前節・柏戦で待望の今季初ゴール。これから、という矢先の怪我となってしまった。写真:徳原隆元

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 開幕直後のサッカーダイジェスト本誌のインタビューで、齋藤学は「自分ひとりですべてを背負うわけじゃない」と語っていた。
 
 中村俊輔が磐田に移籍し、トリコロールのレジェンドが付けていた「10番」と「腕章」は、齋藤に託される。その大役について、プレッシャーを感じつつも、気負わずにやっていく姿勢を示した。
 
 それでも、齋藤はすべてを背負う覚悟で戦っていたように思う。
 
 昨季に比べて、試合中にプレーが途切れた時など、味方に話しかけるシーンが増えた。「いかにひとつになれるか。そこは自分がまとめていきたい」「俊さん(中村俊輔)が背中で見せてきたもの。それを俺からも発信していかないと」と、ピッチ内外で常にチームのことを考えて行動してきた。
 
 キャプテンとして、10番を背負う者として、“俺がやらないと”という強い責任感が原動力になる。先頭に立って走り続けようとする齋藤に、経験者の中澤佑二が「そんなにやらなくていいよ」「こうすればいいんだよ」と声をかけることもあったという。
 
 頼りになる大ベテランの助言を「助かっています」と感謝する齋藤は、一方で自身のパフォーマンスだけにフォーカスすれば、「不安と戦う日々」だった。
 
 多くの決定機に絡んだ。チームメイトの得点では何度も起点になった。しかし、自らはなかなかネットを揺らせない。2-0で勝利した6月の神戸戦後には、終盤のビッグチャンスを決め切れず、「もう呪いかな」と自嘲気味に話したこともあった。
 
 待望の瞬間が訪れたのは、26節・柏戦。奇しくも自身のJ1通算200試合目となるメモリアルゲームで、9分、相手陣内でこぼれ球を拾うと、迷わず右足を一閃。日本代表GKの中村航輔が守るゴールを射抜いた。
 
「ここからノッていけるかは、僕にかかっている」
 
 この言葉からも、齋藤の今季にかけるスタンスが垣間見える。“ノッていける”かどうかは、今季初ゴールを決めた自分ではなく、チーム。上昇気流を描くために、その命運は「僕にかかっている」と言葉に力を込めたのだ。
 
 これから、という矢先だった。
 
 柏戦は終盤に追いつかれて勝ち切れなかったが、待ち望んでいたエースの一発が出ただけに、チームとしても、齋藤本人としても、ここから上昇曲線を描きそうな期待感を抱かせた。
 
 翌週の甲府戦の64分、相手選手とのボールの奪い合いで、バランスを崩し、嫌な倒れ方をする。ここでピッチを退くかと思われたが、プレー続行。しかし、72分にイッペイ・シノヅカと交代。翌日に横浜市内の病院で検査を受け、右膝前十字靱帯損傷の診断が下る。
 
 全治8か月――今季中の復帰は絶望的で、来年のロシア・ワールドカップ出場も極めて困難な、厳しい現実を突きつけられた。
 
 海外移籍を模索した結果、クラブとの契約更新は2月8日にずれ込んだ。それからの約8か月間、「責任を背負いながらでも、自分らしいプレーはいくらでもできる。そこは履き違えないようにしたい」と、個として高みを目指しつつ、チームのために全身全霊をささげた日々は、間違いなく齋藤を逞しくしたはずだ。
 
 これからの8か月間は、怪我の治療に専念すると同時に、プレーできない苦しさ、悔しさ、もどかしさ、焦りなど、様々な感情と向き合う辛い日々になるかもしれない。だが、それさえも成長の糧にするはずだと、必ず以前よりも強くなって戻ってくるはずだと、そう信じている。
 
 自身のツイッターで、齋藤はこうつぶやいている。
 
「俺は元気に前をみて進んでます
なので、残りの試合マリノスへこれまで以上の声援をお願いします」
 
 最後はチームのことで結ぶ。ピッチを離れても、横浜のキャプテンは齋藤学だ。
 
文:広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)