両校とも「変でナンボ」という感じがあるそう(左)麻布、(右)武蔵

夏休みが終わり、小学6年生の中学受験生たちはいよいよ最終コーナーにさしかかろうというところ。志望校を目指して過去問対策が始まっていることだろう。一方、小5以下の受験生たちにとっては、文化祭や運動会そして学校説明会などを通じて、志望校に直接触れることのできる時期でもある。
中でも首都圏の男子受験生が目指す頂点が、開成、麻布、武蔵、いわゆる「御三家」と呼ばれる3つの男子校だ。いずれも東大に多くの合格者を出し、別格の存在感を放つ。
そのうち、武蔵について著した拙著『名門校「武蔵」で教える 東大合格より大事なこと』(集英社新書)の刊行に併せ、9月16日に「武蔵vs.麻布。本当に『変』なのはどっち」と題したトークショーを紀伊國屋書店新宿本店で開催した。お相手は『「謎」の名門校 麻布の教え』(集英社新書)の著者の神田憲行さん。その様子を一部紹介しよう。

麻布生が髪を緑に染めるわけ

おおたとしまさ(以下、おおた):まず前提として、「変」というのは両校に対して褒め言葉ですからね。両校とも「変でナンボ」という感じがありますから。実は麻布のほうが私の母校なんですね。この本(神田さんが著した『「謎」の名門校 麻布の教え』)が出たときには、「あ、おおたくん、読んだよ、あの本」ってよく言われました。「いや、実は僕の本じゃないんです……(汗)」っていうね。

神田 憲行(以下、神田):すみません……(笑)。だから、本を出したとき、ちょっとおおたさんのことを考えてドキドキしましたけれども、私。

おおた:ああ、いえいえ、とんでもない。神田さんの麻布本が売れてくれたおかげで、今回の武蔵本を出すことができたわけですから。さて、麻布というと「あの髪を緑に染めてる学校だよね」っていうのが最近のイメージなんですけど、神田さん、実際にご覧になりました?

神田:はい。それはたくさん。色を染めてる子が多いですよね。

おおた:学校の中に貼り出されている新聞に「なぜ麻布生は髪を染めるのか」って書いてあるわけですよ。「世の中の高校は髪を染めること自体を禁止にしている。その校則は本当に正しいのか」って、非常に余計なお世話なことをここで論じているっていうですね。

そして、「ルールが正しいのかどうかを自分たちで考えるのが麻布生の本分である」みたいなことが書いてある。カラフルに髪を染めている麻布生を見て、神田さんはどうご覧になりました?


神田 憲行(かんだ のりゆき)/ノンフィクション・ライター

神田:いや、なんかいきがっているのかと思って。

おおた:ああ、そう。おっしゃるとおり。

神田:だから、それが自由の象徴のつもりなんでしょうねっていう。「ふーん」って感じで。

おおた:そう。はっきり言って痛々しいんですよ。全然かっこよくないですよ。で、たぶんこれ、本人たちもかっこいいとは思ってなくって。その痛々しさを自分でも自覚しながらやってるところがあるんじゃないかな。

神田:僕は田舎のすごいヤンキー中学校出身だったので、髪染めるやつって、本当に危ないやつなんですよ。「そんなふうな人間じゃないでしょ、君たちは」っていうね。おおたさんも髪を染めてたんですか?

おおた:これだけ染めるようになったのは僕らよりも後だと思います。麻布の平秀明校長も「みんながやってるから染めてるだけだよ」って言っています。あれって、電車に乗ってるときにみんなから白い眼で見られるような経験を自らして、これまで自分が被ってきた「いい子の仮面」を引っ剝がすための切ないイニシエーションに見えるんですよね。

「麻布って緑で自由ですよね。だってほかにそんな学校、ないじゃないですか」とかよく言われるんですけど、「いや、普通の高校生は緑にしたいって思わないだけじゃないですか」って答えるんですけど(笑)。

神田:確かに緑だからってなんとも思わないですね。武蔵って、髪染めてます?

おおた:ときどきいますけど、あれはたぶん自分の意志でやってるんでしょう。

武蔵に修学旅行がない理由

おおた:次は武蔵のふしぎ。武蔵では山登りしたり遠泳したり行事がたくさんあるんですけど、不思議なことに、修学旅行がないんです。40年ほど前に、自分で考えない集団行動、付和雷同的な雰囲気になっちゃうような団体旅行の悪いところが出てしまうんであったら、それは武蔵の文化にふさわしくない。だからやめましょう、っていう判断をした。

神田:その代わりに、なんか林間学校的なものは現地集合・現地解散なんですよね。


おおたとしまさ/育児・教育ジャーナリスト、心理カウンセラー

おおた:はい。その中において修学旅行をみんなで旗振って行くって、それはちょっと武蔵らしくないよね、っていう判断をしたということなんですね。でも実は、いま「修学旅行復活計画」が動いてるんです。でも、生徒会長に聞くと、「僕はなぜ武蔵から修学旅行がなくなったのか調べました。結論からいうと、昔の判断は正しかったです」って。

武蔵という学校と修学旅行という概念の食い合わせが悪いっていう結論に彼自身が達したんですね。でも、じゃあ武蔵らしい修学旅行のやり方ってないんだろうかと模索してる。現地集合・現地解散でそれぞれがそれぞれの行きたいところに行くとか。「もはや修学旅行じゃないじゃん!」って感じですけど。

神田:あれ、麻布がそうなんじゃなかったですか。

おおた:そうなんです、実は。北海道から九州まで、全国に散らばる。だいたい5〜6人のグループになって、旅行行程を自分たちで考えて、それに従って行動するんですけど。気づくと、30mくらい後ろを先生が歩いているんですよ。尾行するみたいにコソコソと。要は、それが引率なんですよね。

神田:僕なんかは田舎の県立の共学校だから、やっぱり修学旅行でくっつくっていうのがよくあったんで。

おおた:え、くっつくっていうのは、男女でってことですか。

神田:そうそうそう。だから修学旅行までに、なんかカノジョつくんなきゃいけないとかね。向こう側も、ものすごいモチベーションが高いからね。案外できたりとかね。

おおた:女性がモチベーション高いんですか?

神田:うん、うん。もちろん高いんです。

おおた:ちょっとあの、すいません。男子校出身者の悪い癖が出て(笑)。ちょっと興奮してしまいましたけれども。まあ武蔵も麻布も男子校ですよね。で、よくね、共学出身者から「いや、結構モテてさあ」なんていう話を聞くと、「いや〜、男子校だったからカノジョできなかったんだよなあ」なんて言うやつがいるんですけど、「いやお前、たぶん共学行ってたらもっとみじめな思いしてたでしょ」って(笑)。

断定表現を避ける話法は何のため?

おおた:神田さんの本の中で、麻布生がよく遠回しな表現を使うことに最初違和感を感じたと書いてありましたが、ちょっとその話もお聞きしたいなと思いまして。

神田:「いま思いついたんで間違ってるかもしれませんけども」とか、「〜の前提として」っていうふうな言い方をやたらとするんです。なんか、ストレートに言わないんです。まっすぐ返ってこないんです。いつもなんかこう、保険をかけてしゃべろうとしてる。

おおた:そうそうそうそう!

神田:僕は高校野球を20年以上取材していて、当然ながら高校野球の選手たちと話をすることが多くて。高校野球で強い学校なんて、偏差値がそんなに高い学校はあまりないんですけども、そこで麻布の生徒と高校野球の選手ってよく似てるなと思ったんですね。

青臭い正義感があって、周りから将来有望視されているはずなのに、未来への漠然とした不安がある。でも高校野球の選手は、聞いたらすぐにパッと答えてくるんですけども、麻布の生徒は保険をかけるようなしゃべり方をするのがとても印象的で。

おおた:うん、うん。これね、実は武蔵も同じです。「別の考え方もあるかもしれませんが、僕はこうこう、こういうふうに思います」とか。

神田:それ、頭いい子のしゃべり方の特徴?

おおた:頭いい子っていうか、それが「意見の違う人がいる前提で、いろんな意見を両立させるための話法」なんだと思うんですよね。自分だけの意見を信じているんじゃなくて、ちゃんとほかの人の意見があることもわかっていますよと。それを聞き入れる余地もちゃんと持ってますよと。そのうえで発言していますよと。たぶん、それがデフォルトになってるんですよ。で、たぶん僕も、いまでもそれやってる気がする。

神田:それね、麻布のほかのOBの人からも同じことを言われました。神田さんがそういうこと言うんでドキッとした、なんて。

おおた:これは麻布にも武蔵にも共通する点ですね。

神田:開成の人ってどういうしゃべり方するんですかね。

おおた:似てるんじゃないかと思いますけどね。僕のイメージでは。

武蔵と麻布の共通点は「先生の楽園」

おおた:僕が、武蔵と麻布の2校、そして灘とか開成なども含めたいい学校に共通して思うことは、先生たちの楽園だなってところです。先生たちが生き生きと楽しそうにしていて、研究を続けていて、「ほら、こんなに楽しい世界があるんだぞ。見てみろ、やってみろ」っていうふうに、生徒たちをけしかけている。

大人が楽しい人生を生きていて、その人生の楽しさを伝える。これ、大人の非常に重要な役割だと思うんですよ。親もそうであるべきだと思います。そういう大人に見守られているからこそ、安心して優秀な生徒たちがのびのびと自分の才能を伸ばしていく。

神田:僕がこの本(『「謎」の名門校 麻布の教え』)を書いた目的は、麻布で実践されてる教育というのはほかの学校でもできるんじゃないのかなということで、「それはできる」っていうのが僕の結論で。麻布の先生は、そしておおたさんの本を読んでわかるように武蔵の先生もそうですけど、やっぱ両方の学校は生徒に対してすごく好奇心旺盛なんですね。生徒に対して無我夢中な姿勢があって。

おおた:この2冊は決して「麻布ってすごい学校だろ」「武蔵ってすごい学校だろ」っていうような学校紹介ではなくて、「これって大事にしなきゃいけない教育観だよね。大人のほうが大切なこと忘れてない?」っていうことを伝えようとしているんです。もともと生徒に愛情がない先生ってそんなにいないと思うんですね。もしそう見える先生がいるとすれば、大概の場合、「余裕がない」だけじゃないかな。

神田:うん。それはありますね。


紀伊國屋書店新宿本店で9月16日に開催した「武蔵vs.麻布。本当に『変』なのはどっち」と題したトークショー

先生たちを守ることは、子どもたちをも守ることになる


おおた:この学校の先生たちはやっぱり余裕がある。こういうトップ校っていわれるようなところじゃなくても、やっぱり優秀な先生ってたくさんいます。こういう学校の先生たちだけが偉いんじゃないっていうふうに、僕はやっぱりいろんな学校を回ってきてそれは感じるんですね。

そこは皆さんにもわかってもらいたくて。それはもう、公立の先生たちも同じだと思います。たぶんね、志は一緒なんですよ。だけど、それができる状況にあるか、できない状況にあるか。で、これをできる状況にしてあげるっていうのが、私たち、社会をつくっている大人の責任なんだぞと。そこで、先生たちを守ることっていうのは今の子どもたちを守ることにつながって、未来を守ることにつながるわけで。

教育に直接かかわっている人じゃなくても、ときどきこういう本を読みながら教育について考えていただきたい。そうなれば、私たちがこの本を書いたかいがあったなというふうに思えるんです。

神田:そのとおりだと思います。

おおた:はい。ちょっと格好つけちゃいましたけれども、この辺にしておきましょうか(笑)。今日はありがとうございました。