 初采配をふるったチュニジア戦で藤春廣輝(ガンバ大阪)を先発フル出場させたハリルホジッチ監督は、続くウズベキスタン戦の後半開始とともに太田宏介(FC東京)をピッチに送り出している。

 太田はシンガポール代表とのワールドカップ・アジア2次予選初戦でも先発フル出場している。指揮官が就任当初から左利きの左サイドバックを探していた証でもあるが、ともに定着しなかった。

 時間の経過とともに長友佑都(インテル・ミラノ)を主軸として、酒井高徳(ハンブルガーSV)と本来はセンターバックの槙野智章(浦和レッズ)がバックアップを務めてきた。全員が右利きだ。

 そして、約2年半の歳月をへて、車屋にチャンスがめぐってきた。最終的に5‐1で大勝したセレッソ戦ではチーム2位の走行距離11.270キロを記録するなど、運動量の多さも評価されている。

「ただ、フロンターレでは走っているほうかもしれないけど、他のチームの選手に比べたら全然走っていないと思うので。代表ではもっとタフに戦わないといけないし、アップダウンを繰り返すことも大事だし、球際ももっと激しくいかなきゃいけないと思っています」

タフネスさと器用さが同居。異色のサイドバックの挑戦

 代表候補が続いたことで、このままズルズルいくのかと車屋本人は心のどこかで思っていたという。それだけに「正直、驚いているのが一番ですけど」と初々しい笑顔を浮かべてもいた。

 ただ、代表入りというチャンスを得た以上は遠慮しているわけにもいかない。初めて間近で接する長友から「いろいろなことを聞けたら」と貪欲な一面をのぞかせる車屋へ、中村も笑顔でエールを送る。

「身体能力が高い分、考えないでボールを取れちゃうというか、そういうところに逃げがちになってしまうので。それはそれですごいことなんですけど、やっぱり世界を相手に戦うときには、それだけではダメだと思うので。今回はぜひ試合に出てほしいよね。

 日本代表という箱のなかで、ああいう選手たちと一緒にプレーするのはすごくいい経験になるから。これで帰ってきて、どのように変わっているのか。個人的にはめちゃくちゃ楽しみにしている。コミュニケーションがちょっと心配ですけど、ボールで会話してこいと言いました」

 左サイドバックに転向してまだ3年目。成長の余地を十分に残しているところへ、今シーズンはコントロールを重視した、左利きの左サイドバックにしか放てない独特の低速クロスも身につけつつある。

 10日のハイチ代表戦まで同じ時間を共有していくなかで、たとえば大迫勇也(ケルン)や杉本、武藤嘉紀(マインツ)とのホットラインを開通させれば、未来へとつながる道の視界は一気に良好になる。

「練習の成果次第だし、練習でしっかりできれば試合にも出られると思うので。代表に入れたことでそこも狙える位置にいると思うので、このチャンスを大切にしていきたい」

 そことは、言うまでもなく来年6月14日に開幕するワールドカップ・ロシア大会のピッチに立つこと。タフネスさと器用さを同居させる、異色の左サイドバックの挑戦が幕を開けた。

(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人