福山雅治が持つ、クリエイティブの“二つの軸” 『聖域』インタビューをもとに柴那典が読む

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 福山雅治が2年ぶりとなるニューシングル『聖域』をリリースした。

 筆者は今回、『聖域』の特設サイトでのインタビュー取材を担当した。そこで交わした話の内容は当サイトでも前後編にわたって掲載されている。ガットギターとバンジョーのサウンドが大きなポイントとなったこの曲がいかにして生まれたか。番組の取材でニューオーリンズを訪れジャズの源流に触れたことがどんな刺激になったのか。デビュー27年目となる今、なぜ新しい音楽性への挑戦に取り組んでいるのか。そんなことを率直に語ってもらっている。

 インタビューは新曲についてだけでなく、自らのキャリアとアーティストとしての価値観についても及んだのだが、なかでも印象的だったのは「自分の中に創作の軸が二つある」と彼が話していたこと。その一つは自分へのオファーにどう応えるか、という軸だ。たとえばCMやドラマ主題歌などのタイアップがそれにあたる。これはどんなアーティストでもそうだが、そういったオファーに応じて曲を書き下ろすときは、クリエイティブにある種の制約が加わることが多い。たとえば楽曲のテーマやモチーフが決まっていたり、曲調や求められるイメージに関しての要望があったりする。しかし、それを「制約」と捉えず、いわば「お題」と捉えることによってクリエイティブの発想は広がる。

 福山雅治は、親交も深い箭内道彦の提唱する「クリエイティブ合気道」という言葉をひいて、そのことを語っていた。自分の考えやこだわりに固執せず、合気道のように相手の力を利用する。あえて“流される”ことで、自分だけでは出てこない発想に辿り着くことができる。それが「クリエイティブ合気道」の極意の一つだ。

 そして、もう一つの創作の軸として語っていたのは、よりパーソナルな内面に結びついたもの。自分の中にある、よりセンシティブな感情やエゴイスティックな主張が創作の原動力になっている。シンガーソングライター、つまり曲を作り自らの声でそれを歌うタイプのアーティストである以上、たとえ外側からの刺激によって生まれた楽曲であってもそれが楽曲に出汁のように染み込んでいるという。ヒットを継続して生み音楽活動を続けていくためには、この二つの軸の両方が必要だったと福山雅治は自己分析している。

 話を聞いて思ったのは、この「二つの軸」という話、音楽だけじゃなくいろいろな分野の仕事に当てはまるのではないかということ。クリエイティブな職種なら特にそうだろう。そういう意味で、福山雅治というアーティストの作家性に改めて感じ入るところは大きかった。

 また、インタビューの中には二人の音楽プロデューサーの名前が出てくる。一人は彼にとって初めてのラブソングだった「Good night」(1992年)の制作を共に手掛けた木崎賢治。沢田研二、アグネス・チャン、吉川晃司などを手掛け、90年代以降もTRICERATOPSやBUMP OF CHICKENを手掛けた名プロデューサーだ。もう一人は、今回の『聖域』も含めて制作に全面的に参加し、ツアーのキャプテンもつとめるなど福山雅治の音楽において重要な役割を果たしている井上鑑。70年代の<ナイアガラ・レーベル>時代から大瀧詠一と密接な関係を持ち、歌謡曲の時代から日本のポップスを支えてきた、こちらも名プロデューサー。こうしたつながりも、福山雅治のミュージシャンシップに大きな影響を与えてきたはずだ。

 そして、実際に話してみて強く印象に残ったのは、彼自身が各方面にアンテナを張り、いろんな本や記事を読み、音楽やカルチャーの動向をくまなくチェックしているということ。今回筆者がインタビューを担当したのは初めてだったのだが、実は本人からの指名だった。きっかけは拙著『ヒットの崩壊』とそれにまつわる記事を読んだことだったという。以前に武田砂鉄氏が『紋切型社会』を刊行した後に本人指名でインタビュアーをつとめたという話も聞いていたのだが、正直、最初に話が来たときにはとても驚いた。そしてインタビューを終えて、率直に「男が惚れる」というのはこういうことか、と合点がいった。ラジオでの下ネタや飾らないトークは有名だけれど、それだけじゃなく、クリエイティブに対しての誠実さと、フランクさと、飽くなき好奇心を持ち続けている人なんだと知った。

 インタビューの中で、福山雅治は現在アルバムを制作中だと明かしていた。「聖域」やカップリングに収録された「jazzとHepburnと君と」と同じようにガットギターを用いて曲作りを進めている。

 ミュージシャンの中には、自分のルーツや思春期の憧れ、もしくは求められる像に忠実にあり続ける人は少なくない。つまりファンの期待に応え続ける、いい意味で変わらないアーティスト。しかし、2017年の福山雅治はそこから一歩足を踏み出したようだ。25周年を迎えた2015年にキャリアの集大成を形にしたこともあり、新しい音楽的な刺激をもとに自分なりの化学反応を生み出すべく創作に取り組んでいるという。

 新作がとても楽しみだ。(文=柴 那典)