統計には必ず「意図」が存在する。その意図を見抜くにはどうすればいいのでしょうか(写真 : CG-BOX / PIXTA)

統計には必ず「意図」が存在する。暴走を許さないためには、その意図を見抜くことだ。『統計は暴走する』を書いた東京大学社会科学研究所教授 佐々木彈氏に詳しく聞いた。

統計はだまし、盗み、中傷し、時に人も殺す

──統計は「だます」ばかりでなく、「盗む」し、「中傷や虐待」もするし、時には間接的に人も「殺す」のですか。

統計は善良に使えば、有用なものだし、社会を分析・変革するのに有効だ。だが、単なる不注意ではなく、わざと正直に使わない人や団体が存在する。よくない使い方をされると被害は大きい。「左利きは早死にする」「未婚者は10年短命」「二酸化炭素は温暖化とは関係ない」、さらには「たばこをいくら吸ってもがんにならない」といった、統計をかたった妄説に出合ったことはないだろうか。

──いわゆる都市伝説や俗説ですね。

統計を示さなくてもいいのにあえて引用することで、見せかけの説得力をカサ上げしようとする。商品広告によくある「絵と本文は関係ありません」「画像はイメージです」といったものと同じたぐいだ。関係ないのならなぜ載せるのか。載せるのには何らかの意図があるはずだ。統計引用ではとかく悪質で、載せても出所のただし書きをしない。あたかも関係があるかのような文章がつく。科学的だと装いたいからだ。

──経済、社会の記事でも気になると。

たとえば日本はGDP(国内総生産)の2.5倍もの累積債務を持ち、増加に歯止めがかからない。それに対して「それでもいいんだ」という言説がある。この見方はどう見ても経済学に基づかない。科学としての経済学はインセンティブを扱う。累積債務はインセンティブとして子々孫々に大いなるツケを回すことになる。

過重な債務は国家レベルの日本人児童への虐待との見方もできる。将来世代から搾取している形だからだ。搾取は発展途上国の規模どころの話ではない。一大汚点なのだが、世界銀行などの毎年のアニュアルリポートで財政不始末と小言を言われ続けても、債務の膨張から顔を背けたままだ。

──統計的な事実そのものには異論の余地はないはずですが。

「だます」というよりむしろ「統計を切り捨てる」言説、行動様式だ。これを「それでもいいんだ」とするのは、「結論(とおぼしきもの)が先にある」統計詐欺といえる。この場合、言説の受け取り手は自らの良識に頼って護身を心掛けるしかない。

顧客アンケートは操作の余地が大いにある?


佐々木 彈(ささき だん)/専門は法と制度の経済学。1966年生まれ。東京大学経済学部卒業。旧経済企画庁勤務、東大大学院中退の後、米プリンストン大学で博士号取得。デンマークのコペンハーゲン大学、豪メルボルン大学、英エクセター大学での教職を経て、2009年から現職。(撮影:尾形文繁)

──統計を使ったウソも「盗む」に入るのですね。

「大きなウソ」ばかりでなく「小さなウソ」もある。たとえば片方の証拠だけを集める。統計的に有意性が出たものだけ、あるいは出なかったものだけで話をまとめる。身近な例では顧客アンケートや利用者アンケートがそうだ。とかく好評との結果を得るが、対象は顧客になってくれた人だけだ。一度でも利用してくれた人に評判がよかったら、それは一つの情報かもしれないが、操作の余地が大いにある。宿泊施設の「サービス改善のためご感想をお書きください」のアンケートにしても、単なる反省のためではない。顧客に再来訪を促す意図で実施される。好評という情報ばかりになりがちだ。

──「盗む」と表現されると犯罪に聞こえます。

犯罪としては、万引より、公海上の国境付近で地下資源を盗掘するやり方に似る。所有権がどちらにもありそうなものを一方がとってしまう。「我田引水なやり方」という意味に近い。手前みそなほうへ持っていってしまい、いつの間にか窃盗・横領という偏った使い方になる例だ。

あるネット右翼的なものを擁護する本に、ネット右翼は低学歴で定職がなくといったイメージとは全然違うと書いてあった。彼らにネットアンケートを行ったら、回答者は平均的な学歴や年収が国勢調査の平均より上だったと。だが、これは当たり前だ。片や国勢調査は全数調査。一時的な住所があれば、住所不定無職の人も入る可能性はある一方で、ネット調査には漏れがある。バイアスがかかるうえ、粗雑な議論が論拠になっている。

──統計は迫害もするのですね。

統計を使った「ヘイトクライム」の歴史は古い。これまでも戦争中の各国が相手国民の知能の低さや健康状態の劣悪さを科学的に証明する「統計合戦」を繰り返してきた。異教徒や異民族への迫害は歴史上けっこうあり、同じ国民の組織的な大量虐殺にはスターリンの大粛清やポル・ポトといった例さえある。これらも統計的にある一定のグループへの迫害から始まっている。

──身近な差別から始まると。

特定のグループの悪口を見込んで統計分析を始めるのは、本来科学が満たさなければならない価値自由を放棄した行動や言説に結び付く。それこそ女子より男子のほうが教育効果は高いといった偏見や差別をあおる発言にもなる。

近年の青少年犯罪に対する認識も、統計的事実は一貫して減少しているのに増加していると思いがち。人口1万人当たりでも減少傾向なうえに、青少年の数自体が減っている。にもかかわらず、とかく青少年の犯罪が増加していると口をそろえる。要するにデマが流布してしまう。それだけに外国人犯罪や特定集団への偏見にも気をつけたい。

一般大衆は目先の利害が一致する言説に飛びつきがち


──統計は殺人・環境破壊にも加担しているのですか。

信じられないような統計言説がもてはやされる。受け手の側は聞きたい話をたまたま話されるとまんざらではない。たとえば地球の温暖化は悪夢だし暗澹(あんたん)とするので聞きたがらず、二酸化炭素をどんどん出しても大丈夫だとの話で溜飲を下げたい。たばこを吸い続けても害はないという話なら聞きたい。つまり冷静に考えるとおかしいと思うような間違いは認めたくない。一般大衆は目先の利害が一致する言説に飛びつきがちだ。

──統計解読の極意は。

一見しておかしいと思われる統計が出てきたら、自分で極力補って読む。もともと読み手が補わないと内容が成り立たない場合もある。統計を発信する側も読む側も、神ならぬ身だから完璧ではない。

統計には読み手側に内在する偏見や先入観に迎合したり、無知や事実誤認に乗っかったりするものがある。自分自身の中にそういうバイアスがかかっていないか、同時に検証しながら読むことが必要だ。