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孤独死や特殊清掃にまつわる取材をしていると、関係者から「セルフネグレクト」という言葉を聞くことがある。直訳すれば、自己放任。必要最低限の食事を摂らなかったり、具合が悪くなっても医療を拒否する など、自身の健康を悪化させるような行為を指している。

社会問題となっている孤独死やゴミ屋敷の背景には、高い割合でセルフネグレクトの傾向が確認されているという。未然に防ぐことはできないのか。ユニークな取組みで実績を上げている家事代行業者の現場を追った。(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)

●「うちのお部屋って、こんなに広かったんですね」

築30年ほどの一戸建て玄関の扉を開けると、腰のあたりまで隙間なく積もったごみの山が現れた。現場取材の前に手渡された業務用マスクの隙間からも、生ごみを何日も放置したような悪臭が鼻をついた。キッチンの床を一瞥すると、潰れて平らになったゴキブリの死骸が目に入り、その気味の悪さから思わずしり込みしてしまう。

すぐに典型的なセルフネグレクトだと感じた。住人の松山結子さん(仮名・64歳)が20年以上にわたってため込んでいたものだ。結子さんの一人娘である松山早紀さん(仮名・29歳)は、高校卒業までずっとこの家で母親と生活してきたのだという。両親は、早紀さんが物心ついたときには、すでに離婚していた。

早紀さんは、最初は不安そうにしてしたが、家事代行業者「御用聞き」(本社・東京都板橋区)のスタッフが、1つずつ丁寧に物を運び出し、リビングの床が少しずつ見えてくると、ホッとしたかのように、「うちのお部屋って、こんなに広かったんですね」と笑顔を覗かせた。

早紀さんの母親は、早紀さんが生まれた時から精神疾患を患っていて、今も病院に通院中だ。ごみが増え始めたのは、早紀さんが小学校5年生の頃。当時から物は多かったものの、まだ床が見える状態だった。しかし、やがて床が見えなくなり、ごみの層ができ始めていく。今では腰のあたりまで達するほどで、重量に換算すると10トンにも及んでいた。きっかけは正直よくわからないが、病気の進行が要因ではないかと早紀さんは語る。

この家の中で長年生活していたとは、にわかには信じ難かった。早紀さんの心境を思うと、心が痛んだ。なぜなら、そこは早紀さんにとっては子供の頃から慣れ親しんだ我が家であり、青春時代の原風景でもあるからだ。

●「いつもずっとあの家が心配でした」

「自分の部屋というか、空間は、2階に布団が敷ける一畳ほどのスペースだけしかありませんでした。カラーボックスの中に教材を置いて、小さいローテーブルを出して、ほんのわずかなスペースで、宿題したりしていましたね。普通の家庭だとは思えない中、これまでなんとか生きてきました」

お友達の家に遊びに行っても、うちとは違う、ずっとそんな違和感を感じていた。しかし、そんな家庭の実情を他人に知られるのは恥ずかしいという思いもあり、誰にも相談することはできなかった。

早紀さんは、これまでに何度も片付けの提案をしたが、その度に母親とはケンカになったという。

「整理整頓とか、片付けるというレベルではなくて、本人は捨てるという行為すら忘れているというのが正しいと思います。何度か片付けにチャレンジしようとしたんですが、本人にとってはプライドもありますし、ごみ屋敷であることを話題にすることすらタブーでもあるんです。

だから毎回、言い争いになりました。本人は病気だからしょうがないというのを建前にしているものあったし、それは事実なのは、私も分かっていたので、言いたいことを言いきれないんです」

早紀さんは、そうこうしているうちに、進学と就職で実家を離れることになった。しかし、家を離れても、「ごみ屋敷で火事」などのニュースが報道される度に、自分の家のことが頭をよぎり、そのたびに不安にさいなまれた。

「家の中で転んで倒れていたらどうしようとか、もし火災が起きたらとか、いつもずっとあの家が心配でした。何か問題が起きたときに、どうしようって気を揉んでいました。小さいころからずっと悩んでいたんですが、誰にも相談できなかった。

母親がそういう状況であることを話したら引かれそうで言えない。家族としては、片づけたいという気持ちがあっても、周りにヘルプを出すのはハードルが高いんです。だからこそずっと、悶々と悩み続けるしかなかった」

●ゴミの中にある「キーアイテム」探し

母親の入院をきっかけにして、早紀さんは母親を説得して、同意のもとで「御用聞き」という業者を知り、意を決して連絡を取り、実家の片付けを依頼した。

地域のちょっとした困りごとに対応する100円家事代行サービスで、度々メディアに取り上げられる「御用聞き」が、いわゆるごみ屋敷の清掃に乗り出したのは2017年3月のことだ。これまでに、関東で30件以上のごみ屋敷の片付けを行っている。

近年、ごみ屋敷は度々話題になっているが、行政もその対応に苦慮をしているところが多い。

「御用聞き」と他の業者との違いは、粘り強く当事者の心に入り、その人の生きがいを一緒に設定するというところだ。代表の古市盛久さんはこういったごみ屋敷の住人に心理についてこう語る。

「片づけられないお部屋は、実際に、まだそこに生活者が住んでいるケースが多いんです。そうすると、ご本人から『あぁ、これはダメ』『それは捨てないで』もしくは『全部捨てないで』という矛盾する感情が入り乱れているのです。片付けたいというよりも、何とかしたいという気持ちがあるんです」

ごみ屋敷の強制撤去が度々話題になるが、古市さんたちは、まずは本人に会うのが前提で最初は決して物を捨てない。

一見すると、全部ゴミじゃないのかと考えがちだが、その人にとってはゴミではない。ポイントは、その中に共通点である「キーアイテム」を探すことだという。古市さんは、それをプロファイリングだと説明する。

例えば、枯れ枝がゴミの階層に度々埋もれていたケースでは、当事者が過去に生け花の先生をしていたことが分かった。そこで、「わたしたちと一緒に片付けて、生け花のスペースを作って、ヘルパーさんを驚かせませんか」と未来の提案をしたのだという。

「その人にとって、手の届く目標が生まれると、優先順位がつくんです。優先順位ができると、どうしてもやりたいから、生け花のスペースを作るのにこれが邪魔だったら、あなたの好きにしていいよとか、この紙袋は捨ててもいいよとか、となる。捨てるという意思決定が自分でできるんです。結果的にそれがお片付けにつながっていく。私たちはある目標を目指して、共同作業で行うというアプローチをしています」

古市さんは、片づけることが前提だと、そもそもなぜ片づけないといけないのか、本人にとっては片付ける意味や動機付けがないので、結果的に片付けられないのだと力説する。

●増える「子ども、親族からの依頼」

高度経済成長の時期をアパレル店員として過ごした60代の女性は、大量の洋服が捨てられずに、部屋の中で山のように積もり、インターホンすら見つからなかった。古市さんたちはそのマンションに月2回の頻度で通い、完全な片付けまでに、10か月以上を費やした。

極度に環境が変わってしまうと、それが本人にストレスになるため、10割片付けて、3割を戻すという作業を行ったからだという。本人のペースで片付けを行うことで、阿吽の呼吸が生まれ、そろそろ、全部片づけてもいいかなという気持ちになり、最後の難関であった2台の冷蔵庫も最近になってそのうちの1台を運び出すことができたのだそうだ。

ごみ屋敷案件では、早紀さんの例のように実子など、親族からの直接の依頼も多い。その際、依頼者は「御用聞き」のことを、「お母さん、『御用聞きさん』といって、話を聞いてくれるお兄さんたちよ」と紹介するんですよ、と言って古市さんは笑う。処分屋でもなく、片付け屋でもなく、優しいお兄さんたち――と。

しかし、それは言い得て妙だと感じる。確かに、古市さんたちは今までにない新しい潮流を作り出そうとしているからだ。

そして、それは今まで誰もが関わることを避けてきた分野ではなかっただろうか。

ごみ屋敷というと、奇異の目で見られることが多いが、それはその人の人生のほんの一面でしかない。もっと言えば、そこには必ず「大切なメッセージ」が隠されている。私は、これから、「御用聞き」のような取組みがもっともっと増えるべきだと思う。

孤独死3万人時代――、それは急速に分断と孤立化が進む日本の社会の現状を突き付けるものであり、コミュニケーションの衰退がもたらす心身への悪影響の結果でもある。わたしたち一人ひとりが、このような問題をネグレクト(放置)しないこと、そこからしか道は開けないと感じている。

(前編;孤独死の背景に「セルフネグレクト」枕元に尿、ゴミの中で絶命…特殊清掃業者の現場 → https://www.bengo4.com/internet/n_6713/ )

【著者プロフィール】

菅野久美子(かんの・くみこ)

ノンフィクション・ライター。最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の現場にスポットを当てた記事を『日刊SPA!』や『週刊実話ザ・タブー』などで執筆している。

(弁護士ドットコムニュース)