元水戸のグエン・コン・フオン【写真:Getty Images】

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 黄金世代と呼ばれてきたベトナムU-22代表は8月に“東南アジアの五輪”とも言われるSEA Gamesに出場したが、まさかのグループステージ敗退に終わった。A代表と兼任していた監督が辞任し、サッカー連盟の幹部の交代。9月末に韓国人指揮官を招聘したが、チームを再建することができるのだろうか。(取材・文:宇佐美淳)

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ベトナム黄金世代はいかに育まれたか

 “東南アジアの五輪”と称される東南アジア競技大会(SEA Games)が、8月にマレーシアの首都クアラルンプールで開催された。花形競技の男子サッカーでは各国のU-22代表が東南アジア王者の座をめぐって激突したが、優勝候補の一角とされたベトナムは、まさかのグループステージ敗退。

 チームを率いたグエン・フー・タン監督(A代表・U-22代表兼任)はこの責任を取って辞任した。結局、大会はグループステージでベトナムを下したタイが3連覇を達成。ベトナムには、ただ大きな失望感だけが残る大会となった。

 今大会を振り返る前に、現在のベトナムサッカーを語る上で欠かせない存在があるので、ここで先に触れておきたい。国民的人気クラブのホアン・アイン・ザライ(HAGL)と、その下部組織HAGLアーセナルJMGアカデミーの存在だ。

 SEA Gamesに出場したU-22ベトナム代表は、このHAGL出身のメンバーがスタメンの半分近くを占めていた。HAGLは不動産開発などで財を成したベトナム有数の大富豪であるドアン・グエン・ドゥック氏が2001年に設立。下部組織のアカデミーは、イングランドのアーセナルおよびフランスのJMGアカデミーとの提携で2007年に設立された。国内初のプロサッカー選手育成アカデミーとして、当初から大きな注目を集めていた。

 同アカデミーでは、外国人指導者のもと徹底したテクニック重視のサッカーを教え込まれる。アカデミー生はその後、U-17やU-19など年代別代表の主力となり、各年代の代表ではチームの7割以上をHAGLのメンバーが占めた。

 中でもチームの中心であるFWグエン・コン・フオン(元水戸)、MFグエン・トゥアン・アイン(元横浜FC)、MFルオン・スアン・チュオン(江原FC)、MFグエン・バン・トアンといったアカデミーの面々はアイドル並の人気を獲得。それまでのロングボールに頼ったカウンター一辺倒のサッカーとは異なる攻撃的なスタイルが多くのファンの心をつかんだのだ。

”東南アジアの五輪”ではいつもの悪癖が出て…

 彼らは、“黄金世代”または、この年代の顔であるグエン・コン・フオンの名前をとって、“コン・フオン世代”と呼ばれるようになり、A代表をもしのぐ人気者となっていった。HAGLのドゥック会長は2014年末、当時いたトップチームの選手の殆どを解雇して“コン・フオン世代”を大量に昇格させるという思い切った決断で周囲を驚かせている。

 若手主体のHAGLは、調子の波が激しく、ここ数年は残留争いを強いられているが、MF井手口正昭(今季途中で退団)やDFフェアー・モービー(元SC相模原)といった助っ人の活躍もあって、年々少しずつ順位を上げ、今季はリーグ中位を狙えるかという位置につけている。

 HAGLアーセナルJMGアカデミー設立の目的は、世界に通用する選手を育成して、海外に選手を送り出すこと。それに加え、ベトナムが未だ成し遂げていないSEA Gamesでの金メダル獲得も大きなミッションであり、会長も選手も、この大会に向けて10年もの時間をかけて準備を進めてきた。

 ドゥック会長は大会前、「金メダルが獲れなければ、ベトナムサッカー連盟(VFF)副会長の任を辞する」とまで言い放っており、この大会に向けた意気込みがいかに強かったかをうかがい知ることができる。

 そうして開幕したSEA Game。ベトナムは、格下の東ティモール、カンボジア、フィリピンに大量得点(4-0、4-1、4-1)で3連勝し、グループ首位に立った。エースのグエン・コン・フオンは4得点の活躍を見せて、攻撃陣をけん引。勝てばベスト4が決まる4戦目では、強敵インドネシアを相手に内容では圧倒。しかし、あと一歩を決めきれずスコアレスドローに終わる。

 筆者を含めた記者たちは試合後、口をそろえて「勝てた試合だった。勝たなければならなかった」と話した。当然、監督も選手も、そう感じていたことだろう。嫌な予感がした。ボール支配率で圧倒しながらも決定力に欠いて、体力と集中力を消耗し、やがて自滅するというのはリーグ戦でHAGLがよく見せるパターンだ。

 ただでさえ、SEA Gamesは中1日の過密日程。出ずっぱりのグエン・コン・フオンは、この試合、明らかにパフォーマンスが落ちていた。そして、グループステージ最終戦はベトナムが最も苦手意識を持つ相手、タイである。

新監督は韓国人に。アジアカップ出場目指す

 試合前の記者会見でタイの指揮官は「勝てば我々が逆転でベスト4に進出できる。プレッシャーを感じているのは我々ではなく、首位に立つベトナムの方だ」と述べた。運命のタイ戦は、前半ほぼ互角の展開。しかし、ベトナムは前半終了間際にGKの判断ミスからペナルティマーク付近で間接フリーキックをとられて、タイに先制を許してしまう。

 後半に入って気持ちを切り替えたいベトナムだったが、立ち上がりに再び守備の乱れから失点。その後は途中出場の選手が起点となってPKを獲得するも、グエン・コン・フオンがまさかの失敗。直後に速攻から3点目を決められて、0-3で完敗を喫した。この結果、ベトナムはタイとインドネシアに逆転されて首位から3位に転落。悪夢のグループステージ敗退となった。

 期待が大きかった分、その後のバッシングも大きかった。ファンやメディアから戦犯扱いされたのは、PKを外したグエン・コン・フオンと失点のきっかけを作ったGKフィー・ミン・ロンだ。グエン・フー・タン監督は、試合後の記者会見で辞任を表明。さらに、ドゥック会長も「言ったことは守る」として、VFF副会長を辞任した。国民が夢を託した“コン・フオン世代”のSEA Games挑戦は、まさに最悪の形で幕を閉じた。

 SEA Gamesは惨敗に終わったが、ベトナムA代表は、AFCアジアカップ予選の真っ最中にあり、代表チームの試合はこれからも続いていく。U-22代表メンバーにはA代表にも選出されている選手が多いが、いつまでも敗戦を引きずっているわけにはいかない。

 VFFはSEA Games終了後、すぐに次期監督の選考作業に入った。国民からのプレッシャーを嫌って、ベトナム人は誰も代表監督になりたがらないため、新監督は外国人となる可能性が高いと見られていた。候補リストの中には、かつてベトナム代表を率いたエンリケ・カリスト氏、アルフレッド・リードル氏、三浦俊也氏や、前タイ代表監督キャティサック・セーナームアン氏などの名前が挙がっていたが、9月29日に韓国人のパク・ハンソ氏の新監督就任が発表された。同氏はU-23代表監督も兼任する。

 HAGLのポゼッションサッカーで結果が残せなかったベトナム。ここ一番で勝負弱く、常に王者タイの後塵を拝し続けるベトナム。代表チームの再建は2002年の日韓W杯でフース・ヒディンク監督の右腕として韓国代表のベスト4入りに貢献した指揮官の手に委ねられた。

(取材・文:宇佐美淳)

text by 宇佐美淳