「フットボーラー兼デザイナーという二刀流の生き方」

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さすらいのフットボーラー、能登正人(のとまさひと)が日本に帰ってきた。

帰ってきたと言っても、「束の間の休息」との表現が適切だろうか。

インドネシアのクラブ、ペルシバ・バリクパパンを退団し、痛めた腰痛の治療に専念するための帰国だからだ。

能登正人のQoly限定コラムはこちら!

彼は、セレッソ大阪ジュニアユースを経て、高校卒業後に単身で渡欧。スペイン、ドイツ、タイ、日本、ラオス、インドネシアと、これまで様々な国でプレーしてきた。

ある意味、今の日本代表メンバーですら経験できない世界を肌で感じてきた男だ。

現在27歳。

未来像も考え始めるこのタイミングで、ロングインタビューを敢行した。

話題は、現在抱えている怪我や引退のことを皮切りに、スペイン挑戦の話、さらに、レアル・マドリーでの紅白戦やハノーファー時代のエピソード、そして、日本の育成事情へと進み、彼ならではの生き方「デザイナーとフットボーラー」という二刀流についても語ってもらった。

「有名アーティストの後押しも…」

(話は前回の続きから…)

――少し話を戻しますが、帰国後の生活はどうですか?

今は怪我の治療とリハビリに専念しているのですが、お世話になった方々ともお会いする機会がありがたいことにあり、充実していますね。

というのも、前に「洋服やりだします」とSNSで上げていたのですが、みなさんそれをけっこうチェックしてくださっている様で…。

「洋服やりだすって聞いたけど大丈夫なの?」とか心配してくださる声もたくさんもらいました。

その話題がきっかけとなり、色々な方とお話していますね。

僕からすると、そんな反応が来るとは想像していなかったので、けっこう驚きだったんですが…。

――ただ、サッカー選手としてのイメージが先行している以上、驚かれると思いますよ(笑)

今まではサッカー選手としての一面だけを表に出して生きてきましたからね…「まぁ、賛否両論あるのは当然なんだな」と、やり出した後に気が付きました(笑)

でも、その中で強い後押しもありましたよ。

自分のブランドを立ち上げる件を友人やお世話になった方々に報告したのですが、一番初めに賛成応援してくれたのは『スキマスイッチ』のシンタさん(常田真太郎さん)でした。

シンタさんとは知人の方の紹介で仲良くさせていただく様になったのですが、僕が海外から帰ると、向こうでのことや近況を話す間柄で、今回も報告させてもらったんです。

正直、「どんな反応なんだろう」と不安な気持ちもあったのですが、シンタさんは落ち着いたトーンで「マサがやると決めたことなら大丈夫。信じてやってみたらどうだろう。応援してるから」と言ってくれました。

あの言葉は、その時の僕にとって、すごい力強く背中を押してくれた様に感じがして…今でも心に残っています。

誰かに言われて揺らぐような信念ではないですが、凄くありがたいものでしたね。

他にもドイツ時代からの付き合いで、ほぼ同世代の選手仲間に話した際も、胸が熱くなるような思いの言葉をくれたり…

いつも僕の周りには、場面が移る時には周りで応援してくれる方がいて、「本当に感謝しないとなぁ」と思うことばかりです。

「デザインがある家庭」

――とはいえ、いまだ多くの方が「何故、能登選手がデザイナーに?」というのが疑問に感じるところだとは思いますが…

でしょうね。

これまであまり話したことがなかったんですけど、実は小さな時からデザインが身近にある環境だったんですよ。

――「デザインが身近にあった」というのは?

母は元々服飾とテキスタイルデザイン、父は陶磁器やイタリアングラス等のデザインをしていたんです。

そして、夫婦でもプロダクトデザインをしていた影響もあり、小さな時から「デザイン」というものが僕にとって常に身近なものだったんです。

なので、食事をする際も、似た形のナイフ、フォーク、お皿が何種類もあり、「形や重さについて話をしながらごはんを食べる」ことが当たり前の家庭でした(笑)

――それは強い影響を受けそうです。でも、少年時代はサッカーにハマっていったんですよね?

そうです。

サッカーは3歳から。完全に兄の影響でしたね。一緒にくっついてボールを蹴る日々でした。で、練習が終わり家に帰ると、母が開いていた絵画教室に自分も混ざり自由に絵を描くという生活でしたね。

で、最終的には、「サッカーが好きで好きで」そのままプロサッカー選手になった訳ですが、「もしサッカーがなかったら」と考えると、たぶん、僕は絵を描いたり、デザインしたり、モノづくりの道に進んでいただろうなと思っています。

まぁ、「サッカーがなかったら…」なんて考えられませんが(笑)

口下手申し訳ないですが、「デザインも、サッカーと同じぐらいの熱量をもってやりたいことだ!」ということが伝われば嬉しいです(笑)

「ノートから生まれたnote」

――そして、満を持してのオリジナルブランドの立ち上げというわけですね。

はい!

今回、様々なご縁にも恵まれ、自分の思い描くデザインを創り出せるだけの環境に至りました。それで、自分自身で貯めていた情熱が溢れ出してきたので、ブランドを立ち上げることにしました。

――ブランドにはこれまでの経験が詰まっていると聞いています。

Qolyさんからは「さすらいのフットボーラー」と名付けて頂きましたが、僕はプライベートでも世界中を回るのが好きなので、様々な国を周る中で、出会い感じたものを今までノートに書き貯めてきました。

それを元にデザインし、洋服にしたのが『note』というブランドです。

――しかし、能登選手には今回も驚かされました。ブランドを立ち上げ直後に、ポップアップストアも決定したようじゃないですか。

いやいや、幸運なだけです(笑)

これもご縁で、10月4日から1週間期間限定で、『梅田阪急メンズ館地下1階』にてポップアップストアとして販売させて頂くことが決まりました。

僕自身も、4日〜7日までは店頭に立ちます。

「どんなもんなんや〜」と覗いて頂くだけでも嬉しいので、是非遊びに来て欲しいです!

――とは言え、サッカーはまだ辞めませんよね?ファンの方にもメッセージをお願いします。

コラムも滞っていますもんね…すみません(笑)

これから新たな冒険がスタートする訳ですが、しっかりと今の怪我を完治させてサッカーも頑張りますので、引き続き応援を宜しくお願い致します!

次の行き先が確定したら、また報告させて頂きたいと思います!

取材・構成:カレン