異次元金融緩和の存在感が大きいアベノミクス。政策自体も効果の面でも持続性には大きな疑問がある(撮影:尾形文繁〈左〉、今井康一〈右〉)

日本にとって望ましい経済政策を考える際の対立の一つは、とりあえず経済を活性化することを重要と考えるか、その先の持続性を重視するかという違いによるのではないだろうか。

2014年度に消費税率が5%から8%に引き上げられた後、家計消費は大きく落ち込み、なかなか元に戻らなかった。この間、消費の低迷が続いたため、家計の消費意欲の弱さが問題点として指摘されることも多い。しかし、長期的に見ると日本の家計消費は所得の動向と比べてむしろ堅調だといえる。

SNA(国民経済計算、GDP<国内総生産>統計)で見た家計貯蓄率は、増税直前の2013年度にはマイナス1.1%に低下していた。増税前の価格が安い間にモノやサービスを購入しようという駆け込み需要で消費意欲は異常に高まっていたのだから、2013年度を起点に家計の消費意欲を考えるのは不適切だ。恒常的に家計の消費意欲を高めれば消費を活発にすることができる、と期待するのは楽観的すぎる。

長期で可処分所得が減った割に消費は健闘している


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日本の家計部門全体の収支を、最新の統計で比較可能な1994年度と2015年度で比べてみると、可処分所得は301.6兆円から295.6兆円へわずかに減少しているが、消費は27.4兆円も伸びた。

SNAでは詳細な分析をするために、所得や支出を何段階かに分けて記録しているので、かえって全体像をとらえにくいが、これらの表を統合してみると、ここ20年余りの家計の変化がよくわかる。


雇用者報酬、個人経営者の所得とも振るわず

最も大きな項目である雇用者報酬は262.3兆円から263.4兆円へとわずかながら増加している。ただし、この中には実際に毎月受け取る給料などの賃金・俸給のほかに、厚生年金や健康保険などの社会保険料の企業負担分も含まれている。社会保険料の企業負担分は30兆円から40兆円に増加していて、これを除くと賃金・俸給は232兆円から229兆円へとわずかながら減少している。

個人が経営する小規模企業の所得である「営業余剰・混合所得」は47.2兆円から37.8兆円に減少している。GDPの特殊な考え方である持ち家の帰属家賃(注)もここに入っていて、持ち家から得ている所得は16.1兆円から26.0兆円に増加している。個人商店などでは企業の収益と経営者個人の所得が分離できないため、企業としての利益も含めて混合所得として家計部門の収入に計上されているが、個人経営の企業数は減少しており、混合所得は31.2兆円から11.8兆円に減っている。

(注)持ち家の帰属家賃:たとえば、東京と大阪に持ち家に住んでいる人がいて、それぞれ大阪と東京に転勤になったために、お互いの家を借りて家賃を払ったとする。家賃が同額だったとすると、この転勤の結果、GDPが家賃の分だけ増えることになるが、家賃が同額ということは2人の所得も消費水準も転勤前と変わらないはずだ。こうした不合理を避けるため、GDPを推計する際には、持ち家に住んでいる人は自分で自分に家賃を払っているという計算をしている。これを、持ち家の帰属家賃という。


(再掲しています)

利子や配当などの財産所得は48.8兆円から27.9兆円へと大きく減少しており、この主因は預貯金から得られる利子が金利の低下によって27.4兆円から5.4兆円へと大幅に減少したことだ。

金融緩和政策は、利払い負担を軽減して誰もがプラスの恩恵を受けるかのようにいわれることがあるが、利払い負担の軽減は利子所得を得ていた人の所得の減少によって可能になる。このため、借り入れの多い企業部門や政府部門は金融緩和で大きな恩恵を受けているが、その分だけ預貯金からの利子所得が減少し家計所得が減っている。

「利払い軽減」より「利子受け取り減少」が響く

家計部門の支出側を見ると、金利の低下によって住宅ローンの利子が減少したことや、個人企業の借入金に対してかかる利子負担が大幅に軽減されたことから、財産所得(支払い)は13.7兆円から2.9兆円に減少している。だが、住宅ローンなどの利払い負担の軽減効果を、保有している預貯金から得られる利子の減少が大きく上回っている。金利負担の低下で企業収益が押し上げられたため、配当は1.3兆円から8.5兆円に増えたものの、利子の受け払いの収支が、14.1兆円のプラスから2.7兆円のプラスに縮小した影響が大きく、財産所得全体の収支でも35.1兆円のプラスから25.0兆円のプラスへと10.1兆円の減少となっている。

金利の低下によって株価や地価が上昇して家計の資産が増加したので家計も大きな利益を得たはずだという見方もあるだろう。議論が長くなるのでここでは詳しく説明しないが、金利の低下による資産価格の上昇は、将来の所得を早めに認識しているという会計上の話であって、将来発生する所得を先取りしてしまい所得の増加速度を低下させることになると考えられる。(興味のある方は拙著『日本経済の呪縛〜日本を惑わす金融資産という幻想』東洋経済新報社刊を参照されたい)


(再掲しています)

高齢化で社会保障給付増加、保険料負担も増大

年金を受給する高齢者が増えて年金の支給総額が増加したことで、家計が受け取った社会保障給付は大きく増えた。これらの収入を含む項目である「現物社会移転以外の社会給付(受け取り)」は49.7兆円から78.0兆円へと大幅に増えている。その一方で、年金や健康保険の保険料は大幅に引き上げられており、「純社会負担(支払い)」は57.2兆円から76.7兆円へと増加している。社会保障制度と家計との間の関係は、社会保険料の支払いと年金などの現金による給付だけでなく、税負担や医療費のうちで健康保険制度から支払われる部分などとの関係もあり、この収支だけでは論じられない。

可処分所得が減少してしまった原因としては、所得が伸びなかったうえに、社会保険料負担が増加したことがある。ただし社会保険料の企業負担分の増加は雇用者報酬を増やすと同時に「純社会負担(支払い)」を同額増やすので、可処分所得に対しては影響を与えていない。

所得税や住民税などのいわゆる直接税の負担を計上している「所得・富等に課される経常税(支払い)」は、わずかながら減少している。所得税に対する給与所得控除の縮小や配偶者特別控除の縮小などの増税も行われたが、社会保険料の増加で非課税所得が減少したことや、長期的には租税体系が消費税の引き上げで直接税から間接税に全体としてシフトしていることが原因だ。

プレミアムフライデーなどの政策が成功して一時的に家計の消費意欲が高まったとしても持続性はないだろう。

たとえば、家計消費が10兆円増加し乗数効果を含めてGDPが13兆円増加したと仮定しよう。2015年度では、GDPの約6割が賃金や個人企業所得、財産所得を含めた家計所得になっているので、家計所得は7.8兆円増えると予想される。所得の増加で所得税や社会保険料の負担が増加するが、これを差し引くと可処分所得の増加は4.6兆円にしかならない。2015年度の実績をベースにすると、家計貯蓄率は0.7%からマイナス1.1%に低下してしまうことになる。

貯蓄を減らし消費を増やすことに持続性はない

2013年度には、増税前の駆け込み需要のために家計貯蓄率はマイナス1.1%になったが、こうした状態が長期間持続することは期待できないだろう。さまざまな政策が一時的に成功したとしても、GDPのどれだけの割合が家計に可処分所得として分配されるかなどの経済構造が大きく変わらないと、持続性がない。現在の経済構造のままでは、財政赤字や対外収支黒字の拡大なしに日本経済が安定的に成長するということはできないだろう。

現在の金融緩和政策が成功して物価上昇率が高まっても、日本経済の構造変化が自動的に実現するとは考えにくい。日本の潜在的な生産能力をさらに高めても、需要が増えなければ生産能力を発揮することはできない。短期的な景気刺激策の成果を長期的なものにするためにはどのような経済構造を実現する必要があるのか、目的とする経済像をはっきりさせないことには、景気刺激策を次々と繰り出しても、線香花火のように短期間で元に戻ってしまうだけではないだろうか。