ここ丸の内には、東京、否、日本屈指のグランドメゾンがある。その名は『アピシウス』。1983年に生まれた同店は、以降フランス料理界を牽引するレストランとして君臨してきた。

一体何が、『アピシウス』を一流たらしめているのか。その歴史と現在とを、じっくりと紐解いてみよう。



本物を追求する二人の男が名店を作った
『アピシウス』

今から遡ること34年前。1983年4月、丸の内仲通りに面したビルの地下に、一軒のフランス料理店がオープンした。店の名は『アピシウス』。「APICIUS」とは、古代ローマ時代の料理人で美食家として知られた、マルクス・ガビウス・アピキウスに因んでいる。

アール・ヌーヴォー様式に則った空間は、贅を凝らした、という形容が実に相応しい。玄関の扉を入ってエントランスホールを抜け、ウェイティングバーを横目に見ながらメインダイニングへ……という優美なアプローチが、さきほどまでの日常と、これから始まる非日常的な時間とを、鮮やかに線引きしてくれる。

初代オーナーは、ベンディングマシンの運営会社である、株式会社アペックスの2代目社長、森 一氏。深い教養と広い人脈を持ち、作家・石原慎太郎をもってして「最後の遊び人」と言わしめたという逸話もある紳士は、物の本によると相当に豪放磊落な人物だったらしい。

アラスカに別荘を所有し、その地を訪れれば釣りやダイビング、狩猟を楽しみ、ジビエの季節になると北海道で蝦夷鹿を仕留めて店に送っていた(現在、ウェイティングバーの壁に飾られているライフル銃は森氏の愛用品)。

そして、そうした時間を多く共有したのが、作家・開高健なのだそう。氏は店の常連でもあり、ウェイティングバーで食事の前にマティーニを味わうのが常だったとか。さぞや華やかな男たちの社交が、毎夜繰り広げられていたのだろう。



店内は各所に美術品が飾られている。フルーツをかたどったブロンズ製のオブジェは、マゼルの作品。さながら美術館のような荘厳な雰囲気

また、森氏は芸術もこよなく愛した。店内に飾られている数々の絵画はすべて、原画。マルク・シャガール、アンドリュー・ワイエス、ベルナール・ビュッフェ、モーリス・ユトリロ、ポール・ギヤマンetc.、いずれも、氏の蒐集品だ。

本物を追求するその姿勢は、食材にも及んだ。

養殖ものの海産物や、冷凍品などを使わないのはもちろんだし、フランスから本物の素材を輸入するだけでは飽き足らず、30年前には希少だったサウスダウン種の羊や真鴨、カナディアングースや鳩といった肉類、西洋野菜などを鮮度のいい状態で安定的に入手できるようにと、オホーツク海を望める北海道・紋別の広大な土地に自社経営の「オホーツクランチ牧場」と農場を開設。

敷地面積は、約10万坪。「ほしいものが手に入らないなら育てよう」と考える者は、ほかにも存在するかもしれないが、これほどのスケールの話は、後にも先にも聞いたことがない。

そうした最良の食材を手に『アピシウス』の料理の礎を築いたのが、初代料理長・高橋徳男氏だ。1953年創業の福岡の名店『レストラン花の木』での修業を振り出しに、当時の有名フレンチを経て、渡仏。

『トロワグロ』、『ラ・セール』などで経験を積んだ4年間のフランス修業より帰国後は、代官山『レンガ屋』、青山『ラ・マレ』のシェフを務めた後、この店の厨房を任されることに。

森氏と共に「日本一のレストランを作る」という目標を掲げ、あらゆる面において妥協をしなかった。生前、高橋シェフにインタビューをした際にも「料理人はいい素材がないと良い料理が作れないということを、オーナーはよく理解してくれていた」と述話していた。

そういえば、シェフは著書『贅沢の応用』(中央公論社)で「フランス料理に蝦夷鹿を使ったのは、恐らくアピシウスが初めてだったのではないか」と、記している。それはもしかしたら、前述した「森氏が仕留めた蝦夷鹿」だったのではないだろうか。

また後には、農場で飼育も試みていたという。現在、蝦夷鹿がレストランでおなじみの素材になったのは、二人の存在があったからこそ、と言っても過言ではない気がする。


アピシウスの歴史が生み出したスペシャリテの秘密とは



「小笠原産母島の青海亀のコンソメスープ シェリー酒風味」¥4,180(Sサイズ¥3,130)。澄んだ液体は丹念な仕事の証。店名のイニシャルをかたどったパイを添えて

良い料理人が、良い素材を思う存分使って作り上げた『アピシウス』の名物料理はいくつもあるが、筆頭に挙がるのは、「小笠原産母島の青海亀のコンソメスープ シェリー酒風味」だ。

雑味や重さはまったくなく、味わいは見た目通りに澄んでいる。それでいて、余韻は極めて濃厚。ほかの素材で作ったコンソメとは異なる、なんとも不思議な食後感を残す。

「他所では味わえない、店の顔となるスペシャリテを」という命題を受けて編み出したそのレシピはというと、甲羅ごとぶつ切りにしたアオウミガメを、香味野菜とともに数時間、沸騰させないようにしながら煮込んでアクを引き……と、ビーフコンソメとほぼ同様。

コンソメ全般について、高橋シェフの言葉を引用すると「琥珀色に輝く高貴なこの液体は、風味が一番大切です」とあり、「この液体を完成させるためには細心の注意を払って、素材の持つ旨みと香りを理想的に凝縮させなければならないのです」としている。

金の装飾がまばゆい特注品の磁器にも引けを取らない美しい液体は、代々の料理長とスタッフたちが、高橋シェフの教えを守っているからこそ。そして、代替わりした現オーナーも、先代同様に誇り高く理想の店作りをするレストゥラトゥール(レストランオーナー)であるからこそ、だろう。

ちなみに、小笠原のウミガメは捕獲制限が設けられており、現在は年間わずか135頭。年々稀少性が高まっているが、古くからの顧客である『アピシウス』には、と地元の取扱業者も尽力してくれるそう。届く日の朝には、厨房の若いスタッフが東京湾まで迎えに行くのが常だ。



「国産黒毛和牛ロース挽き肉の半生ステーキ ビトーク アピシウス風」¥11,800(Sサイズ¥10,150)。“ ビトーク”は通常「ロシアから伝わった牛挽き肉の料理」を指すが、アピシウス風は挽いた肉の表面だけに焼き目をつけ、その下にはフォワグラ入りのバターライス、煮詰めた白ワインやマスタード、玉ねぎをバターで乳化したソースと、極細のポテトフライを敷いて供する
世代交代を経て、更なる高みへ

さて、開店35年目に突入した『アピシウス』を切り盛りするチームを率いるのは、三代目料理長・岩元学氏。83年のオープン時に入社以来、高橋徳男シェフの元で技術を蓄え、1997年にスーシェフに。そして2008年、料理長に就任した。

岩元シェフは、歴史あるグランドメゾンの襷を受け取り、外してはならないフランス料理の「古典」的要素と、『アピシウス』という店に脈々と受け継がれている「伝統」とを守る、という重責を見事に担っている。

ただし、守る、といっても、ただ同じことの繰り返しでは、いつしか色褪せてしまう。物事の軸は守り、変わっていないように見せながらも、少しずつ、常にどこかをアップデートしているから、『アピシウス』は長年にわたり、多くのゲストをひきつけ続けているのだろう。

実は空間についても、同じことが言える。2006年に、それまでに築いてきたインテリアが醸し出すイメージは変えずに個室を増やすなど、よりゲストの要望に応える形に改修をした。


日本有数のグランメゾンを支えるスタッフとは?



「サロン・ガーネット」という名の個室は真紅でコーディネートされ、艶やかな雰囲気に満ちている

エントランスホールやメインダイニングも、それまでの雰囲気を保ちつつ、より重厚に、華やかに。また、新たなデザインで誕生した個室「サロン・ガーネット」は、すべてが真紅色でコーディネートされており、実に艶やかだ。

岩元氏が作る料理の名パートナーたる銘醸ワインをサジェスチョンしてくれるのは、シェフソムリエ・情セイ野ノ博之氏。ホテルニューオータニ東京『トゥールダルジャン東京』のシェフソムリエを経て『アピシウス』へ。数万本が出番を待つセラーの中から、豊富な知識と穏やかな語り口で魅力ある1本を伝えてくれる、とゲストからの信頼も厚い。

そして、サービス陣を統括するのが、取締役支配人・永井利幸氏。22歳でホテルオークラ東京『ラ・ベル・エポック』に入社して以降、サービスを極めるべく研鑽を積み、銀座『ロオジエ』、八重洲『フォーシーズンズ・ホテル@丸の内』の料飲部門、南青山『レ・クレアシオン・ド・ナリサワ(現ナリサワ)』などで責任者を歴任。的確かつ朗らかなサービスにファン多数。

そして、彼らの元で働く各セクションのメンバーが一丸となって、店を訪れる者をもてなしてくれる。前のページにあるスタッフの集合写真には、これぞグランドメゾン!とでも言いたくなる、安定感が漂っているではないか。



ウェイティングバー奥にあるセラー。店内のアート同様、真の良質な銘醸ワインが並ぶ

数万本が出番を待つセラーの中から、豊富な知識と穏やかな語り口で魅力ある1本を伝えてくれる、とゲストからの信頼も厚い。 そして、サービス陣を統括するのが、取締役支配人・永井利幸氏。

22歳でホテルオークラ東京『ラ・ベル・エポック』に入社して以降、サービスを極めるべく研鑽を積み、銀座『ロオジエ』、八重洲『フォーシーズンズ・ホテル@丸の内』の料飲部門、南青山『レ・クレアシオン・ド・ナリサワ(現ナリサワ)』などで責任者を歴任。的確かつ朗らかなサービスにファン多数。

そして、彼らの元で働く各セクションのメンバーが一丸となって、店を訪れる者をもてなしてくれる。前のページにあるスタッフの集合写真には、これぞグランドメゾン!とでも言いたくなる、安定感が漂っているではないか。



常に生花を欠かさず、来るものの心を華やかに演出。花器の上のアールヌーボー調のペンダントライトはフランスから輸入したガラスを使って日本で特注したもの

だからいつか、ここぞ、という機会には、ぜひ臆することなく訪れてみてほしいのだ。メインダイニングへと至る通路や細工が施された通路の雰囲気だけでも気圧されてしまいそうだし、そこここに飾られた貴重な美術品やゴージャスな生花も、気持ちが高揚する一方でさらに緊張感を加速させる可能性は大。

が、永井氏によると「平日はビジネスのお客様が大半を占めますが、週末は一転して、ほぼすべての方がプライベートな用途でお見えになっています」。

とっておきのバースデーやふたりの記念日を祝うカップルはもちろん、過去にはメインダイニングで恋人に跪いてプロポーズをした、という猛者もいるとか。

そんなとき、さりげなくゲストをサポートし温かいムードへと導くのが、一流のサービスマンの技。きっと、素晴らしい思い出を紡いでくれるはずだ。人生の節目を『アピシウス』で迎えられたなら、その日の記憶は、一生鮮やかに彩られることだろう。

自然が育んだ極上の素材と一流の技術から生まれる見事な料理、品格と洒脱さを併せ持ちゲストをいつしか寛がせるサービス、他の追随を許さない圧倒的に豪奢な空間。それらすべてを兼ね備えた一流の結晶であること、それこそが『アピシウス』の真実だ。




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