日本のメガバンクのフィンテック投資も増え始めたが…(撮影:編集部)

バーガーキングのスマホジャック事件

今年4月、米国であるテレビCMを見ていた人々のスマートフォンが、突然、一斉に"バーガーキング"の解説をしゃべり始めた。バーガーキングによる「スマホジャック」事件である。

いったい何が起きたのか。グーグルアプリには音声検索機能がついている。「OK、 グーグル!」とスマホに呼びかけると、後に続く言葉を検索してくれる。これを利用したのがバーガーキングだ。テレビで「OK 、グーグル! バーガーキングのワッパーって何?」と店員が叫ぶCMを流した。ワッパーとは同社の看板商品で、1個650キロカロリーもある大きなハンバーガーである。

このCMが流れた瞬間、テレビをつけていた人々のスマホが一斉にワッパーを検索、「ワッパーとは、世界的に有名なバーガーキングの看板メニューで……」とウィキペディアの説明を読み上げ始めた。


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音声認識技術を使った、新手のマーケティング戦略である。もっとも、事前に知らされていなかったグーグルが、すぐに"ワッパー"が音声検索されないように設定したため、スマホジャックCMの効果は限定的なものにとどまったようだ。

ここまで奇抜なアイデアは見られないものの、海外では金融部門でもテクノロジーの活用が急速に進んでいる。今年第2四半期の世界のフィンテック投資は史上最高となった。シンガポール最大の銀行DBSは、昨年、音声認識とAI(人工知能)を使ったネット専用銀行をインドでスタートし、すでに150万口座を獲得した。顧客サポートの82%がAIを通じて処理されているため、営業経費は従来の銀行の5分の1程度で済んでいるという。

日本はどうか。米国に遅れること10年、2014年ごろから、日本でもフィンテックブームが始まった。1990年代にも、エレクトロニックバンキングやITの拡大とともに「フィノベーション」とも称された金融電子化の波が押し寄せた。そして今回、よりイケてる「フィンテック」という言葉の上陸とともに、日本でも金融のデジタル化が本格化しつつある。

しかし、金融機関の投資は他国と比較にならないくらい小さい。日本の年間のフィンテック投資額は、ドイツの10分の1以下、米国の200分の1とされる(アクセンチュアの資料による)。これほどまでに格差が開いたのはなぜなのだろうか。

重たい設備と人手に頼る古い文化

日本では、すでに銀行口座が普及している。世界銀行によれば、世界では銀行口座を持たない人が全成人人口の38%にも上るが日本は3%にとどまる。銀行のATMも充実している。人口10万人当たりのATMの数は、世界平均では40.5台だが日本はその3倍以上の127.6台に上る 。このため日本では、銀行経由のさまざまな決済がしやすい環境にある。しかも銀行窓口の対応も丁寧だ。

また、邦銀は、既存のメインフレーム(基幹システム)が重く、動かしにくいという面もある。最近でこそ、三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)のように、一部のシステムをクラウドベースに置き換える銀行グループも現れ始めたが、それでもまだ邦銀は相対的に基幹システムが重いとされる。世界のメインフレーム設備の3〜4割は日本企業が保有し、その中核が銀行という時期もあった 。

しかし、それ以上に問題なのは、行内カルチャーであろう。たとえば、支店の事務員は、いまだに、書類に押された実印を印鑑証明書と照合するのに、2枚の書類を重ね、パラパラ漫画のようにマッハのようなスピードでめくって目視する。本部には照合システムがあるはずだが、顧客の前での1次確認はいまだに事務員の手ワザに頼っている。しかし、書類の印鑑レスが進めばこのような技は不要になり、ベテラン行員の優位性が失われる。現場は、IT化を望む人ばかりではないだろう。

そんな中でも、テクノロジーの波は訪れつつある。きっかけになったのはマイナス金利や規制の変化である。

マイナス金利で儲からなくなった銀行は、コスト削減が死活問題になった。銀行株投資家の最近の注目ポイントも「コスト構造改革」となっている。

また、預金金利がほぼゼロとなったことで、取引コストへの不満も高まっている。たとえば、ほかの銀行への送金はネットを使っても手数料が432円もかかる(3万円以上の送金)。今の0.001%の金利を前提にすれば、4320万円もの資金を1年間預金にして初めて手にすることができる水準である。ATMの引き出し手数料も、1回につき108円以上かかる。

金融庁が制度面でフィンテックを後押し

また、金融庁も制度面からフィンテックを後押しすべく、昨年と今年の2度にわたり、銀行法を改正した。

1回目は昨年5月 。これにより、銀行は、自身や顧客の利便性向上に資するIT企業の株式であれば、今年4月から、従来の規定の5%(銀行持ち株会社なら15%)を超えて保有できるようになった。

2回目の改正は今年5月に行われた。これは、銀行や信用金庫に対して、銀行のAPI(アプリケーション・プログラミング・インタ-フェース)公開の努力義務を課すものだ。「APIの公開」とは、内部システムの機能とその取扱説明書を外部に公開することである。APIの公開で、銀行用のアプリを開発する外部企業が手間を省ける。ただし、銀行システムに接続する企業は金融庁に登録しなければならないという義務を負う 。

こうした環境の変化を受け、大手行のテクノロジー開発は活発化している。3メガバンクは、デジタル担当役員を任命し、他業態との協業を開始した。三井住友フィナンシャルグループは、7月にNTTデータなどと共同で生体認証の会社を設立した。みずほフィナンシャルグループも、投資ファンドなどとともに、AIやブロックチェーン技術を活用する新会社を立ち上げた。三菱東京UFJ銀行 は、決済情報やSNS分析で米国の研究機関と覚書を交わした。

しかし、外銀にも見られることではあるが、現在邦銀が推進しているフィンテック投資の大きな部分が、契約のペーパーレス化やミドル・バック業務の簡略化など自行の利益確保のためのものとなっている。MUFGはフィンテックによる営業増益効果を2000億円程度と見積もっているが、その3分の2は、既存業務の効率化など"守り"の分野である。これらは、経費圧縮で巡り巡って顧客のためにもなるかもしれないが、直接的に顧客の利便性を向上させるものではない。

しかも、中には、手続きがむしろ面倒になっているものもある。ある大手行の住宅ローン申し込みの新たなアプリは、利用者に、事前審査で記入済みの個人情報を再度スマホで入力させ、提出済みの何枚もの確認書類の写真とともに送らせる。2時間以上かけて入力しても、その後、これまでと同じように店舗に出向かなければならない。過渡期ということかもしれないが、今のところ残念なシステムである。

挑戦者は「銀行にうんざりした」人たち

新たな仮想通貨の実証実験も始まっている。導入している銀行では、行内の飲み代の決済が社内メールのように1クリックで送金できる。しかし、 MUFGのMUFGコインやみずほのJコインなど、まだ陣営が分裂しており、共通のプロトコルができていない。互換性の低い複数のシステムが乱立しても、顧客は戸惑ってしまう。

スペインのBBVAが買収した米国のデジタルバンク「Simple」の創業者ジョシュア・ライヒは、「銀行にうんざりした」経験から、より簡便な決済サービスを銀行口座がなくても受けられるようにと思ってSimpleを創設したという 。

新規性の高いシステムを構築しても、「銀行の利益に資する」「当局も推進しているし、他行に遅れるわけにはいかない」などという動機で作られた貧弱なテクノロジーでは顧客はついてこない。どうせやるなら、顧客第一の真の"フィンテック"を目指してほしい。