27日、日本統治時代に取り壊されたソウル市内の塀と道が88年ぶりに元の姿を取り戻すことになった。写真はソウル。

写真拡大

2017年9月27日、日本統治時代に取り壊されたソウル市内の塀と道が88年ぶりに元の姿を取り戻すことになった。韓国・聯合ニュースが伝えた。

ソウル市は同日、市内中心部に残る朝鮮王朝時代の史跡、宗廟(チョンミョ)と昌慶宮(チャンギョングン)間の塀を復元し、塀に沿って歩ける320メートルの歩道を2019年までに建設する計画を明らかにした。

宗廟は朝鮮王朝の歴代の王と王妃の位牌を祭った廟(びょう)で、世界文化遺産に指定されている。一方、朝鮮王朝時代の別宮として建てられた昌慶宮は、日本統治時代に植物園や動物園が造られるなどして一部姿を変えながら、現在はソウルを代表する観光スポットの一つとなっている。

二つの史跡の間はかつてつながっていたが、日本統治下の1931年、境界に大通りが建設され、以降は車道を挟んで南北に離ればなれになってしまった。今回の計画により、歩道の始点と終点には史跡を望む展望空間ができ、塀に沿って行った箇所には宗廟・昌慶宮に入れるチケット売り場と出入り口が設置される予定という。また、昌慶宮から宗廟につながる北神門(プクシンムン)も復元される。この門は王が私的に宗廟を訪れる際に利用していたが、やはり日本統治時代に陸橋が建設されるに当たり撤去されていた。

ソウル市安全総括本部のキム・ジュンギ本部長は、「ユルゴク路の上部に緑地が復元されて歩道ができれば、市民らが宗廟、昌慶宮、昌徳宮(チャンドックン。朝鮮王朝の宮殿)など宮殿文化財をより身近に感じられるものと期待している」と話した。

聯合ニュースが「日帝が取り壊した塀・道が88年ぶりに復元」と題し報じたこの記事に、韓国のネットユーザーからは「ソウルはだんだんと歴史を取り戻しているようでうれしい」「親日派を清算しよう!」「完成したら日本語の案内板を立てて、かつて日本がどんな蛮行をしたか教えてあげよう」など完成を待ち望む声が多く上がっている。

一方で「日本統治時代の痛ましい歴史が今日まで続いていて心が痛む」「至る所に日本統治時代の残滓(ざんし)が残っているということは、親日派による独裁や野望、妨害工作が根強いということ。工期が長引きそう」と不安げな声も。

中には、「ソウル市は歩道の確保や拡大に気を使っているようだけど、地方はまったく違う。すべて車両中心の道路」と地域格差を指摘するユーザーもいた。(翻訳・編集/松村)