入札をモチーフにしたヴァージントレインズのPRイメージ。実際にはアプリでオークションが行われる(写真:Virgin Trains)

「普通車が満席なのに、グリーン車には空席。空気を運んでいるくらいなら安く分けてくれたら良いのに……」

繁忙期で混み合う新幹線や特急列車に乗ると、こんな恨み節を言いたくなることがある。

英国でこの9月から、「一等車に入札制で普通車からアップグレード」という新しい試みが始まっている。普通車のきっぷを買った乗客は、スマートフォンのアプリ経由のオークションで落札すると、当該列車の一等車に乗車できるというシステムだ。

このような画期的ともいえるスキームを取り入れたのは、航空会社も運営するヴァージングループの傘下で、ロンドンとスコットランドを結ぶ東海岸線(イーストコーストライン)を運営するヴァージントレインズ。同社によると、「ロンドン〜エディンバラ間の普通車と一等車の差額は90ポンド以上」。一等車に乗れば、ゆったりと飛行機のビジネスクラス並みの広い座席に座れるだけでなく、温かい食事を自席で楽しむことができる。そんな充実したサービスが、もしほかに入札者がいなければ最低の入札額5ポンド(約750円)で得られるというのだから驚きだ。

入札は始発駅の発車2時間半前から

では、このオークションの中身を具体的に見ていくことにしよう。

一等車にアップグレードするためには、まず、東海岸線を走る列車の普通席前売り切符をオンラインで購入する必要がある。その後、入札の際にはチケット購入時に付されている予約番号を専用アプリに入力することになる。

オークションに入札できるのは当該列車発車時刻のおよそ2時間半前から30分前までとなっている。5ポンド以上の好きな金額を入力して結果を待つと、落札できた場合はアプリを通じて新しいチケットが送付されるという仕組みだ。

なお、入札できる区間は必ずしも始発駅からだけ、という制限はない。列車が走るどの区間でも入札できる。

オークションが実施されるのは月〜金曜のみ。ちなみに土・日曜は普通車のチケット代プラス一律15〜25ポンド増しで一等車に乗れることになっている。温かい食事ではなく、スナックとお茶程度のサービスのみとかなり見劣りするが。

では、仮に平日に運良く落札できたとしたら、どんなサービスが待っているのだろうか。

始発駅、例えばロンドンのキングスクロス駅で列車に乗り込むと、一等車の座席にはあらかじめお茶をサービスするためのマグカップが置かれている。コーヒーと紅茶は飲み放題、それに加え、朝昼晩と異なるメニューの充実したミールサービスがある。朝なら、卵料理、ベーコンなどがマッシュルームや焼いたトマトとともにサービスされる本格的な英国式ブレックファーストが提供される。ランチタイムなら軽めにサンドイッチかソーセージロール、あるいはしっかり食べたいならリゾット、といったように5種類ほどのメニューから選ぶことができる。ディナータイムにはランチ時に出るメニューに加え、本格的な肉料理もリストに加わることになっている。飲み物はソフトドリンクだけでなく、ビールやウイスキー、各種のワインなどから選ぶことができる。


一等車の車内。メニューと共にお茶のセットが各席に準備されている(筆者撮影)

街のレストランでランチやディナーを食べると、飲み物を付けてサービス料まで払うと最低でも20ポンド以上はかかる。だとしたら4時間前後かかるロンドンからスコットランドまでの汽車旅において、もし1人20ポンド程度でアップグレードの権利が落札できたら、ずいぶんとお得感があるだろう。一等車では出発前にラウンジに立ち寄れるのも大きな特典のひとつ。ここでもお茶やビスケットなどを自由に楽しむことができる。さらに、ラウンジでも車内でもWi-Fiの利用はすべて無料。充電用のコンセントが自由に使えるのもうれしいサービスだ。

航空会社では一般的な手法に?

ヴァージントレインズは、鉄道業界では「世界で初めて」と豪語しているが、実は航空会社では上級クラスの席を埋めるためのスキームとして広く行われている。

入札に当たっては、各航空会社所定のウェブサイトを開き、予約番号を入れてチェックすると、当該のチケットでオークションに参加できるかどうかの可否とともに返答が来る。買ってあるチケット(もしくはそのフライトの空席状況により)入札ができる状態であれば、「入札の最低〜最高額はいくら」という案内が来るので、適当と思われる額を入れて結果を待つ、というシステムとなっている。


ロンドン・キングスクロス駅で発車待ちのヴァージントレインズ長距離列車。来年には順次日立製車両に置き換わる(筆者撮影)

このアップグレードのオークションは、各航空会社が指定する外部の業者により運営されている。システムを提供する会社のひとつで、カナダ・モントリオールを拠点とするプラスグレード社の関係者は、「世界のおよそ50社と提携している」と説明。システムを導入している航空会社の中には、日本にも乗り入れているルフトハンザ航空とその傘下各社をはじめ、シンガポール航空、キャセイパシフィック航空、カンタス航空などが含まれている。ヴァージントレインズがこのほど取り入れたシステムも航空会社のアップグレードオークションで実績のあるシートフロッグという会社が取り仕切っている。

来年からは新型車両の一等車がオークションに

ヴァージントレインズが運行する東海岸線を走る高速車両は、ほとんどが30年以上前に造られたものだ。椅子やテーブルなど内装をリニューアルしながらなんとか使っている、という状況にある。

筆者もときどき日本からの出張者と一緒に同線の列車に乗ることがあるが、誰もがたいてい「この電車、どうしてこんなに古いの?」と尋ねる。それもそのはず、ドアはすべて手動で開け閉め、トイレやデッキと出入りするドアなど内装のあちこちに老朽化が目立ち、いくら椅子を新品にしたところで古さは隠すことができない。

しかし来年になれば、東海岸線を走る長距離列車は新型車両に次々と置き変わることになっている。はたして、どんな乗り心地の列車になるのだろうか。新型車両の一等車を格安で楽しむことのできる日が間近に迫っている。