水戸を出た常磐線の下り電車は、いよいよ海岸線へと近づき、右側の車窓に太平洋が映りはじめた。
「関東と東北の海側の境って、いったいどんな場所なんだろ?」
 仕事中、ひょんなことからそんな疑問を抱いてしまい、そのまま上野から下り列車に飛び乗ったってワケで。
 スマホの地図で、大津港駅と、勿来という駅の間に、茨城県と福島県の県境が記されているのを確認。
 ここが、関東と東北の境、か。
「ってか勿来って、なんて読むの?」
 海が映る車窓と、スマホの画面を行ったりきたり。ナコソと言うらしい。
 地名、歴史、見どころ、メシ…。右手に見える海をじゃなくて、ネット上をサーフィン。まずは県境の手前、茨城県側の駅、大津港駅で降りる。
 国道6号・陸前浜街道を横切り、断崖に建つ茶室、六角堂へ。
 岡倉天心が思索にふけったというこの小さな六角形の傍らに立つ。寄せては返す白波、松の木を揺らす風。
 明治の文化人の想いに、寄り添えるほどのアタマはないが、日ごろの雑念が白波に洗われる感じがする。
「この六角形のなかで、コーヒーでも淹れたら、最っ高だろうなぁ」

 岡倉さん、激安なイマジネーションしかできない来客で、すんません!
 この六角形の建物が、復元モノだろうが何だろうが、いいじゃないか。あの津波で流されたあと、京都の技術やイギリスのガラスと、世界中の人たちの手で再びこの断崖に六角形の風景が戻ってきたことに、拍手だ。
 津波。そうか、この先もあのときの猛威の傷跡があるのか。そう思いながら、大津港駅からひと駅、県境を越えるために電車に乗る。
 奥州三古関のひとつ、「勿来の関」の脇を、電車は軽々と越えていく。県境のトンネルを越えれば、下り坂となり、電車は陸前浜街道沿いの民宿街をかすめて勿来駅へコッソリ滑り込む。
 勿来。古くから東北の玄関口として旅人の姿があった街。いまは、うんと山側に常磐自動車道が走り、さらに東北の背骨を東北新幹線が駆け抜け、この浜街道はちょっとさびしくなった。
 潮風にあたりながら浜街道を南下。中年ラン鉄は、山側の勿来関を目指さず、海側の勿来漁港へと行く。
 海水浴客を迎え入れる民宿がぽつぽつ。海側には、津波に傷つけられたままの建物もある。
 勿来漁港。小さな入江にある港に、釣りを楽しむ親子の姿があった。人間、勝手なもんで、寂れた港にたまたまいた親子を見て、なぜかホッとした。
「こんにちは。あらま、どこから?」
 勿来駅へ戻る途中、唯一出会ったおばあちゃんとひと言ふた言。
「この先に、『関の湯』っていうね、温泉もあるよ。海が見えてきれいだわ」
 湯と肴を教えてくれた。ありがとうおばあちゃん。返しの常磐線の時間もあるから、酒の肴を取るよ!

 メヒカリのから揚げが旨いという。全国でとれる小さな魚らしいが、「いわき市の市魚」でもあるらしい。
 ドライブイン(死語)で、スマホから目を離さず突っ立つアルバイト女子にメヒカリとビールを頼む。
「はーいメヒカリでーす」
 スマホ女子の冷淡なアクションとは裏腹に、その揚げ物を口へ運ぶと、アツアツサクジュワッ。細やかな身が舌の上でほろほろほろほろ…。
 食堂に流れるテレビの声、時おりやってくる電車の足音、心ここにあらず女子の「いらっしゃいませ〜」。そんな雑音に囲まれて、ちょっと酔ったか。
 酔っ払い男、勿来駅前で源義家の像に敬礼し、ホームで彼の歌を、復唱。
『吹く風を 勿来の関と 思へども 道もせに散る 山桜かな』
 東北側から二条の灯。酒臭い中年を現実へと連れ戻す電車が、入ってきた。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2014年1月号に掲載された第19回の内容です。

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