―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

麻里は本気の婚活を決意したが、優良物件の男たちとのデートはうまく行かず、元彼に心なびくものの、「結婚」という言葉を出した途端に引かれてしまう。

そして麻里は、とうとう自分を騙した既婚男・浩一を利用し、運命の男に出会う...?




「後輩の、優樹です」

麻里が振り向いた先には、つい先ほど『上島珈琲店』で見惚れた男が立っていた。

派手ではないが、爽やかで整った顔立ちはハンサムで、控えめな優しい笑顔が素敵だった。一言でいえば、外見がとにかく超ド級に麻里のタイプなのだ。

彼はアフロ氏とガリ勉くんよりも後輩で、29歳だという。年齢的にも文句はない。

こんな素敵な人が外資系投資銀行に勤めるエリートで、スペックにも申し分がないだなんて、もはや運命としか思えなかった。

あまりの感激に、麻里はジワジワと頬が熱くなるのを感じる。

「あの...さっき、すぐ近くの上島珈琲で、本読んでましたよね?」

思わず聞いてしまうと、優樹は「えっ」と驚いた顔を見せた。

「い、いました!つい、小説に夢中になって遅刻しちゃって...すみません!」

恥ずかしそうに微笑んだ優樹と、視線が絡まる。

この瞬間、麻里は本能的に、自分はこの男の妻になりたいと強く思った。


有頂天になる麻里。そして、男の反応は...?!


港区女子に“ビビビ”と電流が走った瞬間


「えー、優樹くん、さっきいたの?全然気づかなかったぁ」

みゆきが隣で目を丸くする。

幸い彼女は優樹に特に関心がないようで、意外にも音楽好きのアフロ氏と話が盛り上がっており、麻里はホッと胸をなで下ろした。親友と興味の矛先が被るのだけは御免だからだ。

麻里はこれまで、運命や一目惚れといった類の現象を全く信じていなかった。

なぜなら、そもそも特にこの東京の中心部では、男女はある程度の同じ環境やバックグラウンドを持ち合わせた者同士で出会うことがほとんどだ。

人脈やコミュニティは何かしら被っているし、初対面でもFacebookで名前を検索すれば、5人以上共通の知り合いがいることはザラである。(そして、その顔ぶれによってその人の出自、場合によっては人格まで何となく分かってしまうのが恐ろしい)

だから、せっせと出会いの場に赴いても同じような面子に出くわすことも多いし、「ちょっとイイかも」と思ったとしても、それは軽い身辺調査の結果“問題ナシ”という意味であり、感情的に動かされることは少ない。

しかし、優樹を前にした麻里は、これまでの懐疑的で斜めな心構えからは一転、一気に頭に花が咲いたような乙女モードに突入した。

何というか、少々古い言葉で言えば、まさに“ビビビ”と身体中を電流が走ったのだ。

しかも、それは麻里の一方的な思い込みというわけでもなかった。




「麻里ちゃんみたいな綺麗な人に見られてたなんて...なんか恥ずかしいな。それにしても、同じ場所にいたなんて、すごい偶然だね」

優樹も優樹で、この偶然の出会いが効いたのか、熱っぽい瞳で麻里を見つめる。

二人は食事会の間中、まるで青春ドラマのウブな高校生カップルのように、お互いの自己紹介をポツリポツリと語り合った。

しかも、二人の間には共通点が多かった。

東京出身であること、読書が好きなこと、長男長女で2つ年の離れた弟と妹がいること、そして、たった一週間違いの12月生まれであること。

「何だか、二人はすごくお似合いじゃない?もう、付き合っちゃいなよ」

テーブルの端で二人きりであまりに仲睦まじく話していたため、食事会の他のメンバーは、もはや冷やかしモードだ。

既婚者の浩一がイイ感じで野次を飛ばしてくれたので、麻里は心の中で“good job!!!”と賞賛を送った。

「浩一さん、そんなこと言ったら麻里ちゃんに失礼ですよ。こんなに綺麗な女性に、僕なんか...」

照れて焦った優樹の横顔に、またしても胸を締めつけられる。

―なんて謙虚なひとなの...!

出会ってたったの数時間。

麻里はすっかり恋の予感に浮かれていた。


ますます盛り上がる二人。麻里に婚活卒業の兆しが...?!


ギラつく戦場のような港区が、ロマンチックなワンシーンに早変わり


「麻里ちゃん、近くに住んでるんでしょ?よかったら家まで送るよ。あ、もし迷惑じゃなかったら...!」

食事会が終わり『トラットリア ケ パッキア』を出ると、優樹は遠慮がちに言った。

麻里の部屋までは、徒歩10分弱の距離だ。

「迷惑だなんて...!嬉しいです。ぜひ...」

打算もない、猫かぶりでもない、ただの本心が麻里の口から零れる。

どうしてだろう。優樹といると、なぜだか心が洗われるような素直な気持ちになった。

「なんか...先輩からのこの類の呼び出しで、本当に楽しく話せる女の子と出会えたのって初めてで、すごい緊張しちゃうな...。あ!そんなに頻繁に飲んでるわけじゃないんだけど!」

「あはは、分かります。私も...実は同じような感じです...」

麻里が答えると、二人は同時にクスクスと笑った。

そう、優樹もきっと同じ思いなのだ。

普段は食うか食われるか、ギラついた男女の攻防戦が永遠に繰り広げられる港区という名の戦場で、これほどピュアな出会いなど、そう簡単にはあり得ない。




二人の間に流れる、この甘酸っぱいような、淡い恥じらいが混じる何とも言えない独特な空気は、一体何なのだろうか。

優樹の顔は、麻里が見上げると、ちょうど自然に上目遣いになる位置にあった。

マツエクは3日前に70本ずつリペアしたばかりだから、夜道の適度なネオンの照明の中で、麻里の瞳はイイ感じに演出されているだろう。

「よかったら、また会ってもらえないかな?俺なんかが麻里ちゃんみたいな人を誘うなんて、図々しいだろうけど...」

優樹は、どこまでも謙虚だった。

それなりに女慣れはしているだろうが、きっと本当に真面目な人なのだろう。このような飲み会の出会いから一歩先へ進むのを、まるで悪いことのように思っている風の口ぶりだ。

「私も、優樹くんにまた会いたい...」

いつもなら俗っぽく感じる麻布十番の景色が、まるで古い映画のロマンチックなワンシーンのように思えた。

麻里の住むマンションの前に到着すると、優樹はぎこちなくLINE交換を提案し、「またすぐに会おうね」と、名残惜しさたっぷりに別れた。

家の前から男の姿が見えなくなるまで何十メートルも見送り続けたことも、麻里にとっては初めての経験だ。

―結婚相手って、こんな風に突然見つかるものなのね...。

“イチ、抜けた”

麻里は静かな感動とともに、壮絶な婚活から足を洗う歓びをしんみりと味わった。

しかし。

その夜も、次の日も、3日経っても、1週間が過ぎても、優樹からのLINEは一向に送られて来なかった。

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運命には間違いない!それなのに、優樹から連絡が来ない理由とは...?!