伊藤孝史(いとう・たかし)  1995年NTT移動通信網株式会社(現在のNTTドコモ)に入社し、無線基地局の保全業務などを経験した後、2000年4月からiモードのシステム業務に携わる。2012年1月から高度化推進室の統括としてネットワーク障害の改善を実施した。2014年7月よりサービスデザイン部デザイン企画担当部長。サービスを支えるシステム部門の企画・運営に従事している

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固定電話主流の時代に勝負をかけ、ケータイの黎明期を担ったNTTドコモは、常にユーザーニーズに応え続けることで、「初めて」のコミュニケーションを創り出してきた。創業から25年、私たちの生活スタイルを劇的に変えてきた同社が次の時代に見据えるものとは。オンライン消費者コミュニティの開発・運営を手がけるクオン株式会社の武田隆代表取締役が、NTTドコモ サービスデザイン部 デザイン企画担当部長の伊藤孝史氏に、同社の「企業の遺伝子」を聞いた。(この記事は2016年6月27日収録のラジオ番組『企業の遺伝子』の内容を活字にしたものです/オリジナル番組制作:JFN、番組企画:クオン株式会社、画像提供:株式会社NTTドコモ、構成・編集:編集工学研究所、番組パーソナリティ:武田隆、春香クリスティーン)

携帯電話の黎明期にNTTを
飛び出た勇気ある技術者たち

春香クリスティーン(以下、春香) NTTドコモの創業について伺います。ドコモという名前の由来は何ですか?

伊藤孝史(以下、伊藤) ドコモは1992年の7月にNTTから分社化されて始まりましたが、その時「Do Communications over the Mobile network」の頭文字を取ってdocomoになりました。

武田隆(以下、武田) 当時の通信は、電話のような一対一のやりとりですよね。でも複数の人が双方向にやりとりしたらネットワークになる、ということをドコモは予言していた。そして社名に未来を込めたんですね。1992年ということなので、インターネット前夜です。

春香 伊藤さんは既に入社されていたのですか?

伊藤 私は1995年に入社したので、分社の3年後ですね。

春香 当時、携帯電話はどういう状況だったのでしょう?

伊藤 まだ自動車電話が主流でした。今でこそ、皆さん携帯電話を持って自動車に乗っていますが、当時は自動車に備えつけの電話か、ティッシュケースよりも一回り大きいサイズのショルダー型の携帯電話しかありませんでした。

春香 映像で見たことがありますが、重そうですね。

伊藤 バッテリーが1日ももたなくて、予備のバッテリーを持ち歩かなきゃいけない。そんな大きくて重くて使いにくかったのが、携帯電話の始まりです。

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