斉藤由貴が放つ“負のオーラ”の凄み! 『三度目の殺人』の恐ろしい演技を振り返る

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 福山雅治というスターを主演に迎え、是枝裕和監督が初めて挑む、法廷サスペンス映画『三度目の殺人』。日本を代表する俳優・役所広司や、若手でも突出した魅力を放つ広瀬すずの存在により、ヒリヒリとした緊張感が持続し、陰惨なムードに満ちた124分間、見応えある会話劇を堪能できるだろう。しかしこの映画にある陰惨なムードを、最も体現しているのは斉藤由貴ではないだろうか。

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 真実よりも勝利にこだわる弁護士・重盛(福山雅治)は、犯行を自供し死刑がほぼ確実の容疑者・三隅(役所広司)の弁護を担当することになった。重盛はなんとか死刑から無期懲役まで持ち込むべく調査と接見を重ねるが、三隅は次々と供述を変えていく――。この二転三転する供述のうちのひとつが、被害者の妻・美津江(斉藤由貴)に夫の殺害を頼まれたというものである。本作は法廷劇であるがゆえ、当然ながらセリフが多い。しかし斉藤は被害者の妻という、事件に関係するメインキャストでありながら、セリフを発する機会が少ない。そもそも、出番そのものが少ないのだ。にもかかわらず鑑賞後には、彼女の暗い姿ばかりが蘇ってくる。

 重盛と初対面する場面での美津江。俯く顔をそっと上げると、彼女は右目から大粒の涙をひとすじ流す。夫を突然奪われた自分たちの悲しみを、言葉少なに震える声でうったえるのだ。斉藤は美津江というキャラクターへのアプローチについて、「MANTANWEB」(https://mantan-web.jp/article/20170918dog00m200013000c.html)でこう語っている。「明らかなのは、うそをついている役割なわけです。だからこそ、演じる場面では一言、一言、話している言葉を本当にそう思って言っているようにしゃべりました。うそをついているよということを口の端に含めたしゃべり方ではなくて、悲しいことを言っているときには本当に悲しく感じているし、怒っているときは怒っているふりではなく、本当に怒っているように。その方が見ている人が混乱して、どういう人か分からなくなるから、いいと思ったんですよね」と。観客誰しもが、美津江はこの事件に何か一枚噛んでいるはずだという確信を持ちながらも、ついつい同情してしまうのではないだろうか。世界で最も不幸だと言わんばかりの眼差しに、まんまとしてやられるわけである。彼女の涙の意味の示すところは、後の場面で重盛の娘(蒔田彩珠)が同じように涙を流すことで、観客はますます混乱させられることになる。

 斉藤といえば、2017年1月期のドラマ『お母さん、娘をやめていいですか?』(NHK総合)で演じた、モンスター的な母親・早瀬顕子というキャラクターが残した印象が、いまだに脳裏にこびりついていて離れない。彼女の怪演は、「コンフィデンスアワード・ドラマ賞」の助演女優賞へと結実した。あの作品で示した存在感は、“リアルな演技”という枠組みを超えた生々しさで、娘・早瀬美月(波留)にだけでなく、視聴者までにも迫り、多くの恐怖の声が上がったものだった。

 『三度目の殺人』で見せる、娘・咲江(広瀬すず)との母娘関係もどこかおかしく、恐ろしい。台所に立つ娘に背後から身体を密着させ、言葉を交わす場面である。美津江の甘えた声と、咲江の妙に冷めた口ぶりに、母娘関係が逆転しているようにも思えてくる。しかしこの空間を支配しているのは、完全に美津江の方だろう。彼女の粘着質のある声は、発するセリフにいくつもの意味が感じさせる。場をリードし、些細な仕草で、美津江の中に“少女”と“女性”が同居しているかのような姿を垣間見せるのだ。

 筆者がもっとも彼女に対する混乱を極めたのは、法廷内の傍聴席はしの方に、その姿をみとめたときである。その場からセリフを発することなど1度もないが、彼女が最も負のオーラを纏い、放っているのは、間違いなくこの場面だ。先の場面で母娘の会話を目撃しているにも関わらず、彼女がここで見せる被害者遺族としての表明には言葉を失う。真相は闇の中をさまよい、言葉ばかりが飛び交う中、彼女の伏し目がちな姿は、これから先、法廷モノの作品に触れるたびに蘇ってきそうだ。今後の出演が決まっていた作品から、次々と降板発表となっていることが実に悔しい。本作は斉藤由貴の“セリフに頼らない凄み”に触れることができる、見逃してはならない一作だろう。

(折田侑駿)