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日本初の民間分譲マンションと言われている、築61年を迎えた「四谷コーポラス」(東京都新宿区)が、建て替えられることになった。大切に住み継がれてきた建物が生まれ変わり、建て替え後もこのマンションに戻ってくるという人が9割を超えるという。取り壊し前に見学会が開催されると聞き、自身もマンションの建て替えを経験したことのある筆者が、その魅力を取材してきた。

割賦(かっぷ)販売、オートロック、管理規約等々、集合住宅の見本のような建物

1956年10月に完成した四谷コーポラスは、鉄筋コンクリートの5階建て。全28戸は広さ約50〜75m2と当時としては広い間取りだ。しかも当時は珍しかった「メゾネットタイプ」の間取りが24戸も取り入れられている。1階から入って1・2階を使う住戸や、4階から入って3・4階を使う住戸、4・5階を使う住戸などがあり、共用廊下は1階と4階のみ、2・3階には玄関がないという個性的な設計だ。

【画像1】1階と4階にしかない共用廊下(写真提供/旭化成不動産レジデンス)

「当時の大卒初任給が平均1万円の時代に、広い部屋なら233万円という価格設定は、かなり高級な住宅だったと想像される」と見学会で配布された資料にあった。しかも現金での住宅購入が常識だった時代に、売主が信用販売会社である日本信販(現、三菱UFJニコス)という会社だったこともあり、割賦販売での購入を取り入れたのは画期的だった。

建て替え推進委員会の1人である島田勝八郎さんは、新築時には小学生だった。「当時珍しかった洋式のトイレ、廊下の階段脇にはダストシュートまで備えてありました。各戸の玄関は、ドアを閉じると自動で鍵が掛かるオートロック式で、うっかり外に出てしまい、何度も閉め出されたことがあります」とのこと。今では設置されている場合も多いようだが、当時としては斬新な設備を取り入れていた。

【画像2】当時は珍しかったオートロック式の玄関ドア(写真提供/旭化成不動産レジデンス)

管理体制も先進的だった。マンションができたのは、1962年の管理組合の設置を定めた区分所有法の施行より前だったが、当初から住民による管理組合が結成され、初めて民間の管理会社による管理が試された。管理費を毎月徴収することなどのルールが決められ、現在の管理規約のもとになるようなものも作成されていた。民間が管理する分譲マンションが数えるほどしかなかった当時、区分所有法をつくるための参考にもされたのではないだろうか。

驚くことに、初めのころは管理人が外出時の鍵の預かり、クリーニングの取り次ぎや荷物の預かりもしていたという。建て替え計画を支援し、販売にも携わる旭化成不動産レジデンスのマンション建て替え研究所の大木祐悟さんは、
「今でいうコンシェルジュサービスですね。現在の分譲マンションの原型だと考えられます」と話す。

間取りや設備など細部に当時の工夫が活かされた集合住宅

見学会では、3戸の部屋を中心に室内を見せてもらった。なかには、新築時に近い状態のまま残されている部屋もあった。60年以上も大切に住まわれてきたと思うと同じような古い建物に住み、建て替えを体験したものとして感激もひとしおだ。

メゾネットは階下から階段を上がるタイプと階上から階段を下りるタイプが用意され、2階と3階には外廊下がない。そのため玄関のない階は東西に開口部が大きく開かれた開放感のある間取りになっている。四谷コーポラスの翌年にできた代官山コーポラスも内見したことがあるが、そちらでも同じ造りが取り入れられていた。「コーポラス」※の特徴でもあるようだ。

※日本信販の不動産部門によって分譲されたコーポラスシリーズには、1956年築の四谷コーポラス、1957年築の代官山コーポラス、1965年築の青山コーポラス等がある。

しかも当時から、和風設計と洋風設計が用意され、家具レイアウトもオーダーメイドに近い設計だったという。和室には欄間や床の間があり、洋室には使いやすそうな棚が設置されている。

【画像3】左:本格的な欄間や床の間が設置された和室。右:今では手に入らないようなガラスで区切られたLDK(写真提供/旭化成不動産レジデンス)

なかには新築当時のキッチンが残されている住まいもあった。たぶん何回か塗り替えられてはいるようだが、たくさん収納があり使いやすそうだ。戸袋には網が設置され、蝿帳(はいちょう)※のようになっている。当時は最新式のシステムキッチンだったのだろう。

※蝿帳(はいちょう)とは、ハエなどが入るのを防ぎ、通風をよくするために、網を張った小型の食品戸棚。また、傘状につくって食卓を覆うもの

【画像4】ほぼ新築当時の姿が残っているキッチン。奥行きのコンパクトさや収納に工夫が見られる(写真提供/旭化成不動産レジデンス)

また居室同士を壁で仕切らず、両方から使えるようにした収納スペースが圧巻だった。一部は風通しのために開けられ、行き来ができるようになっている。今のウォークスルークロゼットの原型のようだ。東西に開かれた間取りを活かし、風の流れを活かす工夫だったのかもしれない。アイデアが組み込まれた設計に感心した。

【画像5】どちらの部屋からも出し入れできる押入れ(写真提供/旭化成不動産レジデンス)

みんなに愛された建物だからかなえられた「建て替え」

どの部屋も、そこで暮らした人の愛情がひしひしと感じられる。なかには隣接する2戸を一つにして、現代風に改装された部屋もあった。工夫を重ねながら暮らしてこられたのではないかと思う。

しかしながら、老朽化は進み、近年では排水管の水漏れが目立ち、管理組合で建て替えや大規模修繕などの検討会を2006年にスタート。東日本大震災を機に実施した耐震診断では「コンクリートの劣化が激しい」という結果が出た。補強にも多額の費用がかかることが分かり、建て替えの本格検討に踏み切った。建設当時の売主・日本信販の元社員で建て替え事業顧問を務めるトウザイコーポレーション・川上龍雄会長にアドバイスを受けながら検討を続けたそうだ。

2016年には旭化成不動産レジデンスを事業協力者と認定。個別相談などを経て合意形成を進め、2017年3月25日に建て替え決議が成立し、5月には全員合意となった。建て替えて同じ広さの部屋に入居したい場合、住民のコスト負担も大きかったが、それでも大半が再入居を希望したという。

分譲当時の購入者が長く所有し、その後転売されずに相続されてきた住戸が半数以上を占める。昔からつながる住民同士のコミュニティも健在で、活発な管理組合活動が維持されてきたため、比較的短期間での建て替え決議が実現した。筆者の住むマンションの場合も早いほうだと言われたが、それでも建て替えの話が出てから建て替え決議まで15年近くかかった。

【画像6】建物全景。区分所有法以前の建物なのでバルコニーに増築した住戸も多い(写真提供/旭化成不動産レジデンス)

新しい建物は51戸33パターンという「住民に寄り添う設計」

建て替え事業の手法は等価交換方式※。建て替え後は、延床面積3970m2(容積対象外1265m2含む)、鉄筋コンクリート造地上6階地下1階建て。総戸数51戸(販売戸数27戸)、30〜114m2になる予定だ。設計の特徴は、区分所有者の9割が再建後のマンションの再取得を予定するという条件をもとに、51戸33パターンというバラエティ豊かなものになった。

※等価交換方式とは、マンションやビルなどを建設するにあたり,土地所有者が土地を提供し,デベロッパーが建物の建設費を負担する共同建設方式。完成した建物は,出資比率に応じてそれぞれ区分所有権を分け合う。

「住宅メーカーが造るマンションという強みを活かし、再取得住戸は権利者それぞれの思いや要望に丁寧に応えるオーダーメイドの住戸プランニングを予定している」と旭化成不動産レジデンス担当者。また四谷コーポラスの歴史や思い出を大切にしたマンションを再建することで、新しい建物が再び愛される存在になるように取り組むという。

建て替え事業では6社がコンペに参加したそうだ。同社が選ばれた理由に、現在の住民の意向に沿った事業提案があったという。「高齢者が多く、仮住まいの内覧のサポートや提出書類の書き方のサポートなど、手間のかかることについても気を配ってくれる、きめ細かい事業計画に安心しました。私たちの要望をくみ取る提案でした」と前述の島田さん。

「建て替え」の実現は、非常に手間と時間のかかる仕事であり、事業者にとっては決して効率的ではないだろう。管理組合にとっても一番の難事業だと筆者自身の体験からも痛感する。だからこそ何よりも重要なのは、築き上げてきたコミュニティだ。四谷コーポラスでは幸いなことに合意形成に時間が掛からなかったが、それは2世代3世代が住み継いできた盤石なコミュニティがあったからだろう。

「こんなにたくさんの方が私たちの住まいに興味をもっていただけるとは思わなかった。新しい入居者ともいい関係をつくれたら」と来場者の人数の多さに驚く島田さん。その思いが新しい建物でどう再現されるのか、完成を心待ちにしたいと思った。

【画像7】新たに生まれ変わる、四谷コーポラスの完成予想図(パース提供/旭化成不動産レジデンス)
※現時点での予定図のため実際とは異なる可能性があります。

●取材協力
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