ふくやま・しんじ=1980年8月26日生まれ、三重県出身

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「関ジャニ∞クロニクル」(フジ系)で、総合演出を務める福山晋司氏。今や幅広い支持を集めるこの番組は、一体どのようにして作られているのか。ターニングポイントとなったという「ピカルの定理」(2010〜2013年フジ系)の思い出も交えながら、彼が考える“テレビの笑い”について語ってもらった。

「“危機に瀕したときこそ笑いを取るチャンス”。ダウンタウンさんから教わったことは多々ありますが、この教訓は常に胸に刻んでいます」という福山晋司氏

■ 「ピカルの定理」はダウンタウンさんへの恩返しの気持ちもありました

――福山さんが一番最初に携わった番組は?

「最初は、深夜番組『WORLD DOWNTOWN』(2004年フジ系)のADです。フジテレビに入って、まずダウンタウンさんの番組を作っている班に配属されたんですよ。僕は生まれが三重で、大阪の文化で育った上に、ダウンタウンさんに多大な影響を受けた世代。いつかダウンタウンさんとお仕事できたらな、と思っていたので、希望通りのスタートラインに立ててうれしかったですね。その後『考えるヒト』(2004〜2005年フジ系)にもついたんですが、ダウンタウンさんの深夜番組のシリーズがそこでいったんお休みになり、その流れで『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』(1994〜2012年フジ系)や『人志松本のすべらない話』(フジ系)に参加して、のちにディレクターも務めさせてもらいました。

ですから、テレビマンとしての自分の根っこの部分を育ててくださったのは、間違いなくダウンタウンさんです。番組作りのイロハを教えていただきましたから。フジテレビは、バラエティー番組をスタッフとタレントさんが一緒になって作り上げるというスタイルを伝統的にやってきたテレビ局だと思うんですけど、タレントさんと番組や笑いを作り上げるとはどういうことなのか、それを教えていただいたのが、僕の場合は幸いにもダウンタウンさんだったんですよね」

――その後、「ピカルの定理」でディレクターとして一本立ちされたわけですね。

「本来であれば、ダウンタウンさんの下でいろいろと勉強させていただいたわけですから、そのチームで演出家になることが直接的な恩返しであり、チームの新陳代謝にもなる。ところが、不思議な巡り合わせで、その後、『めちゃ2イケてるッ!』(フジ系)を制作している片岡飛鳥さんと仕事をする機会があって。フジの若手ディレクターを発掘する『フジ算』(2010年フジ系)に参加させてもらったんです。そのときに、これまで触れたこともなかった『めちゃイケ』の哲学というか流儀というか、全く違う番組作りの“文法”に触れることができて、新鮮でしたし、勉強にもなりましたね。

そこからの流れで、『ピカルの定理』に携わることになったんですが、飛鳥さんの計らいで、『ピカル』が始まって3、4カ月経ったころには番組の総合演出を任されていたんですよ。『めちゃイケ』の本流にいなかった自分に総合バラエティーの演出を任せるのは、飛鳥さんにとって若干、博打というか冒険みたいな抜擢ではあったと思いますが、『めちゃイケ』〜『はねトび』(「はねるのトびら」2001〜2012年フジ系)とは全く違う、新しいものを作らせるための意図があったのかもしれません。

だから結局、直接的にダウンタウンさんに恩返しはできなかったんですが、自分なりの形でその恩に報えればと思っていました。というのも、ピース、平成ノブシコブシといった『ピカル』のメンバーは、みなさんダウンタウンさんから影響を受けて、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(1991〜1997年フジ系)のような番組を作りたくて芸人になった人たちなんですね。そんな彼らにとっても念願のコント番組を、自分が演出させてもらえたというのはやはりある種の因果なのか、ダウンタウンさんから学ばせてもらった若手芸人と若手演出家が手にした打席であり、その意味では間接的な恩返しになれば素敵だなと思っていました。それは逆に言うと、ダウンタウンさんの制作班から離れたからこそ実現できたことなんだと思ってるんですけど。ともあれ今考えると、運命に翻弄されるがまま抗うことなく、そのとき、そのときを楽しみながら歩んできたのがよかったのかなと感じています」

■ 2011年の震災以降、テレビを見ている人たちの意識が大きく変わったんです

――では、福山さんのターニングポイントとなったお仕事はやはり…?

「僕がターニングポイントを語るなんておこがましいんですけれども(笑)、確かに『ピカル』で総合演出を務めたことは大きかったですね。これは今回、初めてお話しすることなんですが…『ピカル』が始まってしばらくして、東日本大震災が起きましたよね? 個人的な感覚なのかもしれませんけど、あの震災をきっかけに、テレビを取り巻く環境や、テレビを見ている人たちの意識が大きく変わったと僕は思っていて。どう表現したらいいのか難しいんですが、語弊を恐れずに言うと、“笑いづらい”時代に突入したような気がしたんです。それまでは、『面白けりゃいいじゃん』と若者を引っ張っていくような、ある種、“強気”なバラエティー番組がフジテレビの得意技でしたよね。ところが震災を機に、面白さを享受することに対する戸惑いみたいなものの方が強くなってきて、強気なバラエティーに対して人々が距離を置くようになった。たとえば、構造的な見え方として芸人さんに押し付けるような形で、体を張らせたり、大金を自腹で払わせたりするような笑いに対して、『なんかかわいそう』『つらそうなところ見たくない』『番組側は何様?』『MCがえらそう』というようなリアクションや意見が強くなってきました。もちろん、当人がそうせざるを得ない経緯や笑える結末をちゃんと描けば話は別なんですが、なにせ強気でオラオラなバラエティーに対しての嫌悪感は否めないものとなりました。そのときに僕自身もやはり、改めて笑いというものについて考えさせられましたし、そんな逆境の時期を経たことによって、それまでよりももう一歩、踏み込んで考えるようになったんです」

――実際の番組作りにも変化があったんでしょうか?

「思い入れがあるのは、『ビバリとルイ』というBL(ボーイズラブ)をテーマにしたシリーズコント。ノブコブ(平成ノブシコブシ)の吉村(崇)さんが演じるビバリと、ピースの綾部(祐二)さん演じるルイという、相思相愛の男子2人が主人公なんですが、この2人のお話を、これまでのコントにあったような1話完結モノではなく、連ドラのように描きたくて、日本や韓流のドラマでやってきたベタな手法みたいなものを取り入れたコントを作ったんです。で、その中で、ビバリとルイを引き裂くためのひとつのファクターとして、ルイが不治の病になるという設定を用意したんですね。出演者のみんなとも『ベッタベタだね〜』『でも、これくらいの方が笑いのフリが強くなるのか〜』なんて言いながらも、BLという時点で王道の恋愛モノからズレてるんだから、軸となるストーリーはなるべくベタな方が分かりやすいだろう、という計算もあって。それは言うなれば、“不治の病”も“死”も、当時の僕らにとっては笑いを作る装置だったんですよね。だけど、震災があった年の『FNS27時間テレビ(めちゃ2デジッてるッ!笑顔になれなきゃテレビじゃないじゃ〜ん!!)』(2011年7月23〜24日、フジ系)で、『ピカル』のメンバーが東北の被災地でスペシャルライブをやったときに、地元の方から手紙をいただいたんです。そこには、『ルイを殺さないでください』と書かれていて。『ビバリとルイ』を見ることが今、自分にとって数少ない生きがいになっているから、そこにまで死という現実を持ち込まないでほしい、と…。あの手紙は堪えましたね。この時代に笑いを作っていくということは、今までとは違う覚悟を持たないといけないんだということを実感しました」

――「今までと違う覚悟」とは?

「それ以来、バラエティー番組でも“物語”を紡いでいるんだという意識で作るようになりました。たとえば、怒っているキャラクター…あるいはリアルに怒ってる人…が出てくるのであれば、怒る理由をちゃんと描かないといけない。そして、その怒っている人が、30分なら30分、1時間なら1時間という番組の中で、最後には絶対に笑顔になっているようなストーリーにしたいなと。『あ〜、よかったね』と見ている人の溜飲が下がるようなお話にしなければならないと思うようになりましたね。

これは最近強く感じることなんですけど、テレビバラエティーは、“破壊”が面白かった時代を経て、今は“創造”をしていかなければならない時期に差し掛かってきていると思うんですよ。以前は『あの番組を見ないと明日の学校で取り残される!』みたいに、お茶の間のみなさんを引っ張って行くような笑いを創造していたのが、震災以後、なにかと笑いは萎縮する傾向となり、番組も新たな笑いや企画を創造するというよりは、これまで築いてきた企画や伝統芸を破壊したり、ずらすことでやり過ごすものばかりとなりました。『関ジャニ∞クロニクル』の現場でも、『笑いのために企画やルールを壊しにかかることも必要だけど、そんなときこそ最後に何かを生み出さないとダメだ』ということは、(関ジャニ∞の)メンバーとよく話したりしてます」

■ 関ジャニ∞はメンバーそれぞれが魅力的だからこそ、彼らの“人”を描きたい

――では、関ジャニ∞の魅力とは?

「これは自戒の念も込めて感じることなんですが、テレビの笑いって先ほどから話した流れもあって、今どんどん自粛される傾向にあるじゃないですか。作り手がみんな、コンプライアンスという言葉に敏感になっているけど、実際、そこには明確な基準はなかったりする。ところが、関ジャニ∞のメンバーからは、そういう自粛ムードは一切感じない。誰も縮こまっていないんですよ。いい意味で“ノールール”と言いますか、『これが俺らやから、こうします』っていう潔い感じが新鮮なんですよね。

それと、彼らは立派なアーティストとしての顔を持っているという点が大きい。音楽的素養があるからリズム感もよく、トークのテンポ感はもちろん、バラエティーでの立ち回りがうまい。さらに彼らは音楽でいい仕事をすると、バラエティーでも突き抜けるんです。振り子の理論でいえば、彼らが音楽的に成長すればするほど、バラエティーにも見返りがある。『バラエティー番組ではバカなことをしてるけど、音楽をやっているときはかっこいい』という、今や稀有な存在だと思いますね。だから僕は、音楽業界で彼らが話題になればなるほどニヤニヤしちゃうんですよ、『よ〜し、次の「クロニクル」での収録はこんなバカなことをさせよう』とか思って(笑)。そうやってバランスを取りながら、いろいろな可能性の種を蒔いていきたいと思っています。

『クロニクル』を作る上で心掛けているのは、メンバーそれぞれが魅力的だからこそ、彼らの“人”を描くこと。僕は本が好きでよく読んでいるんですけど、小説にしろ随筆にしろ、時代が流れても色あせない名作と言われるものは、しっかりと人を描いているものが多いんですよね。

実は『ピカル』のころの僕は、かなり細かい演出をしていたんです。もしかしたら、フジテレビの中で一番細かい作り方をしていたかも(笑)。『ピカル』では、ときどき生放送をやっていたんですけど、そのときの台本なんて、平気で100ページくらいありましたからね。しかも1ページずつ読み合わせをしては、尺を計測したりして。でも『クロニクル』では、メンバーにほとんど台本を見せていないし、あえて建て付けの甘い台本にしていて(笑)。台本からはみ出してもいいし、何なら台本をつぶしてもいい。とにかくメンバーたちには好きにやってもらおうと。関ジャニ∞は、年長組(横山裕、渋谷すばる)が1981年生まれで、僕が1980年生まれだから、ほぼ同世代なんですよ。彼らと各局で一緒に仕事をしている演出家の中で僕が一番若いと思うので、彼らと横一線に並んで番組を作っていけることこそが、キャリアの浅い僕の強みでもあると思っています。ああでもない、こうでもないと言いながら、同じ方向を同じ速度で走っている感覚。同世代だからこその関係性を大切に、そしてその同じ世代のやつらと作ってる空気感が画面に出ればと思ってます。

また、番組作りにおいては『何、これ?』という“違和感”も大切にしています。この前も『いきなりドッジ』の企画で、錦戸(亮)くんがピザの耳を食べずに残すという、本筋とは全く無関係な話でケンカが始まって。30過ぎの男性がピザの耳を残した残してないで怒ってる光景って、もう違和感しかないじゃないですか?(笑) だから普通はカットするようなシーンなんですが、この番組では、そのくだりを延々と5分ぐらい見せてしまうわけです。それが『関ジャニ∞クロニクル』という番組ならではの面白がり方だと思うし、そうやって違和感のあるシーンも編集で残すから、メンバーたちも『ありのままの自分らでええんや』と思って、さらに自由に立ち振る舞うことができる。そのあたりの“あうん”の呼吸は、最近特にイイ感じになってきたかなと思ってます(笑)」