稲盛和夫氏が体に電流が走るような衝撃を受けた松下幸之助の言葉とは?(2013年撮影:今井康一)

坂村真民という仏教詩人の「念ずれば花開く」は全国に、世界にまで、その碑が建てられているほどの有名な言葉です。


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それでは念ずるだけで花は開くのかといえば、そうではありません。神社仏閣に行って祈り念じたら、その念じたとおりに事が成就するのかといえば、そうではありません。合格祈願したから合格するのであれば予備校も要りませんし、受験勉強もしなくていいでしょう。この「念ずれば」という言葉は、つまり一様の言葉ではないのです。

経営も強く念ずることが大事

ただ念ずるだけ、ただ神社仏閣で手を合わせるということだけではなく、強く強く念ずること、強烈に念じ念ずることということを意味しています。強くに念ずることで初めて為すべき知恵が生まれ行動すべきことや努力すべきことがわかってくるのです。

その行動が事を成就させることなのです。ですから、「念ずれば花開く」を丁寧に言えば、「念じ念じて、行動し努力すれば、花開く」ということになるかもしれません。

経営を成功させるためにも、まず「この事業をなんとしても成功させよう」と強く願い念ずるところから出発することが大事です。そういう、強烈に念じ念ずるところから、さまざまな経営の知恵が生まれます。ただ、やってみよう面白そうだ、なんとかなるだろう程度では、経営は成功しない。極端に言えば、人生-経営=ゼロという覚悟、それほどの念じ念ずる心、そこから生み出される努力が求められるのが経営だということです。

社員が楽しく過ごせるような会社を標榜するとしても社長たる者は、心のなかで一瞬たりとも心休ませることがあってはならないと思います。なんとしてもこの会社を発展させたい、多くの人々に喜んでもらえる会社にしたいという烈々たる思いを持っていなければなりません。

ある年配の女性のエピソード

ここで「念ずれば花開く」を地で行くようなエピソードをご紹介しましょう。ある年配の女性の方が、老人ホーム・介護老人ホームを建てたいと思い立ちました。この方はご両親を看取られたのですが、とても大変だった。そこでひとりで介護するのではなく、地域全体で助け合って介護老人のお世話ができないか、と考えたのです。そのためには身近なところに介護施設をつくってはどうかと考えたのです。

もちろん、おカネは一銭もありません。そこで、彼女は某銀行に行き、建設費に必要な融資を頼みます。が、もちろん、貯金もなし、担保もないわけですから、計画書だけではさすがに銀行も融資できません。それでも彼女はあきらめずその願いを何としても実現するのだという強い思いでいろいろと考えて市長に申し入れをします。しかし、市も赤字。とても予算を組み補助金を出すことはできない。

ところが、この市長が市にある国有地のことを思い出しました。「そうだ、あの国有地を国に頼んで借りよう」。国も数十年の期限で無償で土地を提供することに同意。ということで、彼女は土地を確保することに成功します。しかし、建設費が5億円ほどかかる。さあ、どうするか。そこでまた必死に考え抜きます。そうだ、老人ホーム・介護老人ホームに入居優先権を買ってもらうということで1口50万円で募ろう。50代、60代の人たちに「1口50万円を寄付していただいたら、あなたが老人ホーム・介護老人ホームに入らなければならなくなったときに、優先的に入居していただけます。ぜひ協力してください」と言って、戸別訪問をします。

50代、60代であれば、多少のおカネとそろそろ老後のことを考える頃ですから、それならばということで1口、2口と寄付をします。結果、1年余りで2億円ほどの資金が集まりました。

不足分を銀行にお願いに行きました。すると今度は銀行のほうが驚く。「えっ? 1年で2億円も集めたのですか?」と。それならば、必要な残りの資金はお貸ししましょうと3億円の融資が下りました。ということで、めでたく老人ホーム・介護老人ホームが建設されたということです。まさにこの女性の思い、熱意の賜物だと思います。

さらに彼女の話に感心したのは、彼女はそれだけでなく老人ホーム・介護老人ホームの隣に保育園を建てた。そして週2回、園児たちを老人たちと交流させる。お年寄りも喜ぶし、子どもたちもお年寄りを大事にする。保護者たちも喜ぶ。

そして、そのような彼女の一生懸命さ、熱意に、周囲の病院の若い女性栄養士たち数人がボランティアで老人たちの食事のレシピを作成するために集まってくる。さらには、近所の暇を持て余している元気なお年寄りたちが、どんどんやって来て、ホームに入っている老人の話し相手や、車いすを押すなどちょっとした手伝いをする。もちろん、手当などは必要ありません。結局は、最小限の職員で経営ができるようになっているということです。

この話を聞きながら、やはり事を為すためには、まず念じ祈るほどの思い、そしてなんとしても成し遂げるのだという熱意が出発点でなければならないということです。

漫然と経営すれば衰退する

事業も同じことで、ただ漫然と経営をしているというようでは、現状維持もおぼつかないどころか、程なく衰退消滅することは疑いないと思います。そうした必死の祈り願うほどの熱意が、経営においては、なにより大事なことだと思うのです。

今日、尊敬できる経営者は、昭和のころの経営者に比べて極端に少ない。どうして少なくなったのかは別の機会に譲るとして、その数少ない経営者のなかで私が最も高く評価する経営者の一人は、京セラの名誉会長・稲盛和夫氏。稲盛氏は、その驚異的な熱意で今日の京セラをつくり上げました。

それだけでなく、社会への還元、貢献も積極的に行っています。成功し有名になればいい。なにより「カネ儲け」ができればいいという、この頃の多くの経営者のなかにあって、エベレストの山のように高くそびえ立っています。稲盛氏に続く経営者が出てくることを期待してはいますが、私はあまり望めないだろうと思っています。

それはともかく、かつてこのようなエピソードを稲盛氏自身から直接聞いたことがあります。松下幸之助さんが、関西財界セミナーで「ダム式経営」の必要性の内容の講演をしました。もういまから50年近く以前の話です。ダムは河川をせき止め、蓄えることによって季節や天候などに影響されることなく、つねに一定量の水の供給を可能にします。

そのダムの如く、外部の諸情勢の大きな変化があっても適切にこれに対応し、安定的な発展を遂げていくことができる適正な余裕というものが、設備や資金、在庫、人材、技術、商品開発といった経営のあらゆる面に必要であるというのが、松下さんの言う「ダム式経営」というものです。

それを聞いて参加していた何百人という中小の経営者たちは、小声で不満をささやき合っていた。それが後方の席にいた稲盛氏にはよくわかったと言います。講演が終わって質疑応答の時間になったとき一人の参加者が、「ダム式経営ができれば確かに理想です。しかし、現実にはできない。どうしたらそれができるのか、その方法を教えていただきたい」と質問しました。

「今日の京セラがあるのは、松下さんのおかげ」

これに対して松下さんは苦笑を浮かべ一瞬の間をおいてから、ポツリと「ダムをつくろうと強く思わんといかんですなあ。願い念じることが大事ですわ」。会場全体に失笑が広がりますが、その松下さんの言葉に稲盛氏は、体に電流が走るような衝撃を受けて、なかば茫然として我を失ったそうです。

稲盛氏がなぜに茫然としたのか、我を失ったのか。それは経営というものへの思いを反省したからです。言われてみれば、いまの自分は経営を上手に進めたいとは思っているけれど、強く願い念ずる、それほどの思いはなかった。強烈な祈りを込めるほどの熱意はなかった。そうか、そうなのか。祈り念ずるほどの強烈な思い、強い熱意が出発点なのか。よし、今日からその思いで経営に取り組んでいこう。まあ、今日の京セラがあるのは松下さんのおかげです、といかにも稲盛氏らしく謙虚な話をしてくれました。

なにごとでもそうですが、念じ祈るほどの思いや魂を込めるほどの思いがなければ、そして、そのような出発点でなければ、事は成就しない。経営は成功しないということは、経営者たる者、しっかりと心に留めておくことが大事ではないかと思います。