【インタビュー】「価値観の多様性」を表現するために、Hondaは庵野秀明とONE OK ROCKをCMに起用した

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庵野秀明監督が、HondaのNEW CIVICのCMに出演したことが話題を呼んだ。しかも共演相手は、世界で活躍するロックバンドのONE OK ROCKだ。

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『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズや『ふしぎの海のナディア』などを代表作に持つ庵野秀明監督だが、俳優としてもTVドラマや映画などにも出演していることは、ファンには広く知られている。

近年では、ジブリ映画『風立ちぬ』にて、抑揚のない不思議な演技で主人公「堀越二郎」を見事に演じきったことも記憶に新しい。

庵野秀明監督が自動車CMに出演したこと自体、実は初めてではない。2005年には日産のCMに登場して一部のファンを驚かせた。

そちらでは、昼下がりに犬を連れた男性を演じ、世のお父さんに訴求させるための“自動車CM”然とした内容となっている。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの制作が発表される前年のことだ。

それから12年。「Go, Vantage Point.」と題されたHondaのCMは、ほのぼのとしたいわゆる自動車CMと一味違う。メーカーとしてのHonda(本田技研工業)の理念やメッセージを前面に打ち出した内容となっている。



なぜ、Hondaは企業理念を表現する上で、庵野秀明とONE OK ROCKをCMに起用したのか? 筆者が個人的に気になる点について、Hondaの広報担当者に話を聞いた。

庵野秀明、ONE OK ROCK起用はメッセージとの共鳴性



「Go, Vantage Point.」では、Hondaのシンボルカラーである赤が鮮やかな特設サイトが用意された。

CMで、庵野秀明監督とONE OK ROCKのボーカル・Takaさんが交互に口にするのは、「自分を、もっともっと連れ出すんだ。見晴らしのいい場所へ」という力強いメッセージ。


「価値観が多様化している昨今だからこそ、新たな視点を求めもっと見晴らしのいい場所に立つ意義があるのでは、というメッセージを込めています」と、HondaのCM担当者は話す。

それを発信するにあたって、「多様な価値観に目を向けながら新しいことに常にチャレンジされている方にご出演をいただきたいという想いから、ONE OK ROCKさんと、庵野監督に出演をお願いさせていただきました」と続ける。

「全く異なる分野で全く異なる価値観を持ったトップランナー」として、CMに起用されたという庵野秀明監督とONE OK ROCK。

言わずもがな、庵野秀明監督は『エヴァ』はじめ海外でも高く評価を受けており、ONE OK ROCKもヨーロッパ・アジアをはじめ各国で単独公演を行えるほど世界で存在感を放つバンドとなっている。

Hondaとして「日本を代表して世界にチャレンジをしていくその姿勢に共感した」ことが、今回のオファー理由の一つだった。

撮影秘話からもすけて見える、自動車好きな庵野秀明


「本物のメッセージを届けるには、撮影も本物に拘りたい」という思いから、CMではCGは使用されず、本人たちが足を運んだ現地の空気感をも映像で伝えようと画策している。

およそ3ヶ月かかったという映像の撮影・制作期間だが、庵野秀明監督が国内だったのに対し、ONE OK ROCKの撮影はアメリカだったため、互いに顔を合わせることはなかったそうだ。


世界で活躍するバンドのボーカルであるTakaさんはもちろん、庵野秀明監督も堂々としたナレーションを披露しているが、演技指導といった形ではなく、あくまで自然体で撮影に臨んでもらい「ロードムービーのような仕上がりを目指した」とのこと。

撮影をとても楽しみにしていた様子だったというONE OK ROCKは、撮影された素材を目にしてメンバーで談笑したりと、終始和やかな雰囲気で進んだ。


一方、車好きとして知られる庵野監督は、撮影の合間にはこれまでに自身が乗ってきた車の話や、今回の撮影で使用されたHonda「CIVIC」の話などで盛り上がったという。

実は、庵野秀明監督が今回キャンペーンビジュアルで一緒に写っている車のナンバープレートは、監督の奥さんでもある漫画家の安野モヨコさんの誕生日を逆さまにした「6230」から始まる番号になっていたのだが、このHonda側の提案にも庵野監督は一つ返事で快諾してくれたそうだ。


ちなみに、安野モヨコさんが2人の夫婦生活を描いたエッセイ漫画『監督不行届』でも、ご機嫌で車を運転する“監督”が描かれている。今回のCMでは颯爽と乗りこなしている庵野監督だが、普段運転中は特撮ソング漬けのようで、かつて安野モヨコさんはそれがストレスだったと吐露する一幕もあった(外部リンク)。

庵野秀明がCMで企業の広告塔をつとめる2017年


これは筆者個人の考え方だが、「TVCM」というマスメディア訴求の広告において、“クリエイター”をモデルに起用するという決断は冒険的に思える

タレントやモデル、あるいはライブや番組で人前に度々露出するアーティストとは違い、その姿を広く知られている国民的なクリエイターは決して多くないからだ。

好きな音楽を浮かべると歌手の顔が出てきても、好きな漫画を浮かべても漫画家の顔が浮かばない人が多いように。

その意味で、今回のCMで庵野秀明監督がモデルとして起用されたことについて筆者ははじめ驚いたが、冒頭で述べたように、かつて監督が自動車CMに出演した2005年からさえ大きく状況は変わっている。


今は、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』はもちろん2016年夏に熱狂を生み出した『シン・ゴジラ』を手がけた後の2017年だ。既に「庵野秀明」はアニメファンだけが知るアイコンではなくなったことを端的に象徴していると言えるかもしれない。

事実、この2組の起用は功を奏し、若年層を中心に話題に。一連のキャンペーンに関わるハッシュタグ「#10969GVP」を含むTwitterでのツイートは、すでに5万件を超えているという。

おそらく庵野秀明ファンには突如公開されたように見えていただろうが、ONE OK ROCKファンの観点に立つと、TakaさんのInstagramでの意味深な発言を含めて、7月末のCMオンエアまで、丸2ヶ月かけて徐々にその全容が明かされていった緻密なプロジェクトだということがわかる。

😏#10969GVP

Takaさん(@10969taka)がシェアした投稿 - 2017 5月 31 8:05午後 PDT


「普段Hondaとなかなか接点を持つことができなかった方々に対してコミュニケーションが届いたということは大きかったと思っています」と担当者は語る。

価値観の多様性


ここまで長々書いてきたが、筆者は最後に一つ、映像やコンセプト文章から受け取れる「閉じこもらず、外へ出よう」というメッセージ、そしてあえて挿入されているように見える反戦デモのシーンを含めて、こう尋ねてみた。


これは、緊迫する国際情勢を背景にしたメッセージと受け取ってよろしいのでしょうか?」と。

しかし、当然と言えば当然だが、「今回の表現(具体的にはデモや、様々な人物の描写など)によって特定の価値観や幸福感を礼賛したりするような意図は全くございません」と否定された。「映像上も特定の価値観への礼賛や主張は一切入れておらず、あくまで『価値観の多様性』を表現する演出」とした。


完全に余談だが、庵野監督が大阪芸術大学の学生時代に制作した自主制作アニメの一つを筆者は思い出している。

今ではよく語り草になっているが、そのアニメはごく短いながら映像ながら、野心にあふれ創作意欲にみなぎる芸術学部の同期生を唸らせたという。

どこまでも疾駆する車。映像の最後で、車体が大破してもなお転がり続けるタイヤと、画面に大きく映し出される「じょうぶなタイヤ!」というタイトルコールが忘れられない。