9月21日、平壌でトランプ米大統領の国連演説に対する声明を発表する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(写真=時事通信フォト) 

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アメリカと北朝鮮が「強硬発言」の応酬を続けている。戦争直前のようにも思えるが、元航空自衛官の宮田敦司氏は「アメリカ側に“口撃”以外の有効な手だてがないあらわれ」と指摘する。北朝鮮の暴走を止めるには、どうすればいいのか。宮田氏は「北朝鮮の『ヤクザ』を使えば政権を倒せるかもしれない」という。秘密警察が崩壊しかかっているという国内の実情とは――。

米国と北朝鮮の強硬発言が続いているが、日を追うごとに強い表現を並べ立てるだけの、実効力のない「口撃」の応酬となっている。これまでよりも表現が強くなっているのは、とくに米国側に「口撃」以外の有効な手だてがないことを意味している。

米政府高官による「武力行使も辞さない」といった意味合いの発言も飛び出しているが、実際には北朝鮮に対する武力行使は不可能に近い。

■体制維持の両輪は「軍」と「秘密警察」

北朝鮮の独裁者は、「外圧」による政権崩壊を阻止すために強大な軍隊を、「内圧」による政権崩壊を阻止するために強大な秘密警察(国家保衛省)を駆使してきた。

だが「外圧」に対処する北朝鮮軍は、強大であったはずの地上軍の弱体化に歯止めがかからないうえ、海軍は艦艇、空軍は航空機が更新されることなく老朽化を続けている。このため、すべての問題を核兵器と弾道ミサイルで解決しようとしている。

一方「内圧」に対処する秘密警察は、国民を弾圧することにより、反体制運動による体制崩壊を阻止してきた。しかし、組織の腐敗によって国民の監視が十分に行われておらず、社会の統制は緩み続けている。

北朝鮮では軍隊と秘密警察は体制維持の両輪となっている。したがって、どちらか片方が壊れてしまった場合は体制維持が困難となる。しかし、いまの北朝鮮は「内圧」に対処する秘密警察が壊れかけている。

軍の場合は、弾道ミサイルを作ることで解決が可能だが、新兵器を作ることができない秘密警察の弱体化を防ぐ手だては、いまのところ存在しない。

現在、米国が試みているのは「外圧」の強化であり、「内圧」には関与していない。経済制裁を強化することにより、潜在的な「内圧」を引き出すことはできるかもしれない。しかし、それだけでは体制を崩壊へと導くことはできない。

■両輪の腐敗が進み、治安が乱れる

軍と秘密警察の弱体化は、食糧不足に起因している。軍の将校や秘密警察の要員だからといって、1980年代のように優先的に配給を受け取ることができなくなったからだ。

北朝鮮では10年以上前に配給制度自体が崩壊しているので、平壌に住む特権階層以外の国民は商売などで自活せざるを得なくなっている。軍の将校は食糧の横領、秘密警察や警察(人民保安省)は、国民や犯罪組織からワイロを受け取って生活している。

そして、国民の監視が不十分になったことで犯罪が急増している。これは秘密警察だけでなく、警察の機能も低下していることを意味している。しかも、後で触れるように数十人規模の犯罪組織が生まれるような状態にまでなっている。反体制組織の規模が広がる素地ができつつあるというわけだ。

北朝鮮に反体制組織が存在していることは、金正恩自身も認識している。これを示すものとして、2012年11月に金正恩が全国の分駐所(派出所)所長会議出席者と人民保安省(警察)全体に送った訓示がある。

「革命の首脳部を狙う敵の卑劣な策動が心配される情勢の要求に合わせ、すべての人民保安事業を革命の首脳部死守戦に向かわせるべきだ」
「動乱を起こそうと悪らつに策動する不純敵対分子、内に刀を隠して時を待つ者などを徹底して探し出し、容赦なく踏みつぶしてしまわなければならない」

つまり、12年の時点で金正恩は国内の統制について不安を感じていたのだ。金正恩には側近からの「耳当たりのよい報告」しか届いていないはずなのだが、もはや看過できない状態になったのだろう。

■ヤクザ、学生集団……犯罪組織が跋扈する

大都市では、監視と取り締まりが行われているにもかかわらず、数十人で構成される犯罪組織や日本でいうヤクザが存在しており、闇市場での生活必需品の密売や恐喝などを行っている。1990年代は、このような大きな組織は存在せず、組織といってもせいぜい数人程度で恐喝や窃盗を行う程度だった。

近年は青少年で構成された犯罪組織による強盗、窃盗、強姦などの不法行為も急増している。例えば2011年には、3年間にわたり強盗を繰り返し、7人を殺害した10代の男女学生の犯行グループ15人が検挙されている。この規模の犯罪組織が存在するということは、それだけ警察が機能していないということだ。これがこのまま反体制組織に転じても、警察にすぐに摘発する能力はないといえる。

金正恩の言葉にあるように、北朝鮮国内には反体制組織が存在する。それぞれが小規模であるうえ、組織同士の横のつながりがないため、大規模な抗議集会を起こすことができる状態にはない。今後、内部崩壊を加速させるためには、横のつながりを作り、北朝鮮国内全体で反体制運動を活発化させる必要がある。

反体制運動を活発化させるには、どのような手段があるのだろうか。いくつか具体的な方法を考えてみよう。

北朝鮮には日本のようなSNSが存在しないため、自由に意見を交換したり、国内の情報をタイムリーに入手したりすることは不可能で、情報は口コミで広がっているのが実情だ。

そこで、原始的な手法だが、ビラを大量に散布することで同調する人々を集め、結束させるのだ。しかし北朝鮮では、決起を呼びかけるビラを作ろうにも、ビラを大量に作る手段がない。これまでにもビラが散布されたことはあるのだが、手書きだったので作ることができる量にも限界があった。

韓国の民間団体がバルーンを使って、金正恩を非難するビラを散布している。このビラも一定の効果はあると思われるが、北朝鮮中部から北部への散布が難しいうえ、まいても北朝鮮国内で具体的な動きがないところを見ると、これだけでは不十分なのだろう。国外より国内で作られたビラのほうが、説得力があるのかもしれない。

■コピー機がない、紙がない、インクもない

ビラを大量に作れないのは、電力事情が悪い北朝鮮にはコピー機が少ないことと、たとえコピー機があっても質の高い紙が不足していることが理由だ。平壌の労働党庁舎にはコピー機があるかもしれないが、地方都市にはほとんどないだろう。

北朝鮮の紙不足は深刻で、地方ではタバコを巻くのに朝鮮労働党機関紙である「労働新聞」を使うほどだ。つまり「労働新聞」が唯一マシな紙なのだ。北朝鮮では、日本ではお目にかかれないような再生紙が使われている。筆者は北朝鮮で作成された文書を多く見てきたが、紙質は極めて悪かった。昔の日本で使われていた藁半紙(わらばんし)よりも質が悪い。

ビラを作るにあたっては、手動の印刷機を使うことになる。しかしいざ印刷機が確保できても、紙とインクが不足している。このような環境でビラを作るためには、紙とインクを中国から持ち込む必要がある。これらの物資は正規のルートで持ち込むことはできないので、例えば、密輸ルートに乗せて持ち込むという方法がある。

警察にバレないようにするためには、印刷機はコンパクトでなければならない。そこで最適なのが、1970年代に日本で流行した個人向け小型印刷機(プリントゴッコのようなもの)だ。動力源が単3電池2本で済むため、電力不足でも問題なく使用できる。

北朝鮮もルーマニアのチャウセスク政権のように、何かの拍子に一気に崩壊するかもしれない。チャウセスク政権崩壊のプロセスは謎の部分が多いが、チャウセスクと金日成は親交があり、金日成の影響を受けてチャウセスクは北朝鮮式の統治手法をとっていた。

にもかかわらず、チャウセスク政権は崩壊してしまった。北朝鮮とルーマニアは地政学的な環境が大きく異なってはいるが、北朝鮮式の統治手法に限界があることを示している。

大量のビラを散布したとしても、国内全域で一気に反体制運動を起こすのは簡単なことではない。起爆剤となるなんらかのきっかけが必要となる。その手段として、密輸された小型ラジオによる呼びかけという方法がある。呼びかけをおこなうのは、中国を拠点とした脱北者支援団体が最適かもしれない。

■ビラ+ラジオで反体制運動の素地をつくれ

ともかく、現時点でできることは経済制裁とともに、大規模な反体制運動を起こすための素地を作っておくことだ。

経済制裁の影響で極度な生活苦になった時に、散布されたビラを見て反体制運動に呼応する人々が出てくるかもしれない。つまり、「金正恩に不満を持っているのは自分だけではないのだ」と国民ひとりひとりに認識させるのだ。

そろそろ、ほとんど効果のない「口撃」や、空母、戦略爆撃機などを派遣するという「外圧」だけではなく、「内圧」により政権を崩壊させる方法を真剣に模索するべきだ。効果はすぐには現れないだろうが、これが最も現実的な手段といえるのではないだろうか。

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宮田敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校修了。北朝鮮を担当。2008年日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に「北朝鮮恐るべき特殊機関」(潮書房光人社)がある。

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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司 写真=時事通信フォト)