「D列車でいこう」「終電の神様」など鉄道小説でヒットを連発する阿川大樹氏(撮影:尾形文繁)

「D列車でいこう」(徳間文庫)という小説をご存じだろうか。才色兼備の女性MBAホルダー、元銀行支店長、鉄道ファンの元官僚という3人組が地方の赤字ローカル線立て直しに奔走するというストーリーだ。奇想天外に見えるストーリーながら、訓練費用の自己負担を条件に運転士を養成するというアイデアがその後いすみ鉄道で実現するなど、世の中の動きを先取りしている部分が少なくない。
著者の阿川大樹氏の近著は「終電の神様」(実業之日本社文庫)。夜の満員電車が事故で運転を見合わせ、それによって思わぬ転機を迎えた乗客たちを主人公にすえた短編集で、先ごろ「第9回エキナカ書店大賞」を受賞した。
両方とも鉄道を題材とした小説だが、「決して鉄道ファンではない」と阿川氏はいう。それでも2冊の鉄道小説には、阿川氏の鉄道に対する尋常ならざる視点が感じられる。その創作の秘密について、阿川氏に聞いた。

――いきなりですが、「D列車でいこう」に出てくる鉄道会社のモデルは錦川鉄道ですか。

そうです。路線距離や駅の数は錦川鉄道をモデルにしています。でも、さすがですね。なぜわかったのですか。

――作中では広島県の鉄道会社となっていましたが、広島県には該当しそうな鉄道会社がなく、隣の山口県の錦川鉄道なら赤字額や路線距離が近いかなと。では、なぜ錦川鉄道をモデルにしたのですか。

僕は鉄道にそれほど詳しくないので、非現実的な物語にならないように全国にある鉄道会社の数字をいろいろ調べ、物語で使えそうな鉄道会社を探したんです。

自腹で運転士養成、いすみ鉄道で実現

――訓練費の自己負担を条件に運転士を養成するというアイデアは、その後実際にいすみ鉄道が実行しましたね。

そうですね。フィクションで書いたことが現実の世の中で起きるというのは、ちょっと痛快ですよね。同社の鳥塚亮社長にはお目にかかったことがあります。「D列車」を読んだとはおっしゃいませんでしたが、大の鉄道ファンですからきっと読んでいるに違いないと僕は思っています。

――列車の中に子供たちの絵をたくさん貼ったら、両親や親戚が切符を買って見に来るというアイデアも卓越していますね。これも参考事例があったのですか。

特にありません。駅に子供たちの絵が飾ってあるというのは普通にあります。それを駅ではなく電車の中に飾れば、切符を買わないと見られないというアイデアは自然に思いつきました。絵を描いた人自身がお客さんを連れてくるというビジネスモデルは貸し画廊でもやっています。その応用です。

――決して鉄道ファンではないとのことですが。

子供のころに鉄道に憧れる時期はありましたよ。自分で切符を作って、はさみでパチパチ切って遊んでいました。子供のころ世田谷に住んでいたときに自転車で線路伝いに秋葉原まで行ったこともあります。人々の心の底にも鉄道は存在している。では鉄道がなくなるとどうなるのか。そう考えたとたんにイメージが湧いてきます。

――小説家を志した理由は?

漠然と、です。中学のときから将来は小説家になりたいと漠然と思っていました。ただ、理科が好きで、得意科目でもあったので、「小説家にはいつでもなれる」と思って、就職先にはNECを選び、その後アスキーに転職しました。仕事がすごく面白くて、なかなか小説家のスイッチは入らなかったですね。


阿川大樹(あがわ・たいじゅ)/1954年、東京生まれ。東京大学在学中に野田秀樹らと劇団「夢の遊眠社」を設立。1999年「天使の漂流」で第16回サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞。2005年「覇権の標的(ターゲット)」で第2回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞。

でも、1993年頃のある日、高校のクラスメイトが事故で亡くなったのです。彼自身がなりたいものになるために時間をかけていた人で、やっとそれが実現しようというときに亡くなった。「人生はいつ終わるかわからない」という当たり前のことに気づかされた。じゃあ、「僕の人生が終わるときに、僕は何でいたいか」。それで、小説家になろうと決心した。ただ、目の前に仕事があって、小説を書くことができるようになったのは1996年頃です。

小説家として芽が出ないかもしれないので、あきらめる時期を決めるのは重要です。もうちょっと、もうちょっとと続けているうちに泥沼にはまってしまう。そのころ貯金が550万円あったので、それが150万円まで減ったらあきらめようと決めていました。幸いにもアルバイト的に仕事が入った時期もあり、1996年から9年間、小説家にチャレンジできました。

「D列車でいこう」タイトルの秘密

――2005年にシリコンバレーを舞台にした「覇権の標的(ターゲット)」がダイヤモンド経済小説大賞を受賞しました。経済小説で勝負するというお考えがあったのですか。

いや、全然。ダイヤモンド社の賞だからそういうネタで行こうと。経済小説にもいろいろありますが、会社の権力争いの軋轢で冷や飯を食わされて、みたいな話は絶対に書きたくない。その会社にいるのが原因なので、会社を辞めれば全部解決する。その程度のことを大上段に構えて書くことは好きではありません。

――「D列車」もある意味で経済小説なのでは?

まあ、そうですね。ダイヤモンド社から「覇権の標的(ターゲット)」が出版された後に、そのダイヤモンドの編集者に持って行った次のアイデアが「D列車」です。だから経済小説風の物語になっています。でもその編集者からは「文芸系の出版社に持って行くほうがいい」と、遠回しに断られた。そんなときに徳間書店の編集者と知り合い、「D列車」のアイデアを話したら「それは面白い」ということになって、実現したという次第です。

――タイトルはどうやって決めたのですか。

もともと「ドリームトレイン」というタイトルでした。でも徳間書店がこの本を出す月に、宮部みゆきさんの「ドリームバスター」が出ることになり、「紛らわしい」ということで「D列車で行こう」になりました。

――「終電の神様」は短編集ですが、すべての短編がつながっているような、つながっていないようなという構成がユニークです。意識的に行ったのですか?

ちゃんとしたプランがないまま3年がかりで書いた話です。1冊にまとめるにあたって、すべての短編の辻褄を合わせようかとも考えたのですが、逆に辻褄を合わせることで書きたいことが書けなくなる部分もある。それなら辻褄を合わせず、1話ごとの内容を豊かにしたほうがいいかなと。

「終電の神様」モデルは京急?

――阿川さんも終電が止まってイライラしたという経験がありますか。

もちろんです。最近は鉄道会社同士の相互乗り入れでトラブルの影響を受ける範囲が広くなり、昔よりも頻繁に電車が止まっていますよね。相互乗り入れで便利になった“コスト”として、みんなのイライラが増えているのだと思います。


ただ、自分の置かれた状況によって感じ方は変わる。電車が遅れて、予定の場所に間に合わずイライラすることもあれば、とくに予定がないときは「まあ、よくあることだし」と意外に冷静に受け止めることもある。一人の人間でもこれだけ違うのだから、満員の列車内では、人によっていろいろな感じ方をしているのだろうと思います。

普段から電車に乗っているときは、隣にいる人や向かい側にいる人に対して、「この人は何歳で、どういう家庭にいて、どういう仕事をして、なぜこの電車に乗っているのだろう」「今日は彼、または彼女にとってどういう日だったのだろう」と、想像しています。小説家の性(さが)かもしれませんが。

――「終電の神様」に登場する電車のモデルは京急ですか?

イメージとしてはそうです。7つの物語のうち4つは京急沿線の黄金町に着想を得たものですから。でも、京急と決めつけると辻褄が合わなくなる点がいっぱいありますよ。そもそもほかの鉄道会社と比べ、京急はそんなに止まりませんから(笑)。