安室奈美恵さんが1年後の引退を発表してから1週間あまり。この間、多くのメディアがさまざまな記事を報じました。引退の理由は「40歳で引退という美学を貫いた」「『劣化した』と言われるのを嫌った」「デビュー25周年と長男が来年5月で成人するという節目」などと報道されていますが、いずれも憶測にすぎません。

 さらに「音楽プロデューサーと再婚か」「引退後は京都移住へ」などと報道が過熱していることから、安室さんが公式サイトで「マスコミの皆様どうかお願いです、家族、スタッフに対する過度な取材を止めていただけないでしょうか」と配慮を求める事態になりました。

 引退の反響がここまで大きくなっているのは、主に2つの原因が考えられます。

ベストパフォーマンスへのこだわり

 1つ目は、安室さんの類まれな功績と活動スタンス。10、20、30代の各年代でミリオンセラーを達成したほか、1990年代のアムラーブームなど、記録的セールスやアイコンとしての存在感は、唯一無二のものがありました。

 それを一層輝かせているのは、音楽に向き合うストイックな活動スタンス。「ライブは歌とダンスだけで構成し、MCを挟まない」「テレビには音楽番組すら出ない」など、安室さんは「ファンにアーティストとしてのベストパフォーマンスを見せること」に専念してきました。気さくなキャラクターやトークを売りにするアーティストが多い中、ここまでのストイックさは異例です。

 また、安室さんは人気絶頂の20歳で結婚し、出産のために休業。しかし、直後に母親が殺害される事件が起き、その後も離婚を経験し、セールスが低迷するなどのつらい時期を過ごしました。そんな苦難を自力で乗り越えたことで、ファン層を拡大。昭和の大スターや世界的アーティストがそうであるように、「すべての行動が強い意志で貫かれている」「芸能活動とプライベートがリンクする」というスーパースターらしい生き様を見せることで、カリスマ性を増していきました。

山口百恵さん以来の潔い引き際

 女性芸能人の引退理由は、ほとんどが結婚であり、そのほか、学業専念、違う職業への転身、不祥事などがありますが、今のところ安室さんはどれも該当しません。それだけに過去の芸能人で安室さんと同じケースはないのですが「一時代を築き、人気絶頂での引退」という意味では、やはり山口百恵さんが近い気がします。

 百恵さんは1980年に三浦友和さんと婚約したことで引退を発表し、7カ月後に引退コンサートを行いましたが、結婚の時期は百恵さんが21歳、安室さんが20歳とほぼ同じ。安室さんはその直後、出産による休業を経て復帰しましたが、今回の引退後は百恵さん同様に「メディアには全く姿を見せないだろう」とみられています。

 女性たちが憧れるのは、二人のような潔い生き様を見せるアーティストであり、約37年の年月が過ぎても、それは変わっていないのでしょう。ちなみに、同じ歌手でも演歌の世界では、森昌子さんのように引退後に復帰する人も少なくありませんが、安室さんはよほどの事情がない限り、その可能性は低そうです。

スクープを奪い合うメディアと記者

 引退の反響が大きくなっている2つ目の理由は、メディアスクラムの激化。メディアスクラムの意味は、社会的関心度が高い出来事に記者が殺到し、当事者だけでなく、家族、友人、近隣住民などにも強引な取材が横行すること。1981年のロス疑惑、1997年の毒入りカレー事件などで見られた相手と場所に配慮しない取材姿勢が、2010年代後期になって再燃しているのです。

 しかも、その大半が芸能人に関するニュース。昨年から、数々の不倫、SMAPの解散騒動、小林麻央さんの闘病に関する報道が過熱し、そのたびに当事者や関係者のプライバシーが脅かされています。ネットメディアの数が増え、それを見るスマホやタブレットなどのデバイスが充実。テレビも平日の朝から夕方までニュース系情報番組が占める状態になるなど、報道が過熱する条件がそろいました。ネットでもテレビでも、以前の何倍もの芸能ニュースが流されているのです。

「スクラム」と聞くと、ガッチリ肩を組んで仲良くなるという良いイメージがありますが、このケースでは真逆。「ライバル関係にある記者たちが取材対象者を囲んでボールを奪い合う=出し抜いてスクープを取る」という悪いイメージのものにほかなりません。特に、テレビ出演せず、プライベートを話さない安室さんは、記者たちにとっては格好の標的。バラエティー番組で面白おかしく話すアーティストが多い中、ミステリアスな安室さんはニュースバリューが高いのです。

 今後は集大成となるベスト盤のリリースや、日本全国とアジア各国へのツアーなどが予定されているそうですが、良くも悪くも、記者たちの密着取材は避けられないでしょう。それでも安室さんは、これまで通り強い意志を貫き、思い描く引退を実現させるはずです。その意味で、ファンも記者も「安室さんから1年間かけて楽しめる贈り物をもらった」と言えるのではないでしょうか。

(コラムニスト、テレビ解説者 木村隆志)