患者の足元に緑色の光の線を照射し、メトロノームのように一定のリズムを刻む音を出す機器が間もなく世に出る。これは、パーキンソン病にみられる「すくみ足」を改善する機器「Qピット」。

 鳥取県米子市でホームケア渡部建築を経営する渡部和彦社長(43歳)が開発した。本年度中の発売を目指している。

 すくみ足とは、一歩が踏み出しにくかったり歩行中に足が思うように動かなくなったりする症状。

 すくみ足に悩む患者に「Qピット」を試験的に使ってもらったところ、スタスタ歩けたことから「もう手放せない」と、モニター試験の期間終了後も返却せずそのまま使い続ける患者がほとんどという。

 (未装用と装用時の映像で、患者がスタスタ歩く様子が分かる。参照=https://youtu.be/crQpWnNV2l0)

養和病院の理学療法士・土中伸樹さんと「Qピット」を装用して歩行訓練をする患者さん。


 「Qピット」の開発にあたって、養和病院(鳥取県米子市)の理学療法士・土中伸樹さん(55歳)に患者からモニター評価を集めるための協力を得た。

 きっかけは2年前に「患者の自宅に手すりを設置したいから一緒に来てほしい」という土中先生からの要請をホームケア渡部建築の渡部社長が受けたことだった。

 転倒を防ぐために手すりを設置した際に「レーザーポインタを足元に照射すると歩けるんだけどな・・・」と、ため息をつく土中先生に、渡部さんが製品開発を提案した。

 「すくみ足」のことは知っていたものの、渡部さんが実際に患者の姿を目の当たりにしたのは、この日が初めてだった。

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視覚と聴覚に外的刺激を与えて「すくみ足」を改善

 パーキンソン病は、運動やホルモンの調節、意欲に関連する神経伝達物質のドーパミンが不足することで発症する。症状には、ふるえ、筋固縮、動作緩慢、姿勢反射障害などがある。

 指定難病の1つで、国内では1000人に1〜1.5人が発症し、その多くは50代以上で発症すると言われる。

 高齢化に伴い患者数は増加傾向にあり、実際に、パーキンソン病関連疾患の患者数は2005年から2015年で、8万1000人から13万4000人に増えている。進行を抑える治療として、薬剤療法と理学療法が行われている。

 「すくみ足」は、症状の1つで、パーキンソン病理学療法ガイドラインによると、脳に外的刺激を与える「視覚キュー」と「聴覚キュー」が効果的とされており、医師や現場の理学療法士にとってはよく知られているという。

 具体的にリハビリの現場で行われる「視覚キュー」では、歩行の目印として床に等間隔でテープを貼ったり、レーザポインタを照射したりなどの視覚的に刺激を与えることが施される。

 「聴覚キュー」においては「イチ、ニ、イチ、ニ」と理学療法士が患者に声がけをするなどして、歩くテンポを掴みやすくする対策が取られている。

 この視覚と聴覚への刺激を与える作業を「Qピット」が補う。「この装置は、腰に巻けることがポイントです」と渡部さん。

 その理由を聞くと、「パーキンソン病特有の症状として2つのことを同時に行うのが苦手という傾向があります。話しながら歩くとか杖を使って歩くことが難しい」という。

 腰に巻くベルトは装用が簡単で、伸縮性もある。患者の好みで照射するLEDラインの位置を調節できる。LED光源を使い、光の色は赤色より8倍も視認性が優れる緑色を採用した。

 中には視覚キューよりも聴覚キューの方が歩行しやすい患者もいるため、イヤホンもしくはスピーカーから一定の速さのリズム音を再生することができる。こうした技術相談を含め、鳥取県産業技術センターから支援を受けながら開発を進めた。

 「歩行器を使うことで歩行が改善するわけではないし、必ずしも足の筋力が衰えて歩けないわけでもない。自分の足でバランスを取りながら歩行訓練をし続けてもらいたい。転倒を予防することが何よりも大事です」と、発売に向けた思いを語る。

 転倒予防のために手すりをつけても、足が前に出ないため重心のバランスが崩れて倒れてしまう事故は少なくない。

 転倒して骨折してしまうと寝たきりになったり、歩行訓練ができなくなったりするので、病気の進行を抑制することが困難になる。転倒予防につながる歩行訓練の実現を目指して「Qピット」は開発された。

 建築業から畑違いの介護福祉用具のレンタル販売業へ

 家業として受け継いだ建築業から介護福祉用具のレンタル販売業に事業展開したのは12年前のこと。

 渡部さん夫婦にとっては全くの新しい領域ではあったが、長年営んできた建築業の実績を、患者それぞれの心身特性に合わせた在宅介護や緩和ケア、自立支援の負担を軽減する住まいや環境作りに生かせると睨んだ。

東京都文京区で開催された「鳥取県本郷展示会」で機器を手にするホームケア渡部建築の渡部和彦さん。


 「地元では建築業として知られていたものの、介護福祉事業で信頼を得るのには時間がかかりました。営業回りをしてもまともに取り合ってもらえず、けんもほろろでした」

 「ようやく私たちがやろうとしている住まいの安全への取り組みを理解してもらえるようになりました」

 現在、「Qピット」を発売する段階に来ているが、患者が装用する機器を開発するのは初挑戦だった。

 それこそ「レーザーポインタの照射形状を変えて、ボタンを押さなくても光が消えない仕組みの機器を製作すればいいのでは」というアイデアでスタートした。

 開発の初期段階には、大型のレーザーポインタのような作りで 、ボタンを押していない間も照射するモデルを試作した。

 「試作品を患者さんに試してもらったら、それまですくみ足だったのに、突然しっかりと歩けるようになったんです」と手応えを感じた渡部さんは、さっそく製品化に向け、本格的な開発に着手した。

 パーキンソン病にかかる方は50歳から60歳以上が多く、電池が切れるたびに乾電池を入れ替える作業は負担になるから充電式にするなど、初挑戦の機器開発ではありながらも、現場に密着して使いやすい機器開発を目指した。

 「100度以上の熱を生成するパワーLEDの熱処理をどうするかなど、経験のない私にとっては解決すべき技術的課題が山積みで、これこそ素人の極みだと痛感しました」と、渡部さんの表情からは苦労が実りつつあるという実感を噛みしめていることが伺えた。

 2年強の開発期間を経て、いよいよ発売を迎える。

 「足元の光が視界に入っているだけでいい人もいれば、一歩先のところに照射したいとか、その光のラインを跨ぐように歩く方が訓練しやすい人もいます」

 「薬と一緒で万人に効くものではなく、『すくみ足』に悩む人のすべてに効果を約束することはできません。パーキンソン病の方は医療機関にかかっているはずですので、かかりつけの神経内科やリハビリの先生に相談してほしい」と注意を促す。

思いもよらぬ機器開発も家業の延長線上にあった

 渡部さんが「Qピット」を開発した最大の目的は、「転倒予防」だ。

 歩く時に手すりを必要とする人の自宅に手すりを設置するように、「すくみ足」で転倒を防ぐ補助具を開発した。渡部さんにとっては、安全な住まいづくりの一環で、たまたま機器開発をする機会に巡り合わせたということだ。

 医療現場では、医師や理学療法士にとっては広く認知されている改善のニーズや困りごとは山積みだ。

 今回、ご紹介した渡部さんも、現場で理学療法士のつぶやきを聞き漏らさなかったことから新製品開発が実現した。

筆者:柏野 裕美