ベン・フロスト、傑作誕生の理由 スティーヴ・アルビニとの共同作業から探る

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 極北の地で鳴る、絶対零度のドローン・ノイズ。優美に舞い降りる耽美的なメロディを押しつぶすように響く重低音の強烈な音圧。その音像はあまりに美しく、あまりに凶暴で、そして申し分なく知的にコントロールされている。激情を迸らせ衝動のままに打ち付けるような激しさと、ライブさながらの生々しくエッジの立った音像、コンセプチュアルに構築された冷静さが同居したようなサウンド・プロダクションの奥には、さまざまに蓄積された音楽の鉱脈が煌めいている。

 ベン・フロストの最新作『The Centre Cannot Hold』(Mute/Traffic)は、そのように凄まじく、奥深い作品に仕上がっている。

 オーストラリアはメルボルン出身、現在はアイスランドのレイキャビクに住む電子音楽家である。2001年にデビュー、2005年にビョークの「Desired Constellation」のリミックスを手がけて知られるようになり、セカンド・アルバム『By the Throat』(2009年)の、重厚にして苛烈なインダストリアル・ドローン・ノイズ音響で一躍注目を浴びた。その後映画音楽、バレエやTV番組の劇伴、アイスランドのクラシック音楽家ダニエル・ビャルナソンとの優美なポスト・クラシカルの共演盤『Sólaris』(タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』のインスパイア・アルバム)の制作、アメリカン・ゴシック・ドローンの巨魁マイケル・ジラ率いるスワンズの『The Seer』(2012年)への参加など、多面的に活動の場を広げていたフロストは、2014年に大傑作『A U R O R A』を発表し、各メディアで絶賛され、一躍全世界に名を轟かせることになる。筆者にとってもその年のベスト・アルバムの1枚に挙げたほど強烈な印象を受けた作品だ。『The Centre Cannot Hold』は、それ以来の通算4枚目のアルバムである。

 今作最大の話題は、プロデュースになんと、あのスティーヴ・アルビニが起用されていることだ。レコーディングはアルビニが所有するシカゴのエレクトリカル・オーディオ・スタジオで2016年夏、約2週間をかけて行われたという。

 ビッグ・ブラッグ〜レイプマン〜シェラックと、鋭い刃物のようなノイジーなギター、情緒性を一切排したソリッドで硬質なサウンドなどでポスト・ハードコア〜ポスト・ロックの新地平を切り開き、プロデューサー/レコーディング・エンジニアとしても揺るがぬ評価を得ている筋金入りの「インディペンデント主義者」であるアルビニは、一方で大のテクノ嫌い、ダンス・ミュージック嫌い、クラブ・カルチャー嫌いとしても知られる。それだけにベン・フロストとの繋がりは意外にも思えるが、アルビニは過去にホワイトハウス、ニューロシス、モグワイ、MONO、ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーといった轟音ヘヴィ・ドローン・ノイズ音響のアーティストたちを手がけ、大きな成果をあげている。フロストはそうしたアルビニの仕事ぶりを見ていたのだろう。

 フロストのルーツは、ノイズ/アヴァンギャルド、シューゲイズ、エクスペリメンタル、インダストリアル、ダーク・アンビエント、現代音楽、ミニマル、そしてヘヴィ・メタル〜ブラック・メタルなど多岐に渡る。彼は2011年に公開されたFact Mixで、ティム・ヘッカー、ブリアル、ウィークエンド、クリス・ワトソン、トーク・トーク、メタリカ、そしてクリシュトフ・ペンデレツキまでを自在にミックスするなど、多彩なルーツを見せつけている。

 一方、アルビニが唯一認めるというエレクトロニック・ミュージックのミュージシャンたちは、ホワイト・ノイズ、クセナキス、スーサイド、クラフトワーク、キャバレー・ヴォルテール、SPK、DAFといったアーティストだ。同時にそれらはベン・フロストにとってもルーツとなるアーティストであることは、彼の音楽遍歴やDJプレイリスト、そして何より彼自身の音楽からも明らかだろう。フロストのドローン音響の、アンビエント的な曖昧な感触というより、もっとカッティング・エッジでざらりとした肌触りのサウンドは、確かにそうしたアーティストたちの記憶を呼び起こすところがあるからだ。

 今のところフロスト、アルビニとも今作の制作工程について何もコメントを発しておらず、実際にどのように作業が行われたのかは不明だが、日本盤発売元のTrafficのHPには、おそらく<Mute>が作成したと思われるプレス・リリースの興味深い情報が記載されている。

「約2週間を超える期間に制作された、今まさに崩壊しそうなくらい膨大に膨らんだ音の塊を、ガランとしたスタジオの中に並べられたアンプ群に流し込んだ途端、スピーカーの方がぶっ飛んだのだった。またスタジオのガラスの向こう側では、アルビニがスタジオで演奏された音源を縦横無尽にぶった切っていった。」

 これを読む限り、今作の制作工程は、フロストがスタジオでシンセサイザーやサンプラーなどを駆使し緻密に積み重ね作り上げた電子音の塊を、ラインから直接PCに録音するのではなく、実際にアンプから、スピーカーが吹き飛ぶほどの爆音で鳴らしアナログ録音していく(アルビ二のスタジオでの作業はすべてアナログ・レコーディングで行われる)という作業だったのではないだろうか。つまりフロストの電子音楽をアンプを通し、エレクトリカル・オーディオ・スタジオのライブなアンビエンスの中に解き放つことが重要だったということだ。かつてエレクトリカル・オーディオで録音したことのあるART-SCHOOLの木下理樹は、同スタジオの音響特性についてこう語っている。

「すごく天井が高くて、ヘヴィで硬質なんだけど広がりもあって、あとから人工的なリバーブをかけなくても、ナチュラルでいいリバーブ感があるんです。アンプをセッティグして機材を選んで鳴らして、その音をコントロールルームで聴いたときに、もう理想の音が出来ていると思った。ああいう音が鳴るように作ってあるスタジオなんですね」(『Baby Acid Baby』ライナーノーツより。聞き手は引用者)

 フロストが欲しかった音、これまでの自分の作品に欠けていると感じていた音が、この「ナチュラルなリバーブ感」であり、PC内で完結する密室的な作業では決して得られない、ロックの爆音ライブさながらの音響だったのではないか。そして前作『A U R O R A』よりも、今作『The Centre Cannot Hold』の方が、そうした荒々しくも生々しいエネルギーがより強く感じられるのである。

 さらに前述の「アルビニがスタジオで演奏された音源を縦横無尽にぶった切っていった」というくだりもまた、きわめて興味深いものだ。というのも、アルビニのレコーディングにおけるポリシーは、余計な口出しは一切せず、バンドのありのままの演奏、音楽性を色づけせず録ることであり、もしアルビニがフロストの音源を「縦横無尽に」エディットしたのであれば、それ自体がきわめて異例なことであり、フロストとアルビニの強い信頼関係を物語っていると言えるのである。

 とはいえ、本作は轟音ドローン・ノイズの壁で圧迫する曲だけではない。音の隙間を活かしながら空間に音の粒子が浮遊していくような静寂感漂う楽曲は、たとえばかつてアルビニが手がけたロウの『Secret Name』(1999年)のようなポスト・ロック期の名盤に通じるものがあるからだ。これもまた、エレクトリカル・オーディオ・スタジオで制作した成果でもあるだろう。

 いずれにしろベン・フロストにとっても、またスティーヴ・アルビニにとっても、本作は画期となる作品だろう。本年度を代表する傑作の誕生である。(文=小野島大)