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ここからが本番

前半にはいささか馴染みのない「大衆車」があったかもしれないが、後半には、あんなクルマやこんなクルマが登場する。「大衆」という言葉が似合わないクルマも含めて、どういったクルマが世界で受け入れられたかを、ぜひ日本のガラパゴス的思考を捨てて楽しんでいただきたい。

フォード・マスタング(1964年)


このクルマがこれほどの人気を博すとは、いったい誰が予測できただろうか。最初の2年間で100万台以上を達成したという販売はアメリカの最速記録だが、これは豊富なオプションと競争力のある価格設定のたまものだ。

トヨタ・カローラ(1966年)


エキサイティングさに欠けるという点でも屈指のクルマだが、50年以上、11世代にわたり4000万台以上を販売し、今もまだその数字を積み重ね続けているという事実は偉大だ。

フィアット124(1966年)


フィアット名義での200万台を超える生産台数も立派なものだが、ロシアのラーダ名義では1700万台以上が製造されている。フルモデルチェンジなしでの販売台数としてみれば、フォルクスワーゲンの元祖ビートルに次ぐ数字だ。

フォード・エスコート(1968年)


エスコートは、コーティナと同じ文法に則って生み出されたクルマだ。すなわち、万人受けするラインナップを構築し、モータースポーツでの成功を積み重ね、価格設定を低くしたのである。スポーティな仕様は、いまではコレクターズアイテムとなっている。

ジャガーXJ(1968年)


XJが大衆車?そう、ラグジュアリーを大衆にもたらしたのはXJだ。すべてのジャガーは「グレイス、ペース、スペース」、つまり気品と速さと広さを、高級車市場のライバルたちよりずっと低い価格で提供してきた。それらの多くが今や取り消されてしまっているのは、残念でならない。

プジョー504(1968年)


アフリカに行くと、いまだに504のワゴンとピックアップであふれているが、これは主に、このタフで実用的なクルマが、彼の地では比較的最近まで生産されていたからだ。それに対しクーペとカブリオはレアで、コレクターの注目を集めるものになっているが、特にオープンボディの方は素晴らしくハンサムだ。

フォード・ピント(1970年)


日欧のライバルに対抗すべく開発された経済性重視のクルマだが、根本的な構造上の欠陥を隠蔽したまま開発され、それがもとで、追突された際に炎上する大事故が発生。付いた仇名は不名誉にも「4人座れるバーベキュー」というものだった。

フィアット127(1971年)


悲しいことに今や大部分のひとびとは忘れているが、127は1972年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーだった。生産はスペインと南アフリカでも行われ、生産台数は370万台以上。スペインのセアトや、ユーゴスラビアのツァスタバでも製造された。

フィアット126(1972年)


少なくとも当初は、ヌオーヴァ500のメカニズムに新しいボディを架装したようなものだった126は、先代に当たるその500ほど活力みなぎるクルマではなかったが、それでも販売台数では上回る。セアトとツァスタバでの生産分を含めて、およそ470万台が生産された。

ホンダ・シビック(1972年)


ベーシックな足グルマとしてその歴史が始まったシビックだが、今やこのクラスの小型ハッチバックとしては豪華で比較的高価なクルマになってしまった。10代目を数える現行モデルまでの販売台数は、1800万台を超える。

ルノー5(1972年)


ルノーの、4に続くもうひとつのスマッシュヒット。12年で550万台が生産された。基本的にはユーティリティ重視の足グルマだが、ミッドシップのターボ2を含め目覚ましいスポーティ仕様も存在した。

フォルクスワーゲン・ゴルフ(1974年)


ビートルに取って代わる主力を生み出すのは容易なことではない。しかし、フォルクスワーゲンはジウジアーロの力を借りて、それをやってのけた。偉大なパッケージング、幅広いエンジンの選択肢、そして質実剛健な装備。たちまちスマッシュヒットを飛ばした。現在は7代目となるが、欧州でのこのクラスの揺るぎないベストセラーだ。

フォルクスワーゲン・ポロ(1975年)


パサートやゴルフ、シロッコに続き、フォルクスワーゲンもうひとつのヒット作となったポロ。その要因は他を圧倒する生産品質と故障しにくいエンジンだった。先に登場したアウディ50をベースとしたフォルクスワーゲンのエントリーモデルで、これ以降、アウディは逆に上級移行を進めた。

フォード・フィエスタ(1976年)


フォード初のエンジン横置きFF車は大ヒット作となったが、特に人気が高まったのはスポーティ仕様の導入後だ。。つい先頃、8代目となる最新モデルが発売された。

ヴォグゾール・アストラ(1979年)


フォード・エスコートへの対抗車種で、欧州本土ではオペル・かデットとして販売。現在でも保護する価値があるのは、エスコートXR3iに挑むべく用意された、初期のGTEぐれーどのみだ。

トヨタ・カムリ(1982年)


欧州のユーザーにはなじみがなく、日本でも存在感を失って久しいカムリだが、とにかく北米市場にめっぽう強い。そのおかげで、累計1000万台以上を売っている。

フィアット・ウーノ(1983年)


900万台以上が販売されたことで、127の後継車種としての役割を十分に果たしたウーノ。1984年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーで、背が高いコンパクトカーというトレンドを生み出した。

オペル・コルサ(1983年)


欧州の自動車教習所での定番となったコルサは、カデットとヴォグゾール・シェヴェットの後継車種。ヴォグゾール版の初代はノヴァと呼ばれた。豪州ではホールデン名義で販売された。

プジョー205(1983年)


1980年代の欧州車を代表する一台。今見ても素晴らしいクルマで、フランスでは相当な台数が今も走っている。デザインはピニンファリーナで、15年に渡り520万台以上が生産された。

フォード・トーラス(1986年)


700万台以上を売ったフォードの看板車種で、マーキュリー仕様のセーブルも設定された。昨年には7代目が発表されたが、それは今や中国専売モデルとなっている。

プジョー405(1987年)


500万台ほどが生産された405だが、現在もエジプトとイランでその数字を伸ばし続けている。かつてはマレーシアや台湾、ポーランド、インドネシア、ジンバブエなど、世界各国で製造された。

マツダMX-5/ミアータ(1989年)


もちろん、われらがユーノス・ロードスター。現代版のカニ目とも言うべき手頃なスポーツカーだが、洗練度でははるかに上を行く。ドライビングを楽しむのに、無駄なパワーや豪華さは必要ないことを改めて教えてくれた。4世代にわたり、100万台以上が世に送り出され、今もその数を伸ばし続けている。

ルノー・クリオ(1992年)


初代も人気だが、1998年登場の2代目も輝かしいクルマだった。フランスと南アフリカで、およそ540万台が生産された。

フィアット・プント(1993年)


多くの素晴らしいコンパクトカーを送り出してきたフィアットだが、それらも霞むような900万台規模のセールスを、3世代で積み重ねてきたプント。しかし、現行モデルは登場から12年も経ち、最新のライバルたちに遅れをとったクルマとなっている。

フォード・フォーカス(1998年)


欧州ではもっともポピュラーで、もっとも愛されたクルマのひとつに数えられるのが、誕生から20年ほどを数えるフォーカス。時代遅れになっていたエスコートの後継だが、その世代交代は飛躍的な進化を伴った。洗練されたサスペンションはグレートなハンドリングを生み、フォード開発陣の苦労に報いる大規模なセールスを記録した。

プジョー206(1998年)


900万台以上を売る大ヒットとなった206は、いまだにプジョーの最多販売記録保持車だ。かつてはチリやインドネシア、中国などでも生産され、イランでは現役を張っている。