ドイツ、ベルリンからお送りしています。ドイツでは4年に1度の総選挙が行われ、アンゲラ・メルケル氏率いる与党キリスト教民主同盟が一通りの勝利を収めました。

 しかし、移民に反対する新興の右派政党「ドイツのための選択肢(AfD Alternative für Deutschland)」が連邦議会にいきなり第3党として議席を持つなど、いくつか変化が見られます。

 新政党に票が集まる傾向は日本と通じる面があるのかもしれません。わが国にも関係し得る、様々な展開については、追って記していきたいと思います。

 こちらでの仕事の隙間時間に、最近発生したテロや無差別殺傷事件の現場を訪ねてみました。

 わざわざそのために出向いたというより、私が日常的に行く場所で事件が発生したもので、およそ他人事と思えません。

連立について記者会見するメルケル首相。ベルリン市内にて。


 実は、タイミングが悪ければ被害者になっていたかもしれないタイミングもありました。

 幸いと言うべきなのでしょう、日本国内では、こういう事件はまだ起きていません。

 でも、別種の事件はしっかり起きており、問題との向き合い方には多く、非常に気になる点もありますので、併せて記していきたいと思います。

 最初は2016年12月19日ベルリンのカイザー・ヴィルヘルム教会前のトレーラーによるテロ、この事件は私自身ベルリンで最も頻繁に訪れる場所で発生しました。

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テロと棒杭とコンクリート塊

 かつて東西冷戦時代「西ベルリン」の中心として栄えた「動物園駅」(ツォーZooと略称されています)からデパートなどが立ち並ぶ隣の駅「ヴィッテンベルク広場」に向かう複数の道の合流点に「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」が建っています。

 ごく最近、新しいホテルが開業するなど、再開発の著しいツォー駅周辺ですが、このカイザー・ヴィルヘルム教会の真横、クリスマス市の出店で賑わう一角にトレーラーが突っ込み、テロは発生しました。

 ちなみにツォー駅からテロ現場、クリスマス市が開かれていた教会横広場を通り過ぎると「ヨーロッパセンター」と呼ばれるショッピングモールや電気店「ザトゥーン」などがあります。

 私は長年もっぱらこのヨーロッパセンターの換金所で日本円を欧貨に換金しており(レートが良いのです)一定の頻度でこの現場を通ってきました。

 この事件を知ったときはショックでした。在欧時は自分もしばしば歩く場所です。

ベルリン・テロの現場から、トレーラーの進入方向を望む。左側に伸びるカント通りの直線延長上に石畳の歩道が続いている。イスラム原理主義を標榜する犯人はこの道を直進して入ってきた。


 実はもう1つ、これに先立って3月16日にはシャルロッテンブルク街区にある「ビスマルク通り」駅前で、車に仕かけられた爆弾が炸裂、1人が亡くなる暗殺事件がありました。

 ここなど、以前は毎日のように通る所だったので、ゾッとしました。

 別段「テロ現場」に行かなくても、かつてよく使っていたジムや書店に曲がる四つ角で暗殺事件があった・・・。考えさせられました。

 これはもう、かなり前のことですが、買い物をしたことがあるケバブ店の主人がライフルで撃ち殺されたこともありました。

 ドイツと言うより、欧州と言うべきでしょうが、決して安全な場所ばかりではない、日本国内にいるのとは違う自己防衛が必須の、個人主義の場でもあります。

 ポーランドで車両登録されていたトレーラーは、事件の当日、イスラム原理主義を標榜するテロリストにカージャックされたものでした。このトレーラーがカント通りを直進して教会前のクリスマス市に突進したのです。

 普通の車両はここで大きくカーブして、教会横を通る「ブダペスト通り」に合流します。しかしトレーラーはカーブせずに、そのまままっすぐ教会横の広場、歩道に突っ込んで行きました。

 クリスマス用の温かいワイン、ソーセージを焼いたり芋を揚げたりする屋台もろとも人々をなぎ倒しながら進んで停止。多くの犠牲が出ました。

 改めて見てみると、カント通りから教会に直進し得るカーブに沿って、かなりしっかりした鉄の杭が設営されています。

 こんなものがあれば仮に大きな重い車が直進しようとしても、歩道に突っ込むことができない。最小限ではあるけれど、効果的な工夫がなされたのかもしれない。

 ただ、杭はどう見ても新品らしくなく、かなり古ぼけてもいます。この謎は解けておらず、真相をご存知の読者がおられましたら、どうか編集部までご教示いただければ幸いです。

「カント通り」のカーブ部分の「棒杭」


 それとは別に、ベルリン市内には随所にコンクリート塊などが準備されているのが目につきました。

 言うまでもなく、欧州各地で頻発しているトラックなどを用いたテロの予防に準備され、設置されているものでしょう。

 町の風景を一新させるようなことはなく、でも確実に何らかの手を打っているのが読み取れる、テロ後のベルリンの街路風景でした。自分の身は自分で守らねば、誰かがどうにかしてくれるわけではありません。

テロ現場となったカイザー・ヴィルヘルム記念協会横に準備されたコンクリート塊(上)と、自動車爆殺事件があったビスマルク通り近くに最近設置された別の形状のコンクリート塊(下)。いずれも暴走車の進入などを予防する目的と思われる。


マクドナルドのガラスの塀

 今度はベルリンから遠く南下したミュンヘンのケースを見てみます。

 私は大学の仕事で定期的にミュンヘンを訪れるのですが、ある日の午前と午後の間に2時間ほど開き時間ができたので、考えをもって、よく使う地下鉄の終点である「オリンピック・ショッピングセンター」で昼食を摂ることにしました。

 地下鉄を降り、地上へのエスカレータを上がって行くと、そこが現場でした。

 道の行く手に、世界各地で見かける黄色いMの字が目に入ってきます。マクドナルドで、ここから無差別乱射が始まったと伝えられます。行ってみました。

エスカレータから上がった先が現場だった。


 マクドナルドは道沿いにあり、屋外座席の延長には子供が中に入って遊べる遊具が置いてありました。建物の大枠は昨年の報道で見たのと同じです。

 1つ違うのは、テラスのエリア全体が、かなり分厚いガラスの壁で仕切られていたこと。

 ベルリンの「杭」とは少し異なるけれど、やはり再発防止のためのミニマムの工夫がなされ、事件前と同様に同じ場所で同じ人たちが営業している。

 このあたり、日本とは風土の違いを感じました。

 仮に、店が営業をやめたりしたら・・・。テロに屈して、町に変化があったことになります。

 日本では、何事かが起きると、あたかもタブーのようにすぐ扉を閉めてしまう傾向が強いように思われますが、このあたりは風土の違いと言うべきものなのかもしれません。

 「テロによって私たちが日常生活を変化させたら、それは恐怖に屈したことになる。私たちはあくまで日常を変えない。それがテロに対する最大の対抗策だ」

 こういう議論は欧州ではしばしば耳にします。日本では多分違う意見の方が大きな声になるような気がします。

乱射現場のマクドナルドに設置された「ガラスの塀」


 マクドナルドに設置されたガラスの塀。どの程度の強化ガラスなのかは分かりません。最高級の防弾ガラスであるかどうかは知りません。

 しかし、あんな事件があった現場で、同じように営業を続けるうえで、それなりの覚悟をもってこのような「ガラスの塀」を取りつけたことが察せられます。

 ここで銃の乱射が始まり、幾人ものティーンエージャーが命を失った、何てことを一切知らないかのように、子供たちは遊戯スペースで遊んでいます。残念ながらテラスは満席でしたので、バーガーを1つ注文して建物の中でこの日の昼食をとりました。

 ミュンヘンの現場には慰霊のモニュメントが立てられていました。ここでいろいろ気になったことがありましたが、紙幅を大幅に超えましたので、次回に詳しく記したいと思います。

(つづく)

ミュンヘン・銃乱射現場に立てられた慰霊モニュメント


筆者:伊東 乾