米韓FTAを破棄するとぶち上げたトランプ大統領の思惑は(写真:Carlos Barria/ロイター)

9月上旬、米韓自由貿易協定(FTA)を破棄するという米トランプ大統領の狂った思いつきによって、米国の政治システムが試された。幸い、全面的ともいうべき非難の前にトランプ氏は後退を余儀なくされた。貿易・外交の専門家、共和党議員、経済界からだけでなく、政権中枢でも静かな抵抗が広がっていたからだ。

圧力が機能したのはよかった。だが、専門家の間には「時間を買っただけで、問題はいずれ蒸し返される」との懸念が広がっている。

根拠は十分にある。トランプ氏が本気でFTAを破棄しようとしていたからだ。これは単なる脅しや交渉テクニックではなかった。

トランプ大統領がいきなり…

各種情報によれば、事の顛末はこうだ。韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が6月にトランプ氏とワシントンで首脳会談を行ったとき、FTA再交渉は予定された議題にはなかった。にもかかわらず、トランプ氏は「この場でFTAの再交渉をしよう」と、いきなり文氏に切り出した。文氏は同意しなかったが、それでもトランプ氏が共同記者会見で一方的にFTA再交渉を宣言するのを止められなかった。

米通商専門誌『インサイドUSトレード』によると、8月22日の両政府会合で米国は韓国に対し、FTAで定められた期限とは関係なく、農産物関税の即時引き下げを迫った。一方で米国側の関税引き下げについては、予定から5〜10年の延期が容認されるべきと主張した。米政府からの交換条件は何もなく、韓国はもちろん要求を拒んだ。

これを受けて、トランプ氏は米韓FTAの破棄を決めた。案が示されたのは、8月28日の閣僚会議だ。出席者の一人はある消息筋に対して、「この件はトランプ氏に対する個人的な忠誠心を問う問題として扱われた」と話している。

会議の場で反対したのは一人だけだったが、非公式にトランプ氏に反対した人物はほかにもいる。異論を唱えた人物の中には、ケリー首席補佐官、マクマスター国家安全保障担当補佐官、マティス国防長官の重鎮3人が含まれる。農業セクターが米韓FTAの恩恵を受けているため、パーデュー農務長官も非公式に反対した。

トランプ氏はなぜ、米韓FTAをぶち壊そうとしたのか。何人かの政権インサイダーは、単に韓国政府から譲歩を引き出すためのハードな交渉テクニックにすぎなかったと言う。一方で、カナダとメキシコにタフなメッセージを送ろうとしていたのだ、との見方もある。北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉で米国の条件をのまなければ、協定破棄の可能性だってある、とのメッセージである。

タフガイであると示したい

またトランプ氏が経済関連の公約をまるで実現できないでいることも背景にあると考えられる。オバマケア(医療保険制度改革)を撤廃できず、メキシコ国境に建設すると約束した壁についても議会の承認を得られなかった。移民問題についてくだを巻いている中、韓国に対してタフガイであることを示せば、支持者を喜ばせる何らかの話題を提供できる。

ある消息筋によれば、トランプ氏は当初、NAFTAの破棄を側近に語っていたのだという。だが、通商製造政策局のトップを務める超タカ派のナバロ氏が、返り血を浴びるのは米国の企業や労働者だと忠告。代わりにナバロ氏が生け贄として差し出したのが、米韓FTAの撤廃だったという。

幸い、トランプ氏はほえまくっているほどには過激な言葉を行動に移せない。だが、支持率が低下すればするほど、米韓FTA撤廃のように支持者を興奮させる話題を持ち出したくてたまらなくなるだろう。米国政治は今のところ試練に耐えているが、前途は多難だ。