中国の渋滞風景(「Wikipedia」より)

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 地球温暖化や都市部での大気汚染などの環境問題が大きくクローズアップされるなか、電気自動車(EV)が環境対応車の本命として浮上してきた。EVの普及は、自動車産業の構造を根底から崩す可能性があるといわれており、自動車業界のトップに君臨してきた日米欧の大手自動車メーカーも対策を急ぐ。

「EVを制するものは、世界を制する」――。

 自動車産業の覇権争いを左右するきっかけになり得るEVをめぐって各国政府、世界の自動車メーカーの思惑が交錯、EV狂奏曲が演じられている。

●EVの普及が本格化

 ドイツで9月12日に開幕したフランクフルト国際自動車ショーは、フォルクスワーゲン(VW)、ダイムラー、BMWなどの欧州勢に加え、ホンダなどもEVを出展の目玉に据え、「EVショー」の様相を呈した。EVの出展だけではない。プレスカンファレンスでは、自動車各社がEVのラインアップを拡充する計画を相次いで公表、EVの普及が本格化することを印象づけた。

 VWは2030年までにEV関連に200億ユーロ(約2兆6000億円)以上を投資し、25年までにアウディなども含めたグループ合計でEVを50モデル以上投入する。これまで30モデルとしていた計画を上乗せしたもので、EVに経営資源を重点的に配分、EVの年間販売を300万台にまで増やす計画だ。ダイムラーは22年までにEVを10車種投入する計画のほか、すべてのモデルに電動車両を設定すると表明した。すでにEV「i」シリーズを展開しているBMWはミニのEVコンセプトカーを公開するとともに、25年までにEVを12車種投入、品揃えを充実させる計画だ。

 ドイツ勢の3社がEVに重点を置くのは、VWのディーゼル車の不正問題がきっかけだ。ドイツの3社はそれまで、二酸化炭素排出量の少ないクリーンディーゼル車を環境対応車の主力に据えていた。しかし、VWがディーゼル車に試験の時だけ有害物質の排出量を抑制する不正なソフトを搭載していたことが発覚、市場ではディーゼル車に対する不信感が高まり、ディーゼル車の販売比率が低下している。

 そこでVWが目を付けたのがEVだ。その理由のひとつが、世界最大の自動車市場でVWが最も高いシェアを持つ中国の動向にある。都市部での大気汚染が深刻な社会問題となっている中国では、政府が排出ガスゼロのEV普及を強力に進める。EVに力を入れることは、中国政府の意向に沿うことにもつながる。

 もうひとつの理由が、ハイブリッド車(HV)で先行するトヨタ自動車への対抗策だ。世界で初めて量産型HVを販売したトヨタは、HVに関しては販売台数、技術レベル、コストの面でライバルを大きく引き離している。VWをはじめとする欧州各社が、今からHVでトヨタに追いつくことは不可能に近いが、EVなら逆にリードできる。

 そもそも欧州の自動車メーカーは「価格が高くなる割に燃費改善による二酸化炭素排出量の低減効果が小さいHVには否定的。それなら、HVと二酸化炭素排出量では遜色のないクリーンディーゼルのほうが価格が安くて効率的」(日系自動車メーカー)と見ている。これら2つの理由から、VWは環境対応車の本命をEVに転換した。

●各国政府の思惑

 欧州自動車メーカーの盟主であるVWに引きづられるように、ダイムラー、BMWも雪崩を打ってEVシフトに方向転換した。こうした動きは「環境対応車での遅れは取り返しのつかない事態を招く」との危機感を抱く日系自動車メーカーも例外ではない。

 EVで業界のリーダーを自任する日産自動車は、ドイツ勢のEVシフトをビジネス拡大のチャンスと見てEVで攻勢をかける。ルノー、三菱自動車との3社のアライアンスで新しいEV共用プラットフォームと共用部品を使って、22年までにEVを12モデル投入する計画を公表。また、EVの車両価格が高くなる最大の要因であるバッテリーのコストを16年と比べて3割削減するなど、アライアンスによる量産効果などを活用して量産型EVを手頃な価格で提供し「EVの領域でリーダーの地位を維持」する構えだ。

 フランクフルトショーで19年に欧州市場へ投入する量産型EVのコンセプトモデルを出展したホンダは、同時期に中国で開催された中国自動車産業発展国際フォーラムで、18年に中国向けEVを、中国の合弁会社である広汽ホンダ、東風ホンダの両社のブランドで販売することを表明した。合弁2社がまったく同じモデルを取り扱うのは初めてで、EVに対するホンダの本気度を示した。

 一方、自動車産業は国の重要な基幹産業となるだけに、EVの普及を機に、主導権を握りたいとの各国政府の思惑もある。中国政府は、フランス、英国に追随してガソリン車やディーゼル車の販売を禁止する方針で、導入する時期についての検討を開始した。当初から18年に自動車メーカーごとに一定水準以上の環境対応車販売を義務付ける方針だが、EVの普及に向けて電動車以外の販売を禁止するという荒業に出る。

 中国政府がEVの普及に本腰を入れるのは、都市部で深刻化する大気汚染の問題への対応に加え、自動車産業で中国企業が覇権を握るチャンスと見るためだ。中国は世界最大の自動車市場だが、主要ブランドは日米欧自動車メーカーとの合弁で、グローバル市場で中国系自動車メーカーの知名度は低い。中国政府としては世界に通用する中国系自動車メーカーを育成したいとの野望を持つが、現実的には難しい。

 ただ、EVなら可能性がある。EVは、2万〜3万点で構成するガソリン車などの内燃機関の車と比べて部品点数が6割程度と少なく、コモディティー(汎用)化しやすい。コモディティ製品の得意な中国系企業が、EVでなら存在感を打ち出すことができる可能性がある。実際、テスラや中国のBYD(比亜迪)など、新興自動車メーカーはEV専業ながら短期間で急成長を遂げてきた。さらに、EVのキーデバイスであるリチウムイオン電池はスマートフォン向けなどで中国系企業が高いシェアを持つ。EVの世界的な普及は、中国系企業が自動車業界で存在感を高めるチャンスと映る。

●新興EVメーカーの勃興

 中国政府のこうした意向は、自動車メーカーの戦略にも反映されている。7年前に中国の浙江吉利控股集団の傘下に入ったボルボは19年以降、販売する全モデルを電動車にすると突然発表、業界を驚かせ、世界で進むEVシフトの背中を押した。

 EVの普及に向けてはフランスと英国が40年にガソリン車、ディーゼル車の販売を禁止する方針を公表したが、ここにも欧州自動車業界の勢力図をめぐる政府の思惑が透けて見える。フランスの自動車メーカーのルノーとグループPSAは、「ジャーマン3」と呼ばれるVWグループ、ダイムラー、BMWの攻略が長年の経営課題だ。

 ルノーは背後に控える日産、三菱自動車とともに、EVでは業界をリード、EV需要が本格化するとジャーマン3のシェアを侵食できる可能性がある。しかもフランスは原発大国で、EVを増やすことは環境保全効果が高い。EVの普及は、欧州自動車業界でフランスが存在感を高めることにつながる。

 英国は、自動車生産工場はあっても自動車メーカーが存在しない。このため、自動車メーカーに配慮するより環境対策を重視する。

 自動車の電動化をめぐっては、政府の規制も関係することから強制力があり、自動車業界は激変の波にさらされる。EV専業のテスラは時価総額でゼネラルモーターズ(GM)を抜いて、米国トップの自動車メーカーとなった。トヨタとマツダが資本提携した理由のひとつが、両社ともに出遅れているEVを共同開発するためで、EVに端を発する業界再編が本格化すると指摘する声もある。

 今後、電池メーカーからEVメーカーとなった中国のBYDなど、新興のEVメーカーが相次ぎ、将来的に日米欧の自動車メーカーの地位に取って代わる可能性もある。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)